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SS 〜アズラとルチル〜

ルチルが目覚めた後の初めての散歩のお話です。

さらっと書いていた箇所のお話になります。

アズラ王太子殿下目線です。

ルチルが目覚めてくれたけど、いまだに会えていない時間は夢じゃないかと疑ってしまう。

毎日お見舞いに行って、笑顔で挨拶をしてくれるルチルに夢じゃなくてよかったと安心する。


「スミュロン公爵から散歩していいと許可をもらったんです」


「そうなんだ。でも、まだ安静にしてた方がいいんじゃないかな」


不満そうに顰めっ面になるルチルに苦笑いを返す。


「大丈夫です。今日は、アズラ様とお庭を散歩したいと思って待っていたんですよ」


スミュロン公爵が言うなら問題ないんだろうけど……

僕としては、まだ安静にしていてほしいな。


助けを求めるようにルチルの侍女のカーネを見たが、困ったように微笑まれるだけだった。


侍女も、元気すぎるルチルに手を焼いているってことかな?


「分かった。でも、少しでも辛くなったら言ってね」


「はい」


ルチルをエスコートするのも久しぶりすぎて緊張する。

今まで横にあった顔は斜め下にあり、昔のように視線が合わなくなったことに寂しくなった。


僕の身長が、急激に伸びたせいだよね。

高い方がカッコいいから伸びてくれて嬉しいけど、もう少しの間同じ目線でもよかったのにな。


なんて我儘だよね。

ルチルが、目覚めてくれただけで十分なんだ。

これ以上を望んではいけない。


庭に着くと、エスコートしていた手を解かれた。

ルチルは、大きく背伸びをしている。


「久しぶりの外ー!」


令嬢らしからぬ大声や歯を見せて笑うルチルに、小さい頃のルチルを思い出す。

王宮やお茶会では絶対にできないあの頃の体験は、とても大きな宝物になっている。


「いい天気ですね」


「ベンチに座って、のんびりする?」


「まだ歩きたいです」


「ここまで結構歩いたよ」


「大丈夫ですって。元気いっぱいですから」


本当に大丈夫かな?

こんなに楽しそうな笑顔を見せられると「休憩しよう」って言えないよ。


ルチルの心配をしながらも、上機嫌なルチルに僕の頬も緩みっぱなしになる。


ゆっくり散策をし、ルチルが食べたいものの話を聞きながら相槌を打つ。

温室に向かうかどうかの話をしている時に、ルチルの顔に覇気がないことに気づいた。


「ルチル、どうしたの? 大丈夫?」


「大丈夫です」


「嘘。どこか痛い? 体調が悪くなった?」


「本当に大丈夫です。少し疲れただけですから、そんな顔しないでください」


僕は今、情けない顔をしているんだろう。

だから、ルチルも悲しそうに微笑んでいるんだろう。

こんなんだからルチルに頼ってもらえなんだ。


「アズラ様、本当に大丈夫ですから」


「ごめん。僕のせいだ」


「違いますよ」


「僕の身長が伸びたせいだよ」


「えっと……え?」


言葉の意味を必死に考えているだろうルチルの両手を、それぞれ掴んだ。


「身長が伸びなかったら顔が横にあったから、ルチルの体調不良にすぐ気づけたはずなんだ」


小声で「は?」と言ったルチルが、おかしそうに笑い出した。


「どうして笑うの?」


僕は真剣に後悔しているのに。


「だってあまりにもかわ……ふふ」


うん、可愛いは禁句だからね。

いつもルチルは、僕をミソカと同じように扱うんだから。


「あの、アズラ様。正直に申しますと、もの凄く疲れてしまいました。ですので、部屋までお姫様抱っこで連れ帰ってほしいんです」


オヒメサマダッコ?


って、あれだよね?

横抱きのやつだよね?


「もうこのまま倒れてしまいそうです」


ええ!?

そんなに疲れていることに気づけないなんて、僕は木偶の棒すぎる!

恥ずかしいとか関係ない!

ルチルを早く休ませてあげないと!


「触るね」


「はい」


ルチルを抱きかかえると、やんわりと腕を首に回された。

かすかに漂ってくる甘い香りに、心臓が大きく動き出す。


かかかかるい!!!

女の子って、こんなに軽いの?


「これで同じ目線ですね」


恥ずかしそうに微笑むルチルに、頷くことさえできない。


泣いてしまいそうだ。

ルチルが愛しくて、胸に風船を入れられたように苦しくなる。


このままルチルを抱きしめたいと思う気持ちを振り払い、今はルチルを休ませないとと、揺らさないように慎重に歩きはじめる。


これは……

腕を固定しているのに、どうして胸が揺れてぶつかってくるんだろうか……


「アズラ様、お顔が赤いですよ」


「分かってても言わないでよ」


「ふふ」っと楽しそうに笑ったルチルが、少し体を起こすように抱きついてきた。


え? ふわふわが……肩に首に顔にふわふわが!!


前が見えなくなって、というより頭に熱が溜まったせいで何も考えれず、足を止めた。


「あぶ、危ないよ。おお落ちたらどうするの?」


「アズラ様が私を落とすなんて考えられません」


何かあっても僕を下敷きにしてルチルを守ればいいから、それはそうだけどね。


「ルチルと殿下ですかな?」


ああ、廊下で立ち止まった僕が悪い。


ルチルが体勢を戻してくれて見えた景色には、額に青筋を浮かべているアヴェートワ前公爵が立っていた。


「こんな所で何をされているんですか?」


「お庭に散歩に行ったんですが疲れてしまいまして、アズラ様に介抱してもらったんです」


アヴェートワ前公爵の後ろに炎が見える。

殿下に聞いたのに、なぜルチルが答える? 庇うのか? と顔に書いてある。


「私が代わりましょう。殿下にご迷惑はかけられません」


「迷惑じゃないよ」


「しかし、年頃の男女がこんなにも密着することは許せませんしね」


「お祖父様、これは結婚式の予行練習も兼ねているんです」


「結婚式……?」


「はい! 結婚式では、お姫様抱っこで退場がいいですよね」


ルチルの赤くなる頬に、喉が熱くなる。


ここで泣いてしまってはダメだ。

さっきは我慢できたんだ。今も我慢だ。


「まだ早い! 結婚式の話も予行も早すぎる! ルチル、こっちに来なさい!」


僕は嬉しかったけど、アヴェートワ前公爵を本気で怒らせてしまったようだ。

ここは大人しくルチルを渡さないと、明日からお見舞いに来させてもらえないだろう。


ルチルも同じように思ったのか「はい」と言いながら、僕の首から腕を離した。

腕にあった僅かな重みと温もりがなくなり寂しくなる。


結婚式の日は、既に決めている。

成人する18歳の僕の誕生日だ。

その日が本当に待ち遠しい。






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