63 〜アズラの気持ち 3 〜
寂しくて不安で、崩れ落ちてしまいそうな日々を2年過ごしたある日のこと、父に呼び出された。
ルチルの年齢は14歳、僕も明々後日で14歳になる。
「お呼びでしょうか、父上」
「よくきた。座りなさい」
父の執務室のソファで向かい合って座る。
すぐに、父の従者がお茶を淹れてくれた。
「顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。その、なんだ、ルチルは変わらずか?」
歯切れの悪い父に首を傾げる。
「はい。変わらず……いえ、綺麗になりました。眠っていてもちゃんと成長しているんですから、もうじき目覚めると思います」
「ああ、そうか。そうだな」
困ったように微笑む父の様子に、何かおかしいと気づいた。
「父上、何かありましたか?」
「アズラよ……お前に話すかどうか悩んだのだが……」
アズラ王太子殿下は、ルチルが倒れてから1度も笑っていない。
本人が微笑む練習をしていることも、陛下は知っていた。
これ以上、息子を追い詰めたくないと思っていても、今回のことは言わずにはいられないのだ。
苦渋の決断をしたのだ。
「何をでしょうか?」
「光の魔法の使い手を覚えているな?」
「はい、最後に会ったのは10才の新年祭の時ですね。忘れもしません」
「嫌な思い出として」とは口に出さなかった。
「その娘が、ルチルを治療してもいいと言ってきた」
「本当ですか!? 光の魔法を使えるようになったんですね!」
「ただ……助ける条件は、お前との結婚だそうだ……今年の誕生日パーティーでエスコートをしてほしいそうだ……」
は?
何を言ってるんだ……
人の命を救うのに条件?
そんな女と結婚? そんな女が国母?
ありえない。
だけど……
助けられるなら助けたい……
叶うなら、もう1度あの声で名前を呼んでほしい……
笑いかけてほしい……
「……考えさせてください」
「ああ、よく考えなさい。だが、返事は待って3日。誕生日パーティーの前日だそうだ」
「……分かりました」
父の執務室を出て、唇を噛まないよう気持ちを押し殺しながら自室に戻った。
部屋に戻るなり、部屋の壁に両手の拳を打ちつける。
「あーーーーーー!!!!」
近衛騎士が慌てて中に入ってきたが、事情を知っているチャロが近衛騎士たちを手で止め、首を横に振った。
いやだ! いやだ! いやだ!
あんな女と結婚なんてしたくない!
僕はルチルと約束しているんだ!
ルチル以外いやだ!
でも、ルチルはいつ目覚める……
もう2年も経った……
ルチルが倒れた直後の誕生日パーティーは、みんな僕を可哀想な子を見るよう目で見てきた。
けど、月日が経つにつれて、ルチルはもう目覚めないから自分の娘をと遠回しに言ってきた。
今では、あからさまに話してくる奴らもいる。
側妃を作ってみてはという意見もでている。
全てを切り捨てたいと思いながら、ルチルは目覚めると反対をしてきた。
父や母もルチルは目覚めると言ってくれている。
けど、分かっている。
僕は王太子だ。兄弟もいない。
このままルチルが目覚めなければ、後継を作るために誰かを娶らなければならない。
後数年の猶予しかない。
ルチルは、いつ目覚める?
後数年の間に目覚めてくれる?
考えたくない……
考えたくないけど、もし後数年で目覚めないとすればルチルとは結婚できない。
結婚できない上に、ルチルは眠ったままだ。
なら、誰かと結婚をしなければいけないのなら、光の魔法の使い手の提案に乗ればルチルを目覚めさせることはできる。
できるけど……
ルチルがいつ目覚めるか分からないのに、数年の猶予すらなく、誰かと婚約をやり直すなんて……
いやだ! いやだ! いやだ!
