2
「終わったー。家でこんなに長く机にいたことないな」
「それはオニキスだけだよ」
「うっそ。殿下ってば、そんなに勉強してんの?」
「オニキス、言葉遣い」
「すみませーん」
「ルチル、カフェテリアにでも行こう」
「私、少し用事がありますの。すみません」
早口で話しながら素早く頭を下げ、早速にアズラ王太子殿下に背中を向けた。
珍しくマナーが悪いルチルに、3人共ポッカーンと口を開けている。
ルチルは急いで前の席の2人組の所まで行き、声をかけた。
「すみません。ちょっとよろしいでしょうか?」
「え? え?」
「あの……」
教室が一瞬にして騒めいた。
ルチルの顔を知らない貴族の子供たちでも、アズラ王太子殿下の容姿は知っている。
隣に座っていたのなら、その女の子がルチル・アヴェートワ公爵令嬢だと分かる。
平民の子たちは、自分たちが貴族から声をかけられるとは思っていなかったのだろう。
信じられないようで、周りに誰かいるんじゃないかと見渡している。
当然、ルチルだと分かっていない。
貴族様の1人という認識だ。
「よろしければ、この後図書館へ行きませんか?」
「あの……私たちですか?」
「はい。あなたたちをお誘いしています」
平民の2人は、物凄い勢いで目を泳がせている。
もしかしたら、背中に汗をかいているかもしれない。
気持ちが分からなくもないが、逃してあげるつもりはない。
気づかないふりを、笑顔で貫く。
「ご都合悪いでしょうか?」
「いえ! あの、行きます!」
「はい、行きます!」
断りたいが断って貴族様を怒らせてはならないと、必死で頷いているようだ。
「ルチル、図書館に行くの?」
気づけば、ルチルのすぐ後ろにアズラ王太子殿下たちが来ていた。
「はい。この方たちと図書館へ行きます」
「えっと……僕も行っていい?」
「構いませんが、私はこの方たちと勉強しますのでアズラ様は暇になりますよ。よろしいのですか?」
平民の2人は「え? 勉強?」と、また狼狽え始めた。
「うん、いいよ。僕はそれを見ているから」
「暇ですよ?」
「ルチルを見ているから暇じゃないよ。充実した時間だ」
そうですか。なら、一緒に行きましょう。
もう何も言うまい。
困惑している平民2人の背中を押して、図書館へ向かった。
途中でシトリン公爵令嬢から「あなた力強いんだから加減しなさいよ」と注意させれた。
図書館にはオニキス伯爵令息も来るらしく、シトリン公爵令嬢は寮に帰って行った。
図書館に着き、端にある席を陣取った。
平民2人を座らせて、ルチルは「すぐに戻ってきます」と席を離れる。
昨日1度来て館内図を隅々まで確認しているので、お目当ての本はすぐに見つけることができた。
足取り軽く机に戻ると、誰も話をしていない空間に平民2人が居た堪れなさそうに身を縮めている。
「王太子殿下が一緒だもんね、ごめん」と心の中で謝りながら、笑顔で2人の前に座り、1冊の問題集を差し出す。
「これは、文字の一覧表や単語が載っている本ですわ」
「あの……」
「お節介かもと思ったのですけど、やっぱり見ていられなくて、お節介でもいいかと思いましたの」
「いえ、あの……」
「私がお教えしますから、文字を覚えましょう。そうすれば授業も分かって、きっと楽しいですわ」
平民2人の瞳が潤み、そして2人は静かに泣き出した。
ルチルは、ハンカチを取り出すが1枚しかない。
アズラ王太子殿下がハンカチを出そうとしたのをオニキス伯爵令息が手で止めて、自分のハンカチを差し出した。
そうよね。
さすがにアズラ様のハンカチを渡すと大問題よね。
「「ありがとうございます」」
「そんなにすぐには覚えられないでしょうから、授業は先生の話に集中していればよろしいかと。金曜の授業が終わりましたら、私のノートをお貸ししますので、ゆっくり写してくださればと思いますわ。日曜の夜か、月曜の朝に返してくだされば結構ですから」
「「ありがとうございます」」
「なんとかテスト前には文字が書けるようになりましょう」
「「はい」」
泣きながらも笑って頷く2人に、頑張ろういう意味を込めて、両手の拳を胸前で軽く振った。
まずはじめに、文字の一覧表を使い、一文字一文字指しながら声に出した。
次に2人が自分の名前を書けるようにと見本を書き、どの文字が名前のどの音なのかを教える。
名前を書く練習をしてもらい、もう1度一覧表を声に出して指した。
今日の授業の概要を簡単に説明して、勉強を終えた。
「図書館の本は借りられますのよ。よろしければ、借りてみませんか?」
「部屋でも見てみます」
「では、本の後ろにある貸出表に名前をお書きになって」
1冊しかないので、代表で1人の子が名前の見本の文字を見ながら書いている。
「完璧です。後は、その貸出表を、あちらのカウンターの上にある箱に入れるだけです」
「入れてきます」と立ち上がった2人の背中を見送った。
「アズラ様にオニキス様。お付き合いしていただき、ありがとうございました」
「ううん。横にいただけで何の役にも立たなかったよ。平民の子たちの事は、僕がもっと早く気づかなきゃいけなかったんだ」
「そんなことありませんわ」
「ううん。ちゃんと現実を受け止めるよ。他のクラスの子たちのことも考える」
「他のクラスの子たち……どうしているんでしょうね」
「調べときますよ。俺、顔が広いので」
「やんちゃですものね」
「ルチル嬢は優しいですね」
茶化すように言ったので、普通の言葉で返されると思っていなかったルチルは面食らった。
「うん、ルチルは優しいね」
「ありがとうございます。素直に喜びますわ」
アズラ王太子殿下にふわっと優しく言われ、笑顔を作ろうとせずとも頬が緩んだ。
貸出表を箱に入れた2人が戻ってきたので一緒に図書館を後にし、女子寮まで送ってくれたアズラ王太子殿下とオニキス伯爵令息と手を振って別れた。
ルチルが「何か聞きたいことがあったら、いつでも来てくださいね」と部屋番号を伝えると、平民の2人モスアとセレは笑顔で頷いてくれた。
モスアが、常盤緑のショートカットで瞳は薔薇色。
セレは、練色のボブヘアで瞳は韓紅色。
2人共火の魔法の使い手だ。
夕食の時間になり、シトリン公爵令嬢とアンバー公爵令嬢と食べ、ルチルの部屋でお茶をした。
今日のでき事をシトリン公爵令嬢からアンバー公爵令嬢に話され、「3年にもなると、平民の方は1人か2人だけになっていますわ」と言われた。
シトリン公爵令嬢が湯浴みだけ自室に戻り、眠るまでルチルの部屋で過ごすのは、初日と変わりなかった。
夜に1人が怖いみたいだ。
眠る時は大丈夫なのか気になったが、尋ねても「大丈夫に決まっているでしょ」と返されると思って聞かなかった。
第2章始まりました。
第1章で何気なくばら撒いている種達を忘れずに回収したいと思っています。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
いいねやブックマーク登録、感想ありがとうございます。
読んでくださっている皆様、とても感謝しています。
これからもよろしくお願いいたします。