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ルチルは朝から憂鬱だった。
今日だよ、事件が起きるの。どうしたものか……
「ルチル、今日はずっと元気がないけど体調悪い?」
「いえ、元気ですわ」
「でも、ご飯もほとんど食べていないし……」
今は、もう昼食時。
事件は、お昼後すぐの4限目に起こる。
アズラ王太子殿下が怪我をするのだ。
それも、魔物が学園に入ってきてだ。
どう考えても分からない。
魔物はどうやって入ってくるんだろう?
学園も高い塀に囲われている。
文章を思い出しても、飛行型の魔物じゃない。
「アズラ様、お昼から剣術の授業ですわね」
どうにか授業に出ない方向に……
でも、他の学生が怪我をしてしまうかもしれない……
「そうだね。唯一、体を動かす授業だから楽しみだよ」
1年生の間の魔法の授業は、簡単な魔法動作が実技であるくらいで、ほとんど教室での授業になる。
2年生からは、魔法の実技で体を動かすことが増える。
「今日は何処で授業をされるのですか?」
「剣術の授業はいつも運動場だよ」
運動場でしていたのか。知らなかった。
あああああ! どうしよう!
どうすればいい!!
「お祖父様との訓練と学園での授業とは、大変さが違いますか?」
本のアズラ様は、1回で何でもこなす天才だった。
剣術も1回でマスターしていたため、練習を疎かにしていたはず。
そんな描写は無いけど。
でも、今横にいるアズラ様は、お祖父様の訓練で何度も死にかけていると、チャロがこっそり教えてくれた。
お祖父様に注意しても、聞く耳持ってくれなかったよ。
ごめん、チャロ。
今のアズラ様が、本のアズラ様より強ければ怪我をしない……かもしれない……
かもなんだよねぇ……
「比べられないよ。アヴェートワ前公爵の訓練は……やり甲斐はあるけど……大変の一言では表せれないからね」
すまん! ルチルバカのお祖父様ですまん!
お祖父様……お祖父様がいれば魔物が出ても、誰も怪我しないんじゃないか?
ここは公爵令嬢としての力を使うべきか……
「ルチル? 本当に大丈夫?」
「アズラ様……私……私……」
「うん、どうしたの?」
「お祖父様に無性に会いたくなりましたわ! 今から会いに行ってきます!」
「え? ルチル!? 駄目だよ! 1人で行動しちゃ!」
アズラ王太子殿下の引き留める声を無視して、アズラ王太子殿下の手も華麗に躱し、魔力を足に溜めて走り出した。
だが、いつも馬車に乗る玄関ホールに行っても馬車がない。
当たり前だ。迎えの連絡なんてしていないのだから。
「ルチル嬢、殿下を困らせないでよ」
「ひゃ! うううそでしょ? オニキス様」
「幽霊じゃないからね。そんなに驚かないでよ」
だって、どうして追いつけるの?
「殿下から魔力操作のやり方は聞いてるよ。フローもジャスも知ってるから。というか、あの場で使うのはどうかと思ったけどね」
え? まさか超能力者だったりする?
あたし、思っただけだよね?
「思ってること顔に出てる。パーティーの時の仮面早く被って」
「そんなに思っていること、顔に出ていますか?」
「出てる出てる。それよりも戻らないと。殿下が発狂する」
「駄目! お祖父様をお呼びするんです!」
「呼ぶたって、馬車もないのにどうやって? それに、会いたいんじゃなくて?」
「あ……そう! 会いたいから呼ぶんです!」
そんな胡散臭そうに見ないで、お願い。
「はぁ、仕方ない」
そう言って、オニキス伯爵令息は胸の辺りで手のひらを上に向けた。
緩い風が起こったと思ったら、半透明な鳥が現れた。
オニキス伯爵令息が手を1回弾ませると、鳥は空高く飛んでいった。
「アヴェートワ前公爵に連絡したから」
「オニキス様……今のは一体……」
「風の魔法の使い手は、ああやって連絡取れるんだよ。便利でしょ」
「初めて見ました! すっごいですね! いいなぁ!」
前触れもなくオニキス伯爵令息が吹き出し、可笑しそうに笑いはじめた。
「お腹いた」とか呟きながら、目に溜まった涙を拭っている。
「ああ、おかし。ルチル嬢って、どっかズレてるよね」
「失礼な。ズレてませんよ」
「でさ、どうしてアヴェートワ前公爵を呼びたいのか教えてくれない?」
「会いたいからですわ」
「俺、口固いよ?」
「知りませんでした。覚えておきます」
「そうですか。それで殿下の様子を見る限り、殿下も事情を知らないよう……って早すぎ。もう来た」
物凄い大きな音を立てて、馬が走っている音が聞こえてくる。
正面を見ていると、砂埃を巻き上げて馬に乗った祖父が現れた。
馬車より馬単体の方がよっぽど早い。
さすが、お祖父様だわ。
ルチルたちの前に着いたと同時に、祖父は馬から飛び降りルチルの両肩を掴んできた。
馬は疲れ切ったようで、倒れるようにその場に座ってしまっている。
「ルチル! 何があった!? 助けて欲しいとは、誰を殺せばいい!」
祖父の顔は、かなり険しい。
今なら本当に誰かを殺してもおかしくないほどだ。
横目でオニキス伯爵令息を見ると、ニカッという効果音がつきそうな笑顔を返された。
「お祖父様、勘違いですわ。ただ無性にお祖父様に会いたくなっただけなのです」
「おお、そうか。それは嬉しいな。そうだ! これからデートにでも行こうか」
「いいですね! では、学園内になりますが散歩しましょう」
「そうだな。街に行くとアラゴが五月蝿いからな」
そこに、事務員の人が何事か? と外に出てきた。
祖父の姿を見て何か不手際があったのかと怯えていたが、孫に会いたかっただけだと言うと、事務員の人は安心して戻っていった。
いいのか、それで?
というか、門番の人も止めることできなかったんだろうな。
「ということで、オニキス様。お祖父様に連絡を取ってくださってありがとうございます。無事に会えましたので、オニキス様は授業に行ってください」
めっちゃ胡散臭そうに見られてる。
オニキス様は、あたしに対して繕おうとしないんだよね。
あたし的には、そこが好感ポイントだけどね。
「まぁ、アヴェートワ前公爵が一緒だと言えば、殿下も安心するでしょう。では、失礼いたします」
お辞儀をして去っていくオニキス伯爵令息の後ろ姿を見送る。
「あの子は?」
「ラセモイユ伯爵家のオニキス様ですわ」
「あの子が。中々いい側近候補じゃないか」
側近候補なのね。
そうなのかもと思ってたけど、本当にそうだったか。
「お祖父様、エスコートしてくださいませ」
「もちろんだ。ルチルと散歩は久しぶりだな」
微笑み合い、祖父のエスコートで学園内を歩きはじめた。
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