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ルチルは、祖父の執務室を出て、まっすぐ厨房に向かった。
厨房をひょこっと覗くと、夕食の準備前の休憩中のようで、料理人たちがのんびりとしている。
「あれ? お嬢様、どうされました?」
優しく声をかけてくれたのは、灰色の髪を綺麗に纏め、灰色の髭が似合っている料理長だった。
他の料理人たちにも見られる。
「りょーりちょーに、おねがいがありゅの」
「はい、何でしょう」
たったっと少し早足で、料理長の元まで歩いていく。
「なまクリームをつくってほちいの」
「生クリームですか? えっと、お嬢様、申し訳ございません。生クリームというものを、私は存じておりませんで……」
恰幅のいい体を小さく縮めて、申し訳なさそうに頭を下げられた。
「つくりかたは、わたちがしってりゅの」
「はぁ……では、私は、お嬢様の仰る通り作ればよろしいですか?」
「あい!」
困り顔で見てくる料理長や料理人たちを気にせず、大きく頷いた。
何も怖くない。
なぜなら、祖父が味方だからだ。
「よういちてほちいものは、ぎゅーにゅーとおさとうとゼラチンでしゅ。あとパンといちごも、ほちいでしゅ」
「分かりました。すぐに用意しますね」
サラダのドレッシングをジュレにしたり、お肉や魚に混ぜてジュレが出ていたから、ゼラチンはあると思ってた。
もし無かったら作らなきゃいけないと思ってたから、よかったー!
ゼラチン作るの大変なんだよね。
図書館通いで読んだだけで作ったことないけど。
というか、ゼラチンがあるのに、プリンやゼリーが無いのが納得いかない。
どこまでスイーツは重要視されていないんだろう。
本当に納得いかない。
料理人たちが材料を用意する中で、料理長は椅子を持ってきて、抱き上げて椅子の上に立たせてくれた。
「危ないですから、あまり動かないでくださいね」
「あい」
これから作るのは、生クリームというよりホイップクリームだ。
でも、呼び方は生クリームでいい。
作りたいのはフルーツサンドだから。
カスタードも作っちゃおうかなぁ。
ま、今回はいっか。
材料の準備が終わり、料理長にまずはゼラチンを水である程度溶かしてもらう。
次に、鍋に牛乳を入れ、火にかける。
湯気が出てきたら火を止め、余熱でゼラチンと砂糖を完全に溶かす。
そこに、残しておいた牛乳を加えてから冷やす。
冷えるまで時間がかかるだろうから、1度部屋に戻ろうとしたが、料理長が驚くことを教えてくれた。
なんと! 厨房に設置されている、人が何人入れるの? と思う冷蔵庫には急速冷蔵室があり、熱い物もすぐに冷たくしてくれるという。
感動で叫びそうだったので両手で口を押さえたのに、大声で「しゅごーい!」と言ってしまった。
みんなに微笑ましく見られて頬を染めてしまったことは、自然の摂理なのである。
急速冷蔵室で冷やされて固くなったモノを、泡立て器で混ぜてもらう。
混ぜられる魔道具はないのか聞いてみたけど、無いらしい。
ハンドミキサーは、お菓子作り以外には使わないもんね。
申し訳ないけど、手動で混ぜてもらおう。
生クリームのために頑張ってください。
滑らかになったら、薄く切ってもらった食パンに生クリーム、イチゴ、生クリームと重ねてもらい、また薄く切った食パンで挟むようにする。
2口くらいの四角に切ってもらって完成だ。
「うわー! みなしゃん、ありがとうごじゃいます!」
椅子の上で、料理人たちに頭を下げた。
みんな嬉しそうにしてくれているが、お礼よりもフルーツサンドが気になって仕方がない様子。
「あの、お嬢様。私たちも食べてよろしいでしょうか?」
「あい、クリームはたくしゃんありましゅから、おじーちゃまたちのぶんいがいは、たべてくだしゃい」
祖父母の分も作ってもらい、庭が見えるサロンでお茶をすることにした。
ルチルは祖父母をそれぞれ呼びに行き、手を引いて早く早くと急がせた。
作中にも記載していますが、作ったものは生クリームではなくホイップクリームです。
牛乳ホイップクリームと呼ばれることが多いものです。
(本当の生クリームは別話で作ります)