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「ルチルは私の可愛い孫だ。気持ち悪くなんてない。ただちょっとだけ、いや、ものすごく天才なだけだ」
背中を撫でられ、顔を合わせた祖父の瞳には、嫌悪感なんて一切なかった。
泣きたくないのに、涙が溢れて止まらない。
「そうか、そうか。ずっと心配していたのか。何かを隠しているんだろうなと思っていたが、天才ということだったとは」
声を上げながら笑う祖父は、ルチルの涙を手で拭ってくれている。
「隠しきれていませんでしたね」
サーぺも微笑ましくルチルを見つめている。
「王都にいる頃は大人しい子だなと思っていたが、領地に来てからは話をしていると、本当は好奇心旺盛な理解が早い子なんだと気づいた。天才なのに何も知りませんみたいな顔をするから不思議だったが、嫌われるのが怖くて隠していたとはな。我が孫ながら可愛すぎないか?」
「はい、可愛すぎですね。私も、何回も何も知りません顔を拝見する度に悶えておりました」
「サーぺ、お前も分かるか! この可愛すぎて、どうしたらいいのか分からない感情が!」
「ええ、分かります」
どういう姿が悶えるほど可愛いかという話を、祖父とサーぺは始めてしまった。
恥ずかしさで涙は引っ込んでくれたが、今度は募っていく2人の話に赤くなる顔を止められない。
やめて! やめてー! こんな話恥ずかしすぎる!
あたし、そんな澄まし顔で知らないふりしてないよー!
わざと驚いてるような仕草とかやめてー!
た、たしかに、わざと驚いたフリはしたけどー!
祖父の胸に顔を埋めて、両手で耳を塞いだ。
祖父の笑っている声が、触れ合っている所から響いてくる。
「ルチル、自然体でいていいんだぞ。誰も何も言わないし、嫌ったりしない。もし何か言ってくるような奴がいたら、私に言いなさい。暗殺してあげるからね」
お祖父様……暗殺はやめましょう……
ゆっくりと体を起こし、真っ赤な顔のまま祖父と目を合わせた。
「あい……ありがとうごさいましゅ、おじーちゃま」
頭を優しく撫でてくれる手が気持ちいい。
「それで、何を作りたいんだい?」
「えっと……なまクリームでしゅ」
「生クリーム? やはり知らないな。ルチルはどこで知ったんだ?」
ここできたか!
なんて言えばいいんだろう?
お祖父様の中で、あたしは天才になっている……
だからって、本を読んでもいないのに知ってるなんて怪しすぎる……
「あ、あの……ゆ、ゆめでしゅ……」
あれ? 今、空気にヒビが入ったような……
強張った祖父の顔を初めて見た。
「……おじーちゃま……あの……やっぱりへんでしゅか?」
「いや、これはどうしたものか……」
なにが?
「ルチル。夢で見た話は、今初めて話したんだね?」
「あい」
「では、これからは夢で見たのではなく、本をたくさん読んでいて思い付いたことにしようか。
サーぺもそうするように」
「かしこまりました」
言われた理由が分からず、首を傾げる。
「ルチル、光の魔法があることは話したね」
「あい」
「光の魔法の使い手は聖者になる。その理由は、治癒ができるという理由があるが、夢見もできたりするんだ」
「むしろ、夢見をできる光の魔法の使い手の方が、神殿から重宝されています。治癒よりも更に少ないですから」
「重宝といえば聞こえはいいが、あんなのは監禁だ。一生神殿から出られなくなるんだからな」
ええー! 夢でなんて言うんじゃなかった……
夢じゃなくて前世なのに……とほほほほほ……
「ルチルは、火が扱えるんじゃないかと思っていたが……まさか光だったとはな」
違う! 違うんです、お祖父様!
あたし、きっと光なんて使えません!
「タンザ様、少し違うかもしれません」
「なにがだ?」
「今まで夢見は予知夢であり、料理に関することは1度もないはずです」
「文献に残っていないだけで、予知夢だけじゃなかったかもしれないだろう」
「そうかもしれませんが……」
いいえ! きっと予知夢だけだったはずです!
うわーん……どうしよう……
ああ、もう前世の記憶だと言いたい。
いや、前世なんて言うと、いくらこのお祖父様でも、頭のおかしい子扱いするよね。
うん! 言ってしまったものは仕方がない!
お祖父様とサーぺの中で留めてくれるんだし、他の誰にも言わなければ問題ない!
王家に嫁ぐのも嫌だけど神殿で監禁なんてもっと嫌だから、ここはもう天才なんだってことにしよう!
あたしは天才……あたしは天才……
祖父ともう1度、誰にも夢のことは言わないと約束して、神殿の話は終わった。
「ルチル、その生クリームとやらの作り方は分かるんだね?」
「あい」
「じゃあ、料理長に言って作ってもらいなさい」
「わかりまちた」
「それと、もう何も知りませんのフリはしなくていいから」
笑いながら言われて、恥ずかしくて小さく頷いた。
その光景を微笑ましそうに眺めていたサーぺが、思いついたように穏やかな声で尋ねてきた。
「できれば知っておきたいのですが、お嬢様は読み書きできますか?」
「できましゅ。けいさんもできましゅ」
「他にも何かできますか?」
「ほかにもでしゅか?」
「例えば、刺繍はいかがでしょ?」
今世ではやったことはないが、前世では趣味で刺繍をしていた。
子供や孫の服に刺してもいた。
「できるとおもいましゅ」
「そうですか。後は、こんな物があったらいいなとかありますか?」
「うーん……かみのけかわかしゅまどうぐがほちいでしゅ」
「なるほど、なるほど。ありがとうございます」
スッキリしたような顔してるけど、こんな答えでよかったのかな?