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1人暮らしって久しぶりだわー!
伸び伸びできる。
ルチルが寮を選んだ密かな理由。
それは、1人の時間があること。
カーネも護衛騎士もありがたいし、いつも感謝しているが、やはり1人の時間は欲しい。
眠る時以外、常に誰か側にいるのだ。
気が休まらない。
家では絶対にできない体勢でソファに寝転び、クッションを抱きしめる。
ウトウトしかけた時、部屋のドアがノックされた。
「はーい。どなたー?」
「シトリンよ!」
おや? シトリン様から来たの?
今日の今日で、珍しいこともあるもんだ。
ドアを開けると半泣き……いや、ほとんど泣いているシトリン公爵令嬢がいた。
口を引き結んでるシトリン公爵令嬢の姿を見て、ルチルは納得した。
「どうぞ入ってください」
「……入るわよ」
鏡台の椅子に案内して、濡れている髪に櫛を通そうとした。
が、通らない。
「シトリン様……これは……」
「仕方ないじゃない! 勝手に絡まるのよ!」
毛先からゆっくりと櫛で髪の毛の絡まりを解いていく。
少し乾いているということは、ドライヤーの最中に絡まったのだろう。
我ながら綺麗に解けたので、次は櫛で梳きながらドライヤーで髪の毛を乾かす。
「石鹸、早速使ってくれたんですね」
「あの石鹸気に入ったわ」
「ありがとうございます」
髪の毛を乾かし終わると、シトリン公爵令嬢は「あり……」まで小声で言って口を噤いだ。
スタッと腰を上げるから自分の部屋に帰るのかと思いきや、ソファに座り直している。
「……お茶」
はいはい、淹れてあげますよ。
体が冷えると風邪をひきますからね。
お茶を淹れると、静かに飲んでいる。
何か話したいことがあるのかなと思い待ってみたが、和やかな雰囲気が過ぎていくだけだ。
「シトリン様。申し訳ございませんが、湯浴みをしてきてもよろしいでしょうか?」
できれば、このままのんびりしたいんだけどねぇ。
さすがにあたしも湯浴みをしないと就寝が遅くなっちゃうからさ。
「そ、そうね。いってらっしゃいな」
うむ、帰らないと。
まぁ、いいけどね。
急ぎもせずゆっくりともせず湯浴みを終えて部屋に戻ると、シトリン公爵令嬢は本を読んでいた。
ルチルは読書本を持ってきていないので、1度自分の部屋に取りに戻ったのだろう。
ルチルが髪の毛を乾かし終わっても、部屋に帰る様子はない。
お茶を2人分淹れて、ルチルはソファでクッションを抱えながらボーッとした。
会話がなくても成り立つことは湯浴み前の時間で証明されているので、何も気にならない。
「そろそろ戻るわ」
あぶない。寝てしまいそうだった。
「はい。また明日です」
「あ、あれよ。ひと、1人が怖かったら、いつ来てもいいわよ」
そっか、怖かったのね。
確かにご令嬢は、生まれた時から1人でいる時間なんてほぼ無いものね。
「シトリン様もいつでも来てくださいね」
「ええ」
おやすみなさいを言い合って、寮生活1日目は幕を閉じた。