12
祖父のエスコートで学園内を歩きはじめた。
すでに授業が始まっていて、廊下には誰も見当たらない。
「ルチル、本当は何があった?」
言おう! お祖父様には言ってしまおう!
「これから起こるんです、お祖父様。私ではどうしようもなくて」
「そうか。私なら、どうにかできるのだな?」
「たぶんですが……」
「たぶんか。それほど大事なのだな」
「はい……学園内に魔物が出ます……」
さすがお祖父様。
0.1秒程立ち止まったような気がしたけど、大声も出さず、優雅に歩いているわ。
見習いたい。
「間違いないのか?」
「半々です。頭の中に浮かんだだけで……あやふやなことですので、誰かに言えるわけでもなく……」
「それは、いつ浮かんだんだ? 2月の頭か?」
2月の頭といえば、どうしようか悩み出した時だ……
「そうか。あの頃か」
「どうして分かったのですか?」
「ふとした瞬間に悩んでいるようだったからな。コースター等の作り方で悩んでいるのかとも思ったんだ。私から聞いてやればよかったな」
「いいえ、相談するのを悩んだのは私です。私が悪いのです」
「ルチル。ルチルは気持ち悪くなんかないぞ。可愛い私の孫だ。私の宝物だ。愛している」
お祖父様、それって……生クリームが食べたくて相談した時と同じ言葉ですね。
「ありがとうございます。私もお祖父様を愛しています」
「嬉しいな」
涙を堪えて微笑むと、祖父の瞳も潤んでいた。
「それで、魔物はいつ何処に出るかまで見えたのか?」
「はい……運動場で、もうそろそろです。アズラ様が怪我をされる予定です」
「なるほど。殿下が絡むのか。余計に言えないな」
エスコートされたまま運動場に向かった。
祖父に気づいただろう剣術の先生が、驚いた様子で慌てて駆けてくる。
「アヴェートワ前公爵、どうされました?」
「気にするな。孫と楽しく探検しているだけだ」
「はあ……そうですか」
「少し見学してもよいか?」
「もちろんでございます」
先生は頭を下げて、元の位置に戻っていった。
A組とB組の合同なので、アズラ王太子殿下をはじめフロー公爵令息もジャス公爵令息もオニキス伯爵令息もいる。
何という演出の凄まじさ。
ここ以外、事件現場になり得ない。
「うーん……みんな下手だな」
お祖父様、手厳しいですね。
「あれ? お祖父様……あそこ、歪んでませんか?」
「どこだ?」
「アズラ様の後ろです。なんだかヒビが入って……」
言い切らないうちに祖父は駆けていき、アズラ王太子殿下を掴んで投げた。
文字通り、この国の王太子を力一杯ぶん投げたのだ。
アズラ王太子殿下は慣れているのか、綺麗に着地している。
王太子がぶん投げられたことよりも周りが驚いたのが、突然現れた3メートル程の魔物の爪を、祖父が炎の盾で弾いたことだった。
「お祖父様!!」
ルチルの声に魔物がルチルを捉え、次の瞬間、魔物がルチルの前にジャンプした。
初めて間近で見る魔物に、ルチルの全身の毛が逆立つ。
漫画やアニメで見る代表的な魔物ではなく、巨大なカメレオンが二足歩行になった感じだ。
魔物の振り上げた手が、ルチル目掛けて下ろされた。
「ルチル!」
反射的に目を閉じてしまったルチルだったが、痛みは一向に来ない。
恐る恐る目を開けると、祖父の背中が目の前にあり、魔物の腕が地面に落ちている。
祖父の手に握られている剣には、黒色の血が付いていた。
祖父の握っている剣が炎を纏った。
祖父が高く跳び、魔物の首を切り、魔物の胸の真ん中に剣を突き刺した。
着地した祖父にルチルは抱きかかえられ、数メートル魔物から離れると、魔物は発火した。
実に、手際のいい倒し方だった。
「ルチル、怪我をしていないか?」
「はい。お祖父様が助けてくださいましたから大丈夫です。ありがとうございます」
ゆっくりと地面に下ろされ、優しく抱きしめられる。
「ルチル!」
アズラ王太子殿下が駆けてきて、アズラ王太子殿下にも抱きしめかけられたが、祖父が止めた。
そこに、剣術の先生がやってきた。
「アヴェートワ前公爵、ありがとうございます。居合わせていただけて奇跡でした。アヴェートワ前公爵のおかげで、誰も怪我をしておりません。誠にありがとうございます」
「よい。たまたま居合わせてよかった。そなたの剣を壊してしまってすまなかったな」
「剣1本など、子供たちに比べれば安いものです」
「私は、これから学園長と陛下に会いに行く。そなたにも見た事を証言してほしい。よろしいか?」
「もちろんでございます。学園に魔物が出るなんてあってはならないこと。ですが、突然現れたとしか言いようが……」
「それでいい。見たままを伝えることが必要なのだ」
ルチルは、祖父に優しく頭を撫でられた。
祖父の心配げな瞳から、大切にされていることが伝わってくる。
「ルチルはどうする? 学園にいるか? それとも、家に帰るか? 家に帰るならアラゴを迎えに来させよう。護衛では少し心配だ」
「私は学園におりますわ。お父様も、すぐに陛下に呼ばれるでしょうから。それに、その言い方は護衛の方々が可哀想ですよ」
「この前も特訓したが、あやつらはすぐに倒れたからな。根性を入れ替えさせないと、ルチルの護衛は任せられん」
それは、お祖父様が手厳しいのでは?
めちゃくちゃ強かったですよ。
あんなに強いなんて知りませんでした。
「殿下はどうされますか?」
「僕はルチルの側にいるよ」
「そうですか。さっきは全く動けていませんでしたね。次は動いてくださいね。じゃないと、ルチルはあげませんよ」
アズラ王太子殿下は、悔しそうに顔を歪ませ、手を握りしめている。
「春休みは魔物退治をしに行きますか。実践が必要みたいですからね」
「分かった」
「それと、土日は厳しくしますから。今までが生優しかったんでしょう。私も反省します」
「よろしく頼む」
お祖父様……アズラ様死んじゃいますよ……
授業終了にはまだ早いが、解散となった。
騒ぎを聞きつけて様子を見に来た先生たちと祖父は、急ぎ足で行ってしまった。
ルチルは、アズラ王太子殿下たちと大食堂で時間を過ごし、夕食の時間に寮に戻った。
オニキス伯爵令息の視線を全部無視して。
はぁ……オニキス様のあからさまな視線辛かったー……
アズラ様も何か聞きたそうにしてたけど、聞かれなくてよかった。
フロー様やジャス公爵令息も何か気づいてるのかな?
あー、何も気づいていませんように!
本では、怪我をしたアズラ様の看病という名のめくるめく世界が、保健室で繰り広げられるんだよね。
アズラ様は動けないからシトリン様を動かせるっていう、めくるめく世界が……エロが爆発してたな。
エロ爆発は置いといて、1つ判明した。
魔物と目が合っても操れなかったことが。
リバーの推測は外れたということだ。
残るは、金を生み出せるか、か。
できる気がしないな。
金色……本当に何の魔法なんだろ?
夕食時、刺繍の授業をサボって何をしていたのかをシトリン公爵令嬢に問われ、あった事をそのまま話した。
学園から発表されるだろうから、嘘を吐いても意味がない。
予想通り翌日のHRの時間に説明があり、防犯ブザーが配られた。
可愛くないが身の安全のため、鞄に付けることになった。