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アズラ王太子殿下と会えないすれ違いから3週間ほど過ぎた。
スミュロン公爵に止められていて会いに行けないけどと、アンバー公爵令嬢をはじめ、お茶会のメンバーからお見舞いの品と手紙が届いた。
ルチルも声が戻り、今は普通に話している。
「ねぇ、カーネ。今日も綺麗な花ね。ありがとう」
「その花は、毎晩王太子殿下が持ってきてくれているんですよ」
は?
はぁ!?
アズラ様が毎日来ているの!?
ねぇ!
なんでそれ誰も教えてくれなかったの!!??
気不味そうに口を手で隠すカーネに、首を傾げる。
「どうしたの、カーネ。アズラ様からの花って言ってはダメだったの?」
「え!? お嬢様! 思い出したのですか!?」
ああああああ!
そういうこと! そういうことね!
みんなは、あたしがアズラ様を忘れていると思ったままなのね!
「違う、違うのよ、カーネ……」
「えっと、何が違うのでしょうか? 本当は王太子殿下を覚えていらっしゃらない? でも、今お名前を……」
「だから、私はアズラ様を忘れてなんかいないわ。起きた時は、姿も声も変わっていたから分からなかっただけよ」
「ぇ、ぇっと……そ、そうだったのですね。そこまで考えが至らず、申し訳ございませんでした」
「カーネが悪いわけじゃないわ。私が早くアズラ様のお名前を出すべきだったのよ。会いに行かなきゃと思っているだけじゃ駄目だったのよ」
「いえ、そんなことはございません」
「そんなことあるわ。アズラ様は夜に来られるのよね。頑張って起きておくわ」
寝ないようにと手の甲を抓ったりして努力したが、睡魔に勝つことはできなかった。
次の日、起きて落ち込むルチルに「忘れているのではなく、成長して分からなかっただけだったそうです」とアズラ王太子殿下に伝えたら、泣いて喜んでいたとカーネが教えてくれた。
本当、土下座して謝りたい。
自分だけ忘れられているなんて、血反吐を吐くより辛く重かったに違いない。
アズラ様を笑顔にする使命のはずなのに、泣かせてばっかだな。
駄目駄目だ。
若いだけあって、ルチルの筋力の戻りは早い。
今日から立つ練習をデュモルと始めた。
カーネ相手だと倒れた時に支えられなかったら危険だということで、デュモル相手に練習になったのだ。
ベッド脇に足を下ろすのは、3週間と少しの間の運動でできるようになっていた。
さて、立つぞ! とデュモルの腕を掴んで立とうとするが、足に力が入らなくて立ち上がれない。
何度もチャレンジをして、立ち上がれるかも? と思っても、お尻が数センチ浮くだけだった。
きっと、このけしからん胸が重いんだわ。
眠っていただけなのに、まだ14歳でここまで実るってなに?
グレープフルーツをくっつけているみたいだわ。
グレープフルーツからオランジェットに結びついて食べたくなったが、まだ駄目だとカーネの許可が下りなかった。
お昼過ぎに立つ練習を再開しようとした時、ドアがノックされた。
笑顔のブロンが姿を見せ、「今からアズラ王太子殿下が、お見舞いに来られるそうです」と教えてくれた。
大人しく待っていると、すぐに花束を持ったアズラ王太子殿下が部屋に入ってきた。
あああああ!
恥ずかしそうな嬉しそうな照れたようなご尊顔が尊い!
なんてイケメンに育っているの!!
麗しく憂いのある堕天使様……
色んな角度から拝ませてください……
「アズラ様、お見舞い嬉しいです。ありが……」
泣いてしまった……
大号泣されている……
まさか触りたいなんていう破廉恥な心を見破られてしまったのだろうか……
「嬉しい……ルチルに名前を呼んでもらえて嬉しい……」
うぐっ!
2年経っても、心は天使のままなのか!
推せる! この子を永遠に推せる!
