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肩が凝ってきたなぁと思った時、続き扉がノックされカーネが開けてくれた。
アズラ王太子殿下が、はち切れんばかりの笑顔で入ってくる。
「この部屋にルチルがいるって幸せだ」
2年間眠り続ける前に使ってから初めてなので、アズラ王太子殿下からすれば感慨深いのだ。
ドアを開けてガランとした部屋を何十回も見ては、泣いていたのだから。
「アズラ様、お疲れ様です。私もアズラ様を出迎えられて幸せですわ」
ルチルの横に座ったアズラ王太子殿下は、机の上にある物に視線を止めた。
「これは何?」
カーネに紅茶ではなく、簡易冷蔵庫からジュースを入れてもらって、コースターの上にコップを置いてもらう。
「こうやって使う物です。コースターといって、水滴も吸い取ってくれるんですよ」
「ルチルが作ったの?」
「はい。時間がありましたので作ってみました。
この青いコースターはアズラ様へのプレゼントです」
喜んでもらえると思っていたのに、アズラ王太子殿下は泣きそうな顔をして手で顔を覆ってしまった。
「アズラ様?」
「ごめん……なんだか、とても自分が何もできない駄目な人間だなと思って……」
はい?
この完璧人間は、何を言ってるんだろう?
「ルチルと並びたいのに、全然追いつけない……」
「アズラ様は並んでいますわ。というか、私の方が追いついていません」
「嘘はいいよ」
「嘘じゃありません」
「嘘だって分かるよ」
「あーもー! 嘘じゃありませんってば!!」
顔を隠している手を力ずくで退かして、顔を近づけて真っ直ぐに見つめる。
「嘘なんて言ってません! アズラ様は可愛いし、かっこいいし、優しいし、笑顔なんて国宝級だし、人の気持ちを考えられるし、ズルいことしないし、いつも守ってくれるしで、私は幸せを貰ってばっかりなんです!」
どれだけ麗しい堕天使様のうちわを作りたいか!
燃えない炎を活用したら、ペンライト作れるんじゃないかとまで思ってるよ!
「私がどんなに幸せが分かりましたか!?」
「あ、はい」
目を丸くしたアズラ王太子殿下に、ルチルは頷いた。
「よろしい。お詫びとして、どうしてそんなことを思ったのか説明してください。恥ずかしがらずに全部!」
「……はい」
顔の距離を戻し、横から「まだ怒っているぞ」という雰囲気を出しながらアズラ王太子殿下を見る。
「ルチルは、僕にできないことを沢山できるから」
「例えば?」
「スイーツも作れるし、魔道具も案を出しているって聞いてる。平民の子たちの不安にもすぐに気づいたし、仲良くなかったシトリン公爵令嬢とも仲良くなっていて、今回は画期的なコースターという物まで作り出した。僕には考えもつかない、できないことばかりだよ」
「アズラ様は勉強できるのにバカですね」
「そうなのかな」
辛そうに視線を下げるアズラ王太子殿下に、ルチルは柔らかく微笑む。
「私、嘘は言わないんですよ」
「……ごめん」
「私は、アズラ様みたいに勉強が完璧ではないですし、剣術もできません。走るのだって遅いです。魔法も中々使えませんでした。すごい時間がかかったんですよ。それに、領地経営なんてできません。
アズラ様は頭の回転が早いですし、色んなことに気づくのも早いし、周りをよく見てますしね。すごいなぁって尊敬しています」
「すごいかな? 必死なだけだよ」
「必死だって立派なことですよ。誰もが必死に努力できないんですから。
特に私は楽したがりで、だらけている所を見せないように猫を何匹も被っているんですよ。まぁ、猫を被れることも一種の才能ですが」
ドヤ顔で言うと、ほんの少し笑ってくれた。
「私とアズラ様は、お互いできないことがあっていいんです。だって2人で2つより、2人で1つの方がいいじゃないですか。助け合って成長できるんです。1人で成長するより素敵だと思いません?」
「2人で1つ……うん、そうだね。そんなに素敵なことないね」
「はい。1人では未熟だったとしても、2人だったら完璧です。アズラ様とだから完璧になれるんです」
「ルチルと2人だから完璧になれる……2人で1つか……そう思うと、自分のできることをもっと頑張ろうって思えるよ」
「頑張りすぎはダメですよ。今でも十分頑張りすぎですのに」
「そうかな?」
「そうです」
笑顔が戻ってよかったよかった。
あたしの考えた物なんて、前世の知識があるからだからね。
要するにズルなんですよ。だから、すごくないのよ。
「コースターありがとうね。すぐに言えなくてごめんね」
「いえ、受け取ってもらえて嬉しいです」
「でも僕、赤色の方が欲しいな。ルチルの色だから」
「では、私はアズラ様の色の青色を使います」
「寮では冷たい飲み物ばかりだから、たくさん使うよ」
「お茶を淹れるのは難しいですか?」
「難しいというより、自分で淹れてまで飲まなくてもいいって思っちゃうんだよね」
好んで飲んでいるとかじゃなく、喉を潤しているだけって感じなのかな。
アズラ様は甘いものが好きだからなぁ。
そういう人って、コーヒー好きだったりするよね。
コーヒー豆、どこかにあるのかなぁ?
「こんなにいっぱい作ったってことは、他にも誰かにあげるの?」
「いえ、王妃殿下にお茶会で使うと可愛いかどうかの意見を聞かせてもらおうと、見本を作っただけですの」
「母上は絶対欲しがるよ」
アズラ王太子殿下の言う通り、夕食時に見せたら物凄く欲しがられた。
「家に帰りましたら、すぐに祖父と父に相談いたします」と伝えて、なんとか猛攻撃から逃れることができた。
もう2度と相談しないと、ルチルは誓ったのだった。