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どよめいている人たちをかき分けて、弟の所まで進んだ。
歩いてる最中に、祖父母と両親の位置は確認している。
みんな、全員で向かっても仕方がないと思ったのだろう。
初動が早かったルチルが任されたようだ。
「ミソカ、どうしたの?」
「お姉様、叩かれました。痛いです」
うん、嘘ね。盛大な嘘泣きだったものね。
家族みんな気づいてるからね。
どうして、あざとく育ってしまったの。
弟が見た先には、貴族の子供3人と平民の子供2人がいた。
貴族の子供たちは青い顔をしている。
「どうして叩かれたの?」
「その人たちが2人を虐めてたから、僕は注意しただけです」
大粒の涙を一生懸命拭う仕草が様になっている。
「虐め? あなたたち、どうしてそんな事をしたのですか?」
「ぼ、ぼくたちは……いじめなんて……」
「してたよ! こんな所に平民が来るなって、読み書きもできない平民なんだから学園にも通うなよって言ってたくせに」
どこにでもいるガキ大将のバカね。
「それは貴族として恥ずかしいことですよ」
「ですが、本当のことです。読み書きすらできないのなら、学園の勉強についていけるはずありません」
「そうね。それは一理あるわね」
「お姉様!?」
「あら、ミソカ。驚いて涙が止まったわね。よかったわ」
「よくありません! 何を言い出しているのですか!?」
「私は、『読み書きができないと学園の勉強についていくのは難しい』という言葉に一理あると言っただけよ」
平民の子供たちが、深く俯いて体を震わせている。
「パーティーに来てくれたのは嬉しいし、学園に通ってほしいと思っているわよ。だから、いいことを思いついたわ」
ルチルが人差し指で、真っ赤になっている弟の鼻をちょんと触った。
楽しそうに微笑んだ後、平民の2人に近づく。
顔を上げた2人は、目を真っ赤にして泣いていた。
辛かっただろうな。
昨日は魔法が使えると知って喜んでいたのに、パーティーでは肩身の狭い思いをして、その上虐められたんだから。
嬉しかった分、落ちた時の辛さは計り知れないわね。
「あなたたちは、毎日どれくらいの時間がありますか?」
「……時間ですか?」
「自由な時間ですよ。毎日、ご両親のお手伝いをされていますよね?」
たぶんしている。
手が赤切れているもの。
「しています……でも、していない日もあります。だから、自由な時間がよく分かりません」
「わたしも同じように分かりません」
ルチルはそれならばと周りを見渡すと、青い顔をした2人それぞれの両親が近くにいた。
「この子たちのご両親ですか?」
「は、はい……そうです……騒ぎを起こしてしまって、申し訳ございません」
「騒ぎを起こしたのはミソカですから気にしないでください。それで、ご提案があるのですが、この子たちの午前中の時間をいただくことはできますか?」
「どういう意味でしょうか? ……無知ですみません」
いやいや、そんなに自分たちを卑下しないで。
「私の言い方が悪かったですね。よろしければ学園に通うまでの間、午前中だけ我が家で読み書きや計算、後マナーですね。それらを勉強しに来ませんか? というお誘いです」
まるで時間が止まったように誰も動かなくなった。
「もちろん勉強代とか要りませんよ。こちらが勝手に提案しているだけですから」
「そんな恐れ多いこと、よろしいのでしょうか?」
「はい。勉強したいとお2人が思うなら、ぜひ勉強してほしいと思うんです。読み書きや計算ができれば学園の勉強についていけるでしょう。それに、マナーも分かっていれば学園で困ることは少ないかと思います。いかがでしょうか?」
「そんなありがたいお話……本当にあるんですか?」
「ありますよ。今、私が決めましたから」
両親から子供2人に向き直した。
「あなたたちはどうですか? 勉強してみたいですか? 頑張りたいですか?」
親が喜んだとしても、勉強するのは子供。
頑張らない子供には教えるだけ無駄だもの。
ここで踏ん張れなければ、貴族ばかりの学園でやっていけないと思うしね。
「頑張ります! 俺、頑張って勉強します!」
「わた、わたしも頑張ります!」
「うん、頑張りましょうね。そして、みんなで学校生活を楽しみましょう」
やっと笑ってくれた2人に、ルチルも笑顔を向ける。
次に、虐めていた貴族たち3人にも微笑みを向けた。
「将来、これぐらい提案できる男になりましょうね。そうしたら、きっとモテますよ。後、ミソカを叩いたのはどなたですか?」
「た、叩いてません。肩を掴まれたから、手を振り払っただけです」
弟を見ると、てへぺろと可愛い顔をされた。
それで弟を許してしまうルチル自身が憎くなる。
「そうでしたか。ミソカが先に手を出したのですね。申し訳ありませんでした。ほら、ミソカも謝りなさい」
「すみませんでした」
素直に謝るミソカと一緒に、ルチルも腰を折った。
「あなたたちも2人に謝りませんとね」
渋い顔をした貴族3人が嫌そうにしながらも、平民の子供たちに頭を下げている。
「……悪かった」
「はい。これで全ておさまりましたね。一緒に学園に通うのですから仲良くいたしましょう」
ルチルの言葉には反応せず、苦い顔をした貴族の子供たちはそそくさと消えていく。
ったく、悪ガキ共が。帰って、親に怒られろ。
ルチルは、ちゃんと横目で見たのだ。
虐めをしていた子供たちの親だろう人たちが、父に必死に頭を下げているのを。
貴族だろうがアヴェートワ公爵家に雇われている人たちだろうから、領主を怒らせることほど怖いことはない。
紹介状も無しにクビになんてされたら、何処にも雇ってもらえなくなる。
生活ができなくなる。
ミソカが止めた時点でやめていたら、大事にならなかったのにね。
バカめ。しこたま怒られろ。
心で毒を吐きながらも、顔は笑顔を崩さない。
「ねぇ、あなたたちはお料理やスイーツは食べましたか?」
「少し……食べました」
「いっぱいあるんですから、たくさん食べてくださいね。お料理もスイーツも料理人たちの自信作ばかりですから」
「僕が美味しい物を教えてあげる。一緒に食べよう」
平民の子供たちの手を取って去っていく弟の後ろ姿を眺める。
あざといけど、優しい子に育ってくれてよかった。
しみじみしていると、平民の方々から声をかけられた。
「あのルチル様……本当によろしいのでしょうか?」
「はい、本当に気にしないでください。私がやりたくてすることですから」
「「ありがとうございます」」
涙ぐんでいる平民の方々と別れて、両親の元に移動した。
「パーティーが終わったら説明をしたいことがあります」と伝え、了承をもらっている。
ルチルは会場を歩き回り、友達になれそうな令嬢を見つけては声をかけた。