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やってきました、1年の始まり新年祭。
全員から「4日には入寮で大変なんだから、新年祭は欠席した方がいい」と反対された。
だが、2年間の眠りから目覚めた時に、父から「両陛下と殿下はこの2年の間に婚約者を代えた方がいいと散々言われていたが、ルチルを信じて待ってくれていた」と聞いていたルチルは、私こそが婚約者だと見せつけると心に決めていた。
両陛下もアズラ様も、あたしが目を覚まさないことに心を痛めていただろう。
そんな時に、婚約者を代えた方がいいなんて言われて苦しかったに違いない。
アズラ様があたしを嫌いだったなら喜んで受け入れただろうが、目が覚めるとルチルバカが重くなっていたのだ。
さぞかし怒っていただろう。
2度とそんなことが言えないよう、ラブラブを見せつけてやろうではないか!
「ルチル、あのさ、近くない?」
会場に向かっている時に、恥ずかしそうに声をかけられた。
ええ、近いです。
ピッタリくっついていますので、ちょっと歩きにくいですよね。
分かっていますとも。
「嫌ですか?」
「嫌じゃないけど、その……ううん、何でもない」
けしからん胸が当たってるんだよね。
ごめんねぇ、あたしもこんなにいらないんだけど実っちゃったから。
当たってラッキーとでも思っててくださいな。
会場に入場すると、騒めきが起こった。
ルチルの参加を知る者は少なかったからだろう。
息を飲む音や慌てふためくような声が、色んなところで上がっている。
注視するような視線も痛いくらい感じる。
ふふん。自分で言うのもなんだけど、美人になっているでしょうよ。
祖父母からも両親からも見て分かる通り遺伝子ハイパーだからね。
スタイルもいいしね。
それに、今日は特に気合いを入れているからね。
髪の毛もツヤツヤでしょう。
一昨日、髪の毛用の石鹸を作ったからね!
効果覿面よね!
王妃殿下に挨拶しようとする前、髪の毛のことを聞かれたくらいだから、さどかし人目を引いていると思うのよね。
ま、まぁ、王妃殿下の勢いが凄すぎて、ちょっと引いてしまったけどね。それは内緒。
陛下のお言葉に、例年の公爵家から伯爵家までの挨拶も終わり、アズラ王太子殿下とスイーツの机で食べさせ合いをしている。
昔に1度しているからか「あーん」と言って口元に持っていっただけで、すぐに飛びついてきた。
顔がデレデレしているのに、それでも気持ち悪く見えず可愛く見えるのだから、イケメンは贔屓されている生き物だなと改めて思った。
そして、一緒のフォークを使って食べることを忘れない。
笑いながら近づいてきたのは、予想していた通りオニキス伯爵令息だった。
間を開けず、フロー公爵令息もアンバー公爵令嬢もやってきた。
「そういえば、いつも思っていたんですが、ジャス公爵令息はどちらにいらっしゃるのですか?」
「ジャスはお肉が好きだから、パーティーの時はお肉の場所から動かないんですの。家でもお肉ばかり……家族が魚を食べていてもお肉を食べているほどなんです」
そんなにお肉が好きなのか!?
今年の誕生日プレゼントはお肉にしてもらうよう、父に伝えておこう。
ジャス公爵令息もルチル同様誕生日パーティーはしないが、公爵家同士、家からのプレゼントは贈り合っている。
「失礼するわよ」
はいはい、ツンデレに成長したシトリン公爵令嬢。
どうしましたか?
