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入学式、当日。
朝早くに起きたルチルは、日課の魔力操作の練習をし、制服に着替えた。
小さい時に見て憧れた小型のウエストポーチを腰に巻く。
このウエストポーチの中には空間魔法の魔法陣が組み込まれていて、生き物以外であれば何でも入れられる仕様になる。
学園に入学した者に貰える優れ物だ。
髪型は左耳下辺りに纏め、1本の緩めの三つ編みにした。
体の前側に垂らす。
邪魔にならなければ何でもいいのだ。
忘れずに部屋に鍵をかけ、右隣の部屋をノックする。
朝食まで時間は十分にある。
「シトリンさまー! ルチルでーす!」
ゆっくりとドアが開き、半泣きのシトリン公爵令嬢が顔を覗かせた。
「おはようございます」
「おはよう……」
制服には着替えられているな。
髪の毛は予想通りぐちゃぐちゃだけどね。
「髪の毛やりましょう」
「……ありがとう」
おお! 素直にお礼が言えるようになったじゃない!
進歩よ、進歩!
シトリン公爵令嬢の部屋に入り、鏡台の椅子に座ったシトリン公爵令嬢と鏡越しに目を合わせた。
「珍しい髪型をしているのね」
「そうですか? 平民の皆さんはよくされていますよ」
「そんな髪型にしてどうするの!?」
「髪型なんて邪魔にならなければ何でもいいですよ。学園には勉強をしに来ているんですから」
髪の毛をとかしながら会話をする。
「髪型の希望はありますか?」
「勉強しに来ているのよ。何でもいいわ」
はいはい。
じゃあ、左右にお団子を作っちゃいましょう。
前世で超人気だった某テーマパークへ行く髪型。
スーパースターのネズミさんは元気かなぁ?
数分で、頭の上左右にお団子2つを作った。
「うん、可愛い」
「なっ!」
「声に出ちゃいました」
真っ赤になるシトリン公爵令嬢が可愛くて、自然と頬が緩む。
「この髪型も平民はしているの?」
「していませんよ。これは私のオリジナルです」
「そう……気に入ったわ」
「ありがとうございます」
普段はハーフアップが多いし、パーティーでもお茶会でもないのに派手にしてもね。
これくらいがバランス良くて可愛いよね。
朝食の鐘が鳴ったので廊下に出ると、アンバー公爵令嬢も部屋から出てきたところだった。
アンバー公爵令嬢はポニーテールをしている。
聞くところによると、この髪型だけできるそうだ。
もし出来ないのならシトリン公爵令嬢同様に、朝からルチルが伺うつもりだったので、昨日のうちに確認していた。
食堂に行くと、悲惨な髪型になっている子がたくさんいた。
たぶんちゃんと乾かさずに寝て、お洒落な髪型にしようとして失敗したのだろう。
できないなら真っ直ぐに下ろしている子の方が正解だ。
今日は入学式なので、食堂でアンバー公爵令嬢と別れて、シトリン公爵令嬢と入学式のホールに向かう。
入学式のホールの前には長机が置かれていて、事務員の人たちが名前を聞いて、何組になるかを教えてくれている。
ルチルとシトリン公爵令嬢も名前を伝え、クラスを教えてもらった。
2人共A組だった。
ホールの中に入ると、すぐに声が飛んできた。
「マヂか! ジャスの言う通りじゃん」
入口付近にオニキス伯爵令息がいて、物珍しそうにこちらを見ていた。
「おはようございます、オニキス様。ジャス公爵令息の言う通りとは?」
「2人は一緒に来るって言ったんだよ。すごくない? 2席取ってるから、行こ行こ」
どうやら席は自由なようだ。
オニキス伯爵令息に案内された席には、アズラ王太子殿下とフロー公爵令息とジャス公爵令息が座っていて、アズラ王太子殿下の両隣が1席と2席空いていた。
1席空いてる方にオニキス伯爵令息が座り、2席空いてる方にルチルとシトリン公爵令嬢が腰を下ろした。
シトリン公爵令嬢の横は、ジャス公爵令息だ。
「おはようございます、アズラ様」
「おはよう、ルチル。何組だった?」
「私もシトリン様もA組でしたわ」
「よかった! 僕もA組だったんだ」
知ってますよー。本で読みましたから。
フロー様とジャス公爵令息はB組なんだよね。
オニキス様は何組なんだろう?
