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4日になり、家族に見送られてルチルは学園寮に向かった。
護衛騎士たちも一緒に行くが、規則として学園の中には入れない。
侍女も基本入れないが、送り迎えの時だけ入ることが許可されている。
ルチルの部屋は、5階建ての5階だった。
部屋の造りはどの部屋も同じだが、身分の高い者から上の階の部屋を使う習わしだそうだ。
キツイわー……
5階まで登るのキツイわー……
1階は食堂やカフェテリアがあり、2階から5階が学生たちの部屋になる。
部屋には、ミニキッチンに勉強机とクローゼットとベッド、洗面所とお風呂が一緒の部屋とトイレがある。
公爵家から持ち込まれる荷物は、食器棚に食器類、調理器具、お茶の葉が数種類。
簡易冷蔵庫と、中にはスイーツ。
ソファにローテーブル。鏡台にベッド(交換した)。
クローゼットには、制服を数着と普段着用のワンピースを数着収納した。
後は日用品。
荷物は、今日だけ特別に入園許可をもらった騎士たちが運んでくれた。
片付けてくれたのはカーネだ。
手伝おうとしたら怒られた。
カーネと護衛騎士たちにお礼を伝えて見送り、ソファで寝転んでいるとドアがノックされた。
「誰だろ?」と首を傾げながらドアを開けたら、怒っているアンバー公爵令嬢がいた。
「ルチル様! 誰かも聞かずにドアを開けてはいけませんわ!」
そうね。令嬢というか、普通は聞くよね。
呑気に開けてすみません。
「ごめんなさい」
「気をつけてくださいませ」
「はい」
素直に謝ると、アンバー公爵令嬢は怒りを消してくれた。
訪ねてきてくれたのに立ち話なんてしない。
中に入ってもらうよう伝え、ソファを勧める。
部屋でお茶できるように揃えてもらっているので、手際良くお茶の準備をした。
「ルチル様は何でもできますのね」
「そんなことありませんよ」
「私、まだ淹れられませんもの」
急に学生寮だもんねぇ。
申し訳ない。
話しながらお茶を淹れて、簡易冷蔵庫からフルーツタルトを出す。
顔が輝いているアンバー公爵令嬢に、ケーキを持ってきてよかったと口元が綻んだ。
「カフェテリアはありますのにスイーツはおいてないんです。だから、食べられて嬉しいですわ」
「明日からカフェテリアでもスイーツが出ますよ。父が学園に寄付するそうです」
「本当ですの!? さすがアヴェートワ公爵家ですわ」
同じ公爵家が何を言っているのやら。
「陛下からアズラ様のためにって頼まれたんですよ」
「殿下は甘いものが好きですものね」
ほのぼのとお茶をしていると、右隣から大きな音が聞こえはじめた。
きっとルチルと同じように家具や荷物を運んでいるのだろう。
「右隣はシトリン公爵令嬢ですわよ」
「そうなのですか?」
「はい。私は左隣ですわ」
「近くの部屋だなんて嬉しいです」
「私も嬉しいですわ」
暫くすると、右隣から聞こえていた音が止んだ。
「フルーツタルトはもう1つありますの。シトリン公爵令嬢をお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「はい、呼びに行きましょう」
笑顔で頷き合い、2人で右隣の部屋に向かった。
ルチルが代表してノックすると、「だれ?」と不機嫌な声が聞こえてくる。
「ごきげんよう。ルチル・アヴェートワです。今、お時間よろしいでしょうか?」
すぐにドアが開いて、シトリン公爵令嬢が現れた。
見えた部屋の中は淡いピンクで纏められ、THE女の子の部屋だった。
「ごきげんよう。あら、アンバー公爵令嬢もいたの」
「ええ。今、ルチル様とお茶をしておりましたの」
「シトリン公爵令嬢、よろしければ私の部屋でお茶をしませんか? フルーツタルトがありますの」
「行ってあげてもいいわ」