こんなの僕には決められない……
忙しくしている合間に何度考えても「いやだ!」という答えしか導き出せない。
考える度、吐き気がしてしまう。
食事もできなくなってしまった。
フラフラになりながら、日課のルチルのお見舞いに行った。
「今日の花は向日葵だよ。花言葉は、あなただけを見ている。僕はルチルしか見ていないよ」
向日葵をサイドテーブルに置いて、ベッド横の椅子に座り、ルチルの手を握った。
2日間、考えても答えは出ていない。
明日、返事をしなければならないのに。
もう何も考えたくない。
「ルチル……ねぇ、起きて……起きて名前を呼んで……」
祈るように握りしめると婚約指輪がぶつかった。
「指輪……お婆さんは、この未来視えていなかったのかな……僕の媚薬事件は今年あったんだけどな……」
ふと、お婆さんの言葉が頭をよぎった。
『忘れるでないぞ。心臓が止まる前に、魔力を流して回復するんじゃぞ』
自分の魔力を……とは言っていなかった。
『この指輪は、お主らだけ永久に使えるようにしておる』
そうだ……指輪は指輪の持ち主ではなく、僕たちだけが使えると言っていた。
もしかして……僕にルチルの指輪が使える?
心臓が一際大きく動いた。
唾を飲み込んで、ルチルの指輪を人差し指と親指でルチルの指ごと挟んだ。
深呼吸してゆっくりと魔力を流すが、指輪に魔力が流れない。
駄目か……
他に何か、何かないのか?
魔法陣は、指輪の内側にある。
指輪は指にピッタリで隙間すらないから、隙間から魔力を流すことはできない。
魔力譲渡……渡すだけなら訓練している。
だけど、相手の体の中で自分の魔力を操ったことはない。
そんなの光の魔法の使い手がやるやり方だ。
だけど、フローが言っていた。
スミュロン公爵家の医師たちは、自分の魔力を相手に流して、どこが悪いのかを見つけると。
その魔力操作が難しくて困っていたから、コップでの練習を教えてくれて助かったと。
流すだけなら簡単だ。
フローが言っていた魔力操作は、相手の体の中で魔力を操るものじゃないのか?
でも、リバーが言っていた。
光の魔法の使い手は、魔力を相手の体の中で逆に流して殺せると。
もし、僕が間違えて魔力を逆流させて、ルチルを殺してしまったら……
手が震えて、冷や汗が出てきた。
駄目だ……できない……
でも……可能性があるなら……
お婆さんの言葉が、頭の中でリフレインする。
深呼吸しても気休めにもならない。
怖いが、可能性を捨てたくない。
まず、魔力が一定方向に流れているのか確かめてみよう。
ルチルの手を握りながらも、自分自身の中の魔力に集中する。
魔力の流れは分かった。
血液が循環するように、ちゃんと全身を規則正しく流れている。
ルチルの顔を見つめた。
目を閉じ、握っているルチルの手を祈るように額に当てた。
ルチル……お願い、目を覚まして……
ゆっくりとルチルに魔力を流しはじめる。
魔力の流れを間違えないように、慎重に慎重に少しずつ。
成功しますように……
何十分そうしていたのか分からないが、指輪の内側に到達しただろう時に、お城の見張り台から落とされたみたいな引力に魔力が引っ張られた。
瞬く間に血の気が引き、クラクラする。
何が起こったのか分からない。
ただ、自分の魔力が枯渇寸前だということは分かった。
目眩を我慢しながら目を開けると、ルチルのまつ毛が動いた気がした。
「ルチル!!」
僕の大声に、ドア近くに控えていたチャロ、カーネ、デュモルが駆けてくる。
「ルチル? ……ねぇ、ルチル……」
息を詰めて見守る中、ゆっくりとルチルの瞳が開いた。
カーネはその場で泣き崩れ、デュモルは走って部屋から出て行った。
ルチルの名前を呼びたいのに、喉に蓋をされたように声が出てこない。
ルチルの瞳をちゃんと見たいのに、ルチルの顔さえ霞んで見えない。
「……だ、れ?」
息が止まった。
あんなに聞きたかったルチルの声を聞けたのに……
聞こえてきた声は、本当にただ何となく紡がれただろう感情のない言葉だった。
辛いですね。書きながら泣いてしまいました(´;ω;`)
アズラ、頑張れ。
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