「私とジャスはB組だったんですよ。皆さんと同じA組だったらよかったんですが」
「隣のクラスだし、お昼は一緒に食べたらいいって」
苦笑いしながら教えてくれたフロー公爵令息に、オニキス伯爵令息が軽く返している。
「オニキス様もA組ですか?」
「そうですよ。ルチル様と一緒で嬉しいです」
「おい、オニキス」
「殿下とも一緒で嬉しいですよ」
「B組に変わればいいのに」
「ひどっ」
楽しく会話をしていると、入学式が始まった。
こんな前に座っていると居眠りできないなと思っていたら、新入生代表でアズラ王太子殿下の挨拶があった。
だから前の席だったのかと納得した。
今日は、入学式だけで授業はない。
アズラ王太子殿下から「昼食を一緒にとりたい」と言われたが、大食堂は明日からの営業。
男子寮は女子禁制、女子寮は男子禁制。
「明日、一緒に食べましょう」
泣きそうな顔をされると、ルチルの心が痛む。
でも、こればっかりはどうしようもないのだ。
一緒に食べられる場所がないのだから。
「昼食後は図書館に行く予定ですので、そこでお会いしませんか?」
「うん。待っているね」
笑顔で頷いてくれたアズラ王太子殿下に見送られながら、女子寮に帰っていく。
もちろん手は振り合った。
「アズラ様は、あなたといると別人みたいよね」
「私の知っているアズラ様は、ああいう方ですよ?」
「ルチル様は、お茶会に参加していなかったから知らないのよ。アズラ様って自分から色んな人に話しかけるのに、全く興味を示さないのよ。顔は笑ってても目が笑ってないの。そこがよかったのよね」
本の性格のアズラ様だ。
「シトリン様は、アズラ様のことはもう好きじゃないのですか?」
「好きよ。カッコいいもの。でも優しくないわ。ルチル様にだけよ、優しくしてるの」
「そうですか? 使用人や騎士たちにも優しいと思いますが」
「優しさの種類が違うわ」
甘いか? 甘くないのか? の違いだろう。
ここは本と違う。
だから、アズラ様は真っ白認定でいい。
アンバー公爵令嬢は友達と食べるとのことで、シトリン公爵令嬢と昼食を食べた。
昼食後、シトリン公爵令嬢はカフェテリアへ。
ルチルは図書館に向かった。
図書館にはアズラ王太子殿下は先に着いていて、ルチルに気づくとはちきれんばかりの笑顔を向けられた。
歩みを止めたら走ってくるかも? と思ったが、そんなことはしない。
ちゃんと少し早足で合流する。
「何を借りに来たの?」
中に入り、図書館の見取り図を見ていると、小声で話しかけられた。
「適当です」
「適当なの?」
「はい。図書館が単純に好きなだけなんです。適当に本を読むのも借りるのも。そこから偶然得る知識も偶々知る物語も」
前世でも図書館に通ってたくさんの本を読んだし、石鹸とリップクリームは図書館から得た知識だしね。
お菓子作りは、趣味だったから知っていたというだけ。
それぞれ適当に本を手に取って、窓際の席で静かに読んだ。
夕方になり、学園内を少し散策することにした。
本の中でルチルとアズラ王太子殿下が初めて会っただろう桜の木の下で、ルチルは小さく笑った。
「どうしたの?」
「桜咲いてないなぁと思いまして」
「まだ冬だからね」
「卒業したら結婚ですね」
「そうだね。待ち遠しいよ」
「後3年ですよ。あっという間です」
「そうかなぁ」
「アズラ様、死なないでくださいね」
「なにそれ。死なないよ。ルチルも死なないでよ」
「はい」
始まる。
とうとう始まる。
18禁エロエロ小説だったけど、血生臭い物語が。
第1章完結になります。
第2章ではルチルとアズラの成長、そして主要メンバーの恋模様を書いていきたいと思います。
アズラ相手に暴走するルチルも書きます。学生なんです。青春してなんぼです。
色々な謎も回収していきます。
第2章は既に書き始めていて、1週間後くらいに第2章は投稿開始予定です。
毎日投稿できるよう頑張ってストックを貯めたいと思います。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
読んでくださる方々がいるから、頑張って楽しく投稿を続けることができました。
力をいただいていました。めちゃくちゃ感謝しています。
ありがとうございました。