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3

教室に入り、ルチルはドア近くに座っているモスアとセレに挨拶をした。

シトリン公爵令嬢は2人に見向きもせず、アズラ王太子殿下とオニキス伯爵令息が座っている場所に向かって歩いていく。


「あ、あのルチル様」


「はい」


「昨日の夕食の時にヌーに図書館の話をしましたら、ヌーが勉強を教えてくれることになりました」


「ヌーさんが?」


ヌーとは、アヴェートワ領の平民の女の子。

鉄紺色の髪をおさげにしている、紺桔梗の瞳の水の魔法の使い手だ。


「はい。あの、アヴェートワ領で勉強した本も持ってきているから、それを使って、みんなで勉強しようということになりまして」


「みんなとは、寮にいらっしゃる平民の皆様でよろしいでしょうか?」


「はい。部屋はみんな隣同士で、ご飯も一緒に食べてまして。他のみんなも困っていたそうです」


「1年の皆様だけでしょうか?」


「あ、はい。2・3年生の方々はある程度分かるそうです。ですが、たまに一緒に勉強されるそうです」


率先して教えるのは、ヌーさんなのね。

2・3年生は自分の勉強で手一杯だろうし、余裕はないか。


「ですので、ルチル様の手を煩わせることはありませんので」


「昨日は、本当にありがとうございました」


「分かりましたわ。ご丁寧にありがとうございます。

ちなみに皆様は、2・3年生の方を合わせて何人いらっしゃるのですか?」


「えっと……1年生が6人、2年生が3人、3年生が1人です」


「男の子の人数は分かりますか?」


「たしか、1年生が4人、2年生が1人、3年生はいなかったと思います。男の子たちのことは、『シュンに勉強のことを伝えとく』とヌーが言ってました」


ヌーさん、しっかりしているのね。

何か差し入れしよう。


シュンとは、アヴェートワ領の平民の男の子だ。

スポーツ刈りの葡萄色の髪に、土色の瞳をした土の魔法の使い手だ。


「教えてくださりありがとうございます。私、日曜に家に帰りますので、ヌーさんが使っていたというアヴェートワ領の教科書を皆様分持ってきますわ」


「だだだいじょうぶです!」


「いいいただくなんてできません!」


「構いませんのよ。アヴェートワ領では、勉強したいという皆様にお配りしているものですから」


「でも、私たちはアヴェートワ領の領民ではありませんし」


「クラスメートですし、同じ学園の生徒ですわ。

それと、たまに私も勉強会に参加させてくださいね」


少しだけ深めた笑みを向けると、2人は視線を合わせてから遠慮がちに言ってきた。


「本当によろしいのですか?」


「はい」


「ありがとうございます。みんなもきっと喜びます」


「それと、勉強は図書館ではなく食堂になりました。机は大きいし、カフェテリアの食べ物は持ち込みできるそうでして。スイーツもアヴェートワ公爵様からだって、ヌーから聞きました。本当にありがとうございます」


「甘い物を食べながらの勉強は捗りますものね。

あ! 勉強以外にも何かありましたら、いつでも言ってくださいね」


「ありがとうございます」


2人から立ち去ろうとした時、目の前に立派な縦ロールの女の子がいて道を塞がれていた。


縦ロールが少し歪んでいるが、許容範囲内だろう。

取り巻きを3人連れていて、その取り巻きの子たちの髪は何もしていなかった。

取り巻きに髪の毛を巻かせているんだろうなと、安易に想像がつく。


邪魔だなぁ。


縦ロールがルチルを見ていることに気づいていたが無視して、その子たちを避けて歩き出した。


「ちょっと! 失礼ですわよ!」


大声を出されたので、仕方なく顔を向けた。


「何かご用かしら?」


アズラ王太子殿下が怒り顔で近づいてこようとしているのを、オニキス伯爵令息が止めているのが視界の端に映る。


オニキス様、ごめんよー。

でも、アズラ様を絶対止めててね。

王太子殿下がこの子たちを怒るものなら、この子たちに未来はないからね。


「私は、親切心でルチル様にご注意しますわ。未来の国母となられるお方が、このような身分の方たちと話すのは以ての外。汚れが移りますわよ」


はぁ? このクソ女、何者だ?


平民の子たちが「すみません……」と、小さく肩を寄せ合った。

怯えている姿に心が痛くなる。


「あなたの仰ることは分かりました。まずは、名前をおうかがいしても?」


縦ロールは鼻の穴を膨らませ、自信満々に意気揚々と自分の手を胸にあてている。


「私は、ペリット・ダンピマルランですわ。ダンピマルラン侯爵家でございますの。ルチル様は、私のような高貴な人間と付き合うのがよろしいと思いますわ」


穏便に済ませようと思ってたけど無理だわ。

君たちの息の根は、王族じゃなくても止められるんだぞ。

15歳にもなって、人の気持ちを理解しようとしないなんて致命的だぞ。


でも、ダンピマルラン侯爵家かぁ。

侯爵家なんだよねぇ。

取り引きをしてたような気がするけど、切ってしまおう。

うちとの取り引きがなくなるくらいで潰れないでしょ。


お祖父様、お父様、ごめんなさい。

でも、2人は許してくれると思っています。


「ダンピマルラン侯爵令嬢ですね。覚えましたわ。家に戻った際には、祖父と父に伝えておきます」


そうでしょうと胸を張るペリット・ダンピマルランに、ため息が出そうになる。


「私のことをバカにする令嬢がいたと、ちゃんと伝えますわ」


「え?」


「私は、私が話したい方と話しているだけです。それを、作法がなっていないと言われたのです。あなたは私をバカにしたのでしょう?」


「いえ、あの、そういうわけでは……」


「ルーチル嬢、その辺で。ささっ、殿下が待ちくたびれています」


冷たい空気を壊すように、オニキス伯爵令息が明るい声をかけてきた。


「しかし! 私たちが日頃食べている物を作ってくださっているのは、平民の農家の方たちですわ! それに、糸から生地にする作業もしてくださっていますわ! 他にもたくさんしてくださっているから、私たちは困らず、贅沢をさせてもらっているのです!」


「はいはい、分かってますよ。俺もルチル嬢に同意見です。でも、もうすぐ先生が来ますから席に座りましょう。後のことはアヴェートワ公爵が色々してくださいますよ」


オニキス伯爵令息に背中を軽く押されて、ルチルは歩き出した。

「アヴェートワ公爵が色々とね」とオニキス伯爵令息が縦ロールに囁いたのを、ルチルは聞き逃さなかった。






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