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授業初日、シトリン公爵令嬢と教室に向かった。
シトリン公爵令嬢は、某テーマパークのスーパースターのネズミさんの髪型を気に入り、今日もしている。
これからも毎日、ネズミさんでいいのかもしれない。
ルチルの髪型も入学式と同じ、左側に一つだけの三つ編みだ。
教室に着くと、オニキス伯爵令息が大きく手を振ってくれた。
教室は劇場のように後方にいくほど高く、段差部分に4人席が並んでいる。
席は自由なようで、アズラ王太子殿下の左側には手を振ってくれているオニキス伯爵令息がいて、右側が2席空いている。
朝の挨拶を済ませて、シトリン公爵令嬢・ルチル・アズラ王太子殿下・オニキス伯爵令息の順番で座った。
HR開始ギリギリに入ってきたキャワロール男爵令嬢が、アズラ王太子殿下の横が空いていないと喚いたが、先生が来て空いている席に座らせていた。
「あの子もA組なのか」
アズラ様、ごめんなさい。
あたし知ってました。
担任の先生は、ゼオ・マルニーチ先生。
風の魔法の使い手で、群青色の髪に抹茶色の瞳で縁がない眼鏡をかけている。
本では、ルチルに密かに恋をする20代中頃。
見た目は20代前半。少しだけ若く見え、印象に残らない薄い顔をしている。
ルチルとアズラ王太子殿下の学園でのめくるめく世界を、影から覗いているという人物だ。
ストーカー気質の先生。
危険な人物なので近づかないようにしようと、心に決めています。
ストーカー怖い。
学園では基本魔法の勉強が中心だが、国語や算数、歴史、外国語の授業もある。
魔法の授業は、魔力操作・魔法の使い方・魔法の歴史・魔法陣・魔物の倒し方というものだ。
後は、選択科目の剣術、音楽、美術、裁縫になる。
アズラ王太子殿下たちは剣術を、ルチルたちは裁縫を選択している。
学園の授業、ほとんどの生徒は家庭教師から魔法陣や選択科目以外は習っているので、復習みたいなものだ。
魔法陣は特殊なので、家庭教師をして教えようとする人はいなく魔導士になる人が多い。
だから、魔法陣は学園で習うものという認識がある。
選択科目は習いたかったら習うものなので、復習になる者もいれば初めての者もいる。
ほぼ復習のために、なぜ学園に通うのかというと、横の繋がりを作るためだ。
子供も夜のパーティー以外は、5才から自由に参加をしていい。
だが、ルチルみたいに必要最低限のパーティーにしか出席しない子供もいれば、ルチルの弟みたいに一切のパーティーに出席しない子供もいる。
パーティーに参加していたとしても、話せないことの方が多い。
それは、身分が上の者からしか声をかけてはいけないからだ。
声をかけてもらえないと話せないのだ。
しかし、学園では身分関係なく話しかけていいということになっている。
実際、用事がないと話しかけないのが暗黙のルールになってはいるが、パーティーよりも話せる確率は上がる。
どうにかして仲良くなろうと通っている者が多い。
特に今年の1年生は、親から王太子殿下と四大公爵家と仲良くなるように言い付けられているだろう。
10クラスある中、A組とB組はラッキーなのだ。
授業1限目は、魔力操作や魔法の使い方の講義になる。
復習だとしても、教科書を机の上に出し、先生の話を聞く。
筆記テストもあるため、黒板に書かれていることはノートに書き写す。
書きながらルチルは気づいた。
1番前の席、ドア付近の子たちに。
オロオロしながら頑張って書き写そうとしているが、ペンが動いていない。
教科書は、どこを開いているのか分かっていなさそうだ。
余裕がなさすぎて、先生の話が耳に入っていないように感じる。
平民の子たちかな?
アヴェートワ領の子たちは大丈夫かな?
何組にいるんだろ?
様子見しないとな。
1限目が終わり、2限目3限目と終わっていく。
ルチルは前の席の子たちをずっと観察していたが、どの授業も似たようなものだった。
女の子2人……
うーん、あたしが話しかけていいものだろうか?
でもなぁ、なんか既に心折れてそうで可哀想なんだよなぁ。
「ルチル、ご飯に行こう」
「はい」
気にしながらも、アズラ王太子殿下たちと大食堂に向かった。
大食堂のシステムは寮の食堂のシステムと同じなので、迷うことなく料理を取っていく。
周りが道を開けてくれるので、空いている席までとても楽に移動できた。
「オニキス様って人気があるんですね」
歩いている時に、女の子たちのヒソヒソ話で「オニキス様だ、素敵」って声がよく聞こえてきたのだ。
「俺、モテますよ」
「考えられない。オニキスはない」
「俺だって、シトリン嬢はありません」
こらこら、美味しいご飯の前で睨み合わない。
「子供の時って、ちょっとやんちゃそうな子がモテるよねぇ」
「ルチル嬢だって子供でしょ」
オニキス伯爵令息に、吹き出すように笑われた。
「声に出してましたか?」
「ハッキリと出てました」
「出てたね。それに、やんちゃそうじゃなくて、オニキスはやんちゃだよ」
アズラ王太子殿下の言葉に、食堂で合流したフロー公爵令息が頷いている。
賑やかな雰囲気を壊すように、遠くから怒鳴っているだろう声が聞こえてきた。
「何でしょう?」
「喧嘩かな?」
「登校初日にですか? ありえねぇ」
怒鳴っていただろう声は、すぐに聞こえなくなった。
周りの小さくなっていた音たちが、元のボリュームに戻っていく。
「解決したのでしょうか?」
「したんじゃないかな」
昼食が終わり、ルチルたちは教室に戻った。
午後の授業、前の席の2人組はもうずっと俯いてしまっていた。