アズラ王太子殿下は、涙を拭いながらベッドの横の椅子に腰掛けた。
花束はカーネに「生けておいて」と渡している。
「アズラ様、起きた時は申し訳ありませんでした」
「ううん、聞いたよ。成長して分からなかったからだって。僕、そんなに変わったかな?」
「アズラ様に似ているなとは思ったんですが……失礼ながら、陛下の隠し子なのかとも考えてしまいまして……」
途端に、アズラ王太子殿下がお腹を抱えて笑い出した。
ルチルは、言うんじゃなかったと恥ずかしくなる。
「父上が聞いたら落ち込みそうだ」
「内緒にしてくださいませ。アズラ様だからお話したのですよ」
「うん、分かった」
柔らかく手を握られたので、ルチルも握り返した。
それだけで、またアズラ王太子殿下の瞳から涙が落ちる。
「たくさん不安な想いをさせてしまい、申し訳ございませんでした。待っていてくださって、ありがとうございます」
「ううん。僕の我儘で待っていたんだよ。ルチルは目を覚ますって……信じていて……ほ、んとぅに……っ……よかっ、た……」
ボロボロと泣き出したアズラ王太子殿下に、泣かないと決めていたルチルも胸が詰まって泣いてしまった。
温かな空気なのに息のしづらさは消えない。
どうしようもなくアズラ王太子殿下に触れたくなり、ゆっくりと近づいた。
ルチルが近づいてくることを不思議に思ったのか、俯いてた顔を上げたアズラ王太子殿下と至近距離で目が合う。
慈しむ気持ちが胸いっぱいに広がり、アズラ王太子殿下を抱きしめた。
「ル、ルチル……ダ、ダメだよ……」
いえいえ、ダメじゃありませんよ。
泣いている婚約者をあやしているだけですもの。
やましい気持ちなんて、これっぽっちもありません。
「アズラ様、大好きです」
縋り付くように強く抱きしめ返された。
泣き声を我慢している吐息が胸にかかる。
「好きっだよ……っ……ルチル……あぃし、てる……」
アズラ王太子殿下の背中をあやすように撫でる。
こんなにも自分のことを好きでいてくれる人がいることに、心から感謝した。
「ごめん……泣きすぎた……」
「いえ、私も泣きすぎました……」
少し離れ、お互い恥ずかしそうに微笑み合った。
カーネが、温かいタオルとお茶を持ってきてくれた。
「それと、もう1つ謝らないといけないことがあるんだ。僕、ルチルに忘れられていると思っていたから、また誰か分からない顔をされたら立ち直れないと思って、夜遅くに来ていたんだ。もっと早くお昼にくればよかった。ごめんね」
「逆の立場でしたら、私も会うことが怖くて同じようなことをしていたと思います。アズラ様が謝ることではありませんわ」
「うん、ありがとう。これからは、ルチルが起きているだろう時間に来るね」
「嬉しいですが、無理だけはしないでくださいね」
「大丈夫。ルチルに会うだけで元気になれるから」
くぅ!
ファンサが優秀すぎる!
「まだいたいけど、そろそろ戻らなくちゃ。また明日来るね」
「はい。楽しみにお待ちしております」
笑顔でアズラ王太子殿下を見送って、泣いて疲れたルチルはそのまま眠ってしまった。
次の日からも立つ練習を頑張り、アズラ王太子殿下や家族と会話をし、アンバー公爵令嬢たちに手紙を書いたりして過ごした。
ルチルが立てるようになり、更に歩けるようになったのは20日後だった。
スミュロン公爵も驚くほどの回復ぶりで、少しだけなら散歩をしてもいいという許可をもらった。
アズラ王太子殿下がお見舞いにきた時に、庭の散歩を提案してエスコートをしてもらった。
今まで横にあった顔を見上げないといけないことに、2年の月日の長さを感じた。
行きはよかったが、庭を散歩している最中に疲れてしまい、帰りはアズラ王太子殿下にお姫様抱っこをしてもらった。
初めてのお姫様抱っこに、しっかりしてきているアズラ王太子殿下の体の成長に驚くばかりだ。
「アズラ様、お顔が赤いですよ」
「分かっていても言わないでよ」
照れているアズラ王太子殿下が可愛くて抱き付いた所を祖父に見られ「まだ早い!」と怒られてしまった。
次の日のいまだに続いているアズラ王太子殿下の朝の訓練が厳しくなったことは、誰にでも想像できることだった。
アズラを放置するのが流石に可哀想で3話上げました。
皆様の想像をいい意味で裏切れていたらとニマニマしています。
第1章、もう少しだけお付き合いください。
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読んでくださっている皆様、本当に感謝しています。




