53
時間は、1月1日の新年祭に戻る。
例に漏れず、朝から数時間かけて準備をし、父と母と王宮に赴いた。
今日の朝からルチル付きの護衛は3人に増えたが、王宮についてくるのはデュモルのみ。
父やアズラ王太子殿下の近衛騎士がいるからだ。
王宮に着くとアズラ王太子殿下が出迎えてくれ、「今年もよろしく」と言い合った。
両親と別れ、王族専用の控え室に行く。
中には両陛下がいて、新年の挨拶をし、時間が来るまで穏やかに過ごした。
時間になり侍従が呼びに来たのでパーティー会場に向かうと、入場口前にはキャワロール男爵とキャワロール男爵令嬢がいた。
「アズラ王太子殿下! 新年あけましておめでとうございます!」
「こ、これ! スピネル! 話しかけてはいけないと言っただろう!」
「どうしてですか? アズラ王太子殿下とあたしは運命の糸で結ばれているんですよ」
これは……妄想癖が強いでいいのかな……
それとも、この世界は小説かゲームの中で、彼女も転生者とか?
だって、吊り目の公爵令嬢と垂れ目の男爵令嬢……悪役ギャフンの定番じゃない?
ええ!?
まさか本当の本当にあたし悪役令嬢だったの!?
いやいや、あたしよ、落ち着いて。
もし彼女が転生者なら、今まで作ってきたスイーツであたしのことも転生者だって見抜くはず。
まずは、彼女がどう動くか待とう。
それにしても寒いなぁ。
今日、こんなに寒かったっけ?
うん、横(夜叉=アズラ様)からの怒りの冷気だったわ。
キャワロール男爵がアズラ王太子殿下と両陛下に謝罪している間も、キャワロール男爵令嬢はアズラ王太子殿下にウインクをしていた。
空笑いしか出てこ……嘘です。
横(夜叉=アズラ様)が怖すぎて、空笑いさえ出てきません……
キャワロール男爵令嬢は入場を促され、アズラ王太子殿下に手を振ってから会場に入っていった。
ああ、どうしよう!
時間がないけど機嫌を!
どうにかアズラ様を夜叉から天使に!
何も思い浮かばず、慌てすぎて、少し空いていた距離をピッタリと詰めた。
エスコートのため握られている手に力を込める。
恐る恐る見ると、極上の天使の笑顔に戻っていたので安堵した。
1拍置いて、ルチルとアズラ王太子殿下も入場した。
通路の奥、階段の前で立ち止まり、横に逸れる。
ルチルたちよりも後から入場する両陛下に道を譲るためだ。
頭を下げて、両陛下が通り過ぎるのを待った。
陛下の号令により頭を上げる。
陛下の新年の挨拶を聞き、階段の下で控えていた宰相ナギュー公爵から、金色と白色の魔法の使い手があらわれたと紹介された。
会場から「え? 金?」という戸惑いが沸き起こった。
拍手をしようとした手は止まってしまっている。
アヴェートワ公爵夫妻が率先して手を叩き、会場は拍手に包まれた。
ルチルは、陛下の前に移動をし丁寧に頭を下げる。
スピネル男爵令嬢も反対側から歩いてきて、ルチルを倣うようにお辞儀をした。
本当は2人のタイミングを合わせないといけなかったが、カンニングするようにチラチラ見られて合わせようがなかったのだ。
ルチルの「大丈夫かな?」という心配は的中し、スピネル男爵令嬢のカーテシーは揺れている。
「まずは金色の魔法の使い手、ルチル・アヴェートワ公爵令嬢」
宰相ナギュー公爵からの言葉に、頭を更に深く下げる。
不安定なカーテシーをしているスピネル男爵令嬢を気にしている場合ではない。
「国王陛下、並びに王妃殿下にご挨拶申し上げます。私ルチル・アヴェートワは、この度、火の魔法と金色の魔法を賜りました。金色の魔法はどのような魔法かはまだ分かりませんが、必ずや会得し、トゥルール王国のために使用しますことを誓います」
陛下が、無言で頷いてくれる。
「次に光の魔法の使い手、スピネル・キャワロール男爵令嬢」
宰相ナギュー公爵の言葉に、スピネル男爵令嬢も更に深く頭を下げた。
ぎゃー! 揺れてる、揺れてる!
気にしないなんて無理!
お願いだから、こっちに倒れてこないでね!
「国王陛下、並びに王妃殿下にご挨拶申し上げます。私スピネル・キャワロールは、光の魔法の使い手として、王家の皆様に尽くすことを誓います。両陛下は私の義理の両親になりますもの。どんな病気も治してみせます」
ねぇ、陛下への挨拶の言葉、ナギュー公爵のチェックなかったの?
あたしはあったよ。
だから、きっとあったよね? それ、オッケーもらえたの?
「スピネル・キャワロール男爵令嬢よ。私は国は民だと思っている。だから、私たち王家よりも、この国に住む全ての民に平等に光の魔法の恩恵を与えてやってほしい。
それと、何を勘違いしているのか理解できないが、私たちの間に子供は1人だ。よって、そなたの義理の両親になることはないと、肝に銘じておくように」
スピネル男爵令嬢が抗議のため顔を上げようとした時、バランスを崩した。
こっちに倒れてこないでよー!
咄嗟に避けたルチルの勢いに、腕を掴んで引き寄せようとしたアズラ王太子殿下の勢いが合わさり、アズラ王太子殿下に突っ込む形になってしまった。
倒れかけたアズラ王太子殿下を、近くにいた父が支えてくれた。
「公爵……ありがとう……」
「いえ、お怪我がなくて何よりです」
姿勢を正し、ルチルはアズラ王太子殿下と父に会釈してから、元の位置に戻った。
何事も無かったかのように陛下に向かって頭を下げる。
慌てて立ち上がったスピネル男爵令嬢も、慎重に腰を折っている。
「金色の魔法の使い手と光の魔法の使い手が誕生し、今年からは例年よりも輝かしい年になるだろう。ルチル・アヴェートワ公爵令嬢とスピネル・キャワロール男爵令嬢の今後の活躍を期待している」
仕切り直すことはできず、微妙な雰囲気でお祝いの言葉は幕を閉じた。