「あなた、なぜ参加しているの? 体力も無いくせに倒れて、アズラ様のご迷惑になったらどうするつもり?」
はいはい、あたしのことを思って不参加希望だったんですね。
ドレスは重たいし、パーティーって体力いるものねぇ。
「心配していただき、ありがとうございます。私、元気ですので大丈夫ですよ」
「なっ!心配してないわよ。倒れる前に消えなさいって言ってるの」
真っ赤になっちゃって。
もう少ししたら控え室で休みますよー。
「後、髪の毛に何をつけているのか教えなさいよ」
王妃殿下と一緒で女子力高いからなぁ。
石鹸を贈ったら、「仕方がないからもらってあげる」って、お礼に絹のリボンをいっぱい返されたしね。
周りが聞き耳を立てていることに気づいて、周りに聞こえないようにシトリン公爵令嬢に耳打ちした。
「髪の毛用の石鹸ができましたの。またお贈りいたしますね」
「いいの? ありが……そこまで言うなら受け取ってあげるわ」
可愛く育ちましたねぇ。
ツンデレ最強説あるもんねぇ。
「アンバー様にもお渡ししますね」
「はい、ありがとうございます」
周りのご婦人方すみません。
先に匂い石鹸を作ってから髪の毛用作る予定なので、まだまだ販売ないんですよ。
それに、化粧水もそのうち作るからね。
期待して待っててね。
「ルチル、少し休みに行こうか」
「はい」
「違うでしょうに。みんなにルチル嬢取られたから隠すだけでしょうに」
「オニキスうるさいよ」
アズラ王太子殿下の嫉妬が可愛くて、小さく笑った。
またピッタリとアズラ王太子殿下にくっついて歩く。
控え室に着き、離れたら、悲しそうな顔をされた。
「アズラ様、座らないんですか?」
「ううん……座るよ」
並んでソファに座り、今度はアズラ王太子殿下からピッタリとくっついてきて腰をもたれる。
「ルチルが折れそうで怖い……」
「私、これ以上太りたくないです。それに、王妃殿下とお母様はもっと細いですわ」
「母上の細さは、コルセットをキツくしているからだよ」
「聞かれたら怒られますよ」
「いないからいいの」
冷たい飲み物を持ってきてくれたチャロが、部屋に入ってきた。
「殿下、お耳に入れたいことが」
「なに?」
「先程、近衛が会場裏でナイフを拾いました。ナイフには毒が塗ってあったそうです。会場の警備は増えたそうですが、お気をつけください」
「分かったよ。ルチルを守るよ」
「え!? 違いますよ! 御身をお守りください」
「駄目だよ。ルチルを守るんだよ」
数年前のシトリン公爵令嬢のドレスに液体をかけた人物は、1週間程で見つかっている。
ナギュー公爵が、血眼になって探したのだ。
犯人は子爵家のご令嬢。
以前、シトリン公爵令嬢にバカにされて、腹が立ってしてしまったとのこと。
ルチルの指を爛れさせた液体は、見たことのない身なりのいい男性から声をかけられ、買ったものだとのことだった。
「でも、わざわざナイフを落としたことに意味はあるんでしょうか? だって、ナイフ落としたら気づきません? 会場に騎士たちを集めたいんでしょうか?」
平行線になる会話を変えたくて、何となく言ってみただけだ。
それなのに、アズラ王太子殿下とチャロは真剣な表情に変わった。
「あり得るかも……」
ごめんなさい……
普通に落としただけだと思います……
言ってみただけです……
アズラ王太子殿下が立ち上がって、目を閉じた。
数秒後、目を開けると、チャロに指示を出した。
「チャロ、会場じゃない。東門だ。東門に数人走って近づいている」
「かしこまりました。すぐに東門を調べてもらいます」
チャロは小走りで部屋から出ていき、アズラ王太子殿下は「ふぅ」と息を吐き出してソファに腰を下ろした。
「アズラ様……今……」
「リバーが編み出した探知魔法を使ったんだよ。王宮は広いから結構魔力を使ったよ」
「王宮全域にできたんですか!?」
「うん、集中するだけだから簡単だよ」
「集中するだけって……魔力が減ったら疲れましたでしょう。ゆっくり休んでください」
「結構使ったとは言ったけど、普段使うよりもってことだから。魔力量はほとんど減ってないから大丈夫。ありがとう」
「普段から使われているんですか?」
「うん。主に自室の周りだけどね。誰かに入り込まれるのは、もう嫌だから」
そうだよね。
泥棒に入られるのと一緒というか、命を狙われることもあるかもだもんね。
知らない人が部屋にいるって怖いよね。
ジュースを飲んで、少しのんびりしてから会場に戻った。
少しだけ挨拶回りをし、またオニキス伯爵令息たちと賑やかに過ごした。
新年祭が終わり、「泊まっていってほしい」と言うアズラ王太子殿下を押し切った父に連れ帰られたのだった。
明日も3話上げます。
それにて第1章は完結になります。
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