偉そうにしているが、顔は嬉しそうだ。
ルチルとアンバー公爵令嬢は、顔を合わせて微笑み合う。
3人一緒にルチルの部屋に行き、ソファに腰掛けた。
ちなみにソファは、ゆったりとした2人掛けが向かい合っている4人用になる。
さっさと机の上を片付け、新しくお茶を淹れ直す。
そして、シトリン公爵令嬢の前にはフルーツタルトも置いた。
「私だけ?」
「私たちは先程食べ終わりましたから」
「そうなの?」
「はい」
シトリン公爵令嬢は「そう」と呟いた後、お茶を1口飲んで目を見開いた。
「まさか苦かったですか?」
急いで自分の分を飲んで確かめたが、普通に美味しい。
「違うわ……美味しくてびっくりしたのよ……」
「シトリン公爵令嬢、大丈夫ですよ。私も淹れられませんから」
「私はカフェテリアに行くから淹れられなくてもいいの」
「あら、そうですの。いつでも来てくださってよろしいのに」
「ま、まあ、来てほしいってお願いするなら来てあげるわ」
「はい。いつでも来てくださいね。お待ちしています」
「仕方ないわね」と強く言うシトリン公爵令嬢の頬は緩んでいる。
「前々からお願い申し上げようと思っていたのですが、シトリン様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「そ、そうね。特別に許してあげるわ。感謝してね」
「私もシトリン様とお呼びしたいですわ」
「よ、よくってよ。片方からだと変だから、私もルチル様とアンバー様と呼ぶわ」
「ふふ、ありがとうございます」
シトリン公爵令嬢が食べ終わるのを待って、2人に髪の毛用の石鹸を渡した。
約束をしていたので、きちんと忘れずに用意していた。
「嬉しいです。ルチル様の髪、新年祭の時より艶々していますよね。この石鹸の効果ですよね」
「はい。この石鹸で毎日洗ってますの」
「洗うだけでいいのよね?」
「はい。洗うだけで大丈夫です」
じーっと見てくるシトリン公爵令嬢に首を傾げる。
「ねぇ、唇はどうしているの?」
「シトリン様も思っていました? 私もルチル様の唇綺麗だなと思ってましたの」
「ああ、これはリップクリームと言って作ったんです」
「リップクリーム? それは、いつ販売されるのかしら?」
「これは、まだ販売の予定はありませんの」
「ないの!? どうして!?」
「今は石鹸作りで忙しいのです」
「そんな……切れて痛いのに……」
うーん……興味本位で作っただけだからなぁ。
お祖母様、お母様、王妃殿下には渡したから、もう手元に残ってないんだよね。
「来週でよろしければ差し上げますわ」
「よろしいんですか?」
「ええ、作るだけですから」
「ねぇ、もしかして……ルチル様が作っているの?」
「はい」
「そ、それなら、新しいお化粧ってない?」
「お化粧ですか?」
「パーティーに行っても、みんな同じようなドレス、同じような髪型、同じようなお化粧。流行りといえばそうだけど、面白味がないのよ」
「そうですわね。お母様の年代の方々は見分け方が難しいですもの」
「お母様の年代の人だけじゃないわ。同年代だってみーんな一緒。ワクワクしないわ」
会話が女の子だ! これって女子会だ!
家では食べ物の話が多いし、アズラ様とも食べ物の話が多いし、陛下たちとも食べ物……
あたし食べ物の話しかしてなくないか?
「少し考えてみますわ」
「お願いね」
夕食の鐘が鳴り、3人で食堂に向かった。
朝食も時間になれば鐘が鳴るようになっている。
食堂で、あたしはパンダか! と思うほど不躾に見られたが、気にせず3人で食べた。
食堂はバイキング形式で、食べたいもののお皿をトレーに乗せるというものだった。飲み物もセルフだ。
システムをすぐに理解したルチルだったが、アンバー公爵令嬢が丁寧にしてくれる説明を黙って聞いていた。