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次の日の朝、チャロとカーネに起こされた。
チャロには猫のパジャマ姿に驚かれたが、可愛い妹を愛でるような顔をされた。
アズラ王太子殿下の寝起きの無防備な姿を見ることはできたが、同じ時間に起きてしまったので寝顔を拝められず、朝から少し落ち込んだ。
だからこそ、もし次に機会があれば絶対に目に焼きつけると、決意を固くしていた。
朝食は、そのままアズラ王太子殿下の部屋で食べた。
ルチルの猫パジャマ姿を他の人に見せたくないだろうが、もう少し見ていたいはずだというアズラ王太子殿下の気持ちを考慮したチャロが、朝食を部屋に用意してくれたのだ。
今日の予定は、朝から神殿で婚約式、そのままパレード。
王宮に着いたら休む間もなくパーティーで終わりだ。
夜の大人だけのパーティーもない。
夜は王家とアヴェートワ公爵家のみで晩餐をし、ルチルはもう1泊だけ王宮に泊まって、明日帰ることになる。
朝から湯浴みをし、この日のためだけに作られたシルクのドレスを身に纏う。
光沢のあるシルクのドレスは、見ているだけでも滑らかさが分かり、淡い光を放っているようだ。
シルクの美しさを目立たせるために、ドレス本体には刺繍に宝石、リボンやレースの装飾類は何も無い。
胸下で切り替えがあり、スカートが膨らんでいない下に流れるようなドレス。
袖は長袖で、腕の外側と内側にスリットが入っていて、腕をチラ見せしている。
色は、アズラ王太子殿下の瞳の色で天色。
真珠のイヤリングをつけて、アップにした髪の毛に真珠が並んだカチューシャをする。
白色のシルクの長いリボンをチョーカーのように首に巻き、リボンの先を床すれすれにすれば、歩く度にふわふわと背中でリボンの先が風で踊る。
ドレスは、ルチルの発案。
アクセサリー類は、王妃殿下の提案。
リボンの先を長くして風に揺らす案は、王妃殿下を喜ばせた。
ルチル自身も、このドレスはコルセットをしなくていいので、とても気に入っている。
シルク生地を初めて見た王妃殿下と王宮のデザイナーたちは、大いに湧き上がった。
王妃殿下は、すぐに購入を決めていた。
どこでかは分からないが話を聞きつけた貴族たちも買おうとしたようだが、購入できるのは明日からになっている。
ルチルより先にお披露目されたら困るからだ。
購入先は、もちろんアヴェートワ商会。
ルクセンシモン公爵家は親族に商会を営んでいる者がいないらしく、サヌールヴォ子爵が「お任せできるなら是非お願いしたい」と言っていると、アヴェートワ公爵家に話がきたのだ。
アヴェートワ公爵家は、サヌールヴォ子爵家と取り引きすることを快く承諾した。
用意が終わり、カーネがアズラ王太子殿下を呼びに行った。
続き扉から入ってきたアズラ王太子殿下はシンプルな礼服を着ていて、アズラ王太子殿下自身の素材の良さが際立っている。
「……女神みたいだ」
ボソッと呟かれたアズラ王太子殿下の言葉に、周りが頷いている。
アズラ王太子殿下はチャロから青い百合の花束を受け取り、ルチルの前で跪いた。
「ルチル、絶対に幸せにする。だから、18歳になったら僕と結婚してほしい」
「はい。喜んで」
アズラ様を恋愛として好きだとは言えない。
だけど、アズラ様があたしといることで幸せだというのなら、全身全霊をかけて推しを幸せにしてみせる。
結婚までに、もしくは結婚した後でも、アズラ様のルチルバカが治るようなら潔く身を引こう。
それが、アズラ様にとっての幸せだろうから。
青い百合の花束を受け取り、アズラ王太子殿下の手を取ると、アズラ王太子殿下が立ち上がった。
微笑み合い、手を取り合って、馬車へ移動する。
青い百合の花束は、ブーケ代わりに持つのだ。
この世界に結婚式でブーケを持つという定番がなく、これもルチルの提案で、婚約式でも結婚式でも花束を持とうということになった。
王妃殿下も母も、結婚式で持ちたかったと言っていた。
神殿に向かう馬車は、普通の王族の馬車で、外から中は見えない。
カーテンの隙間から街を覗くと、中が見えていないのにみんな手を振っている。
「おめでとうございます!」という声も聞こえてくる。
神殿の周りにも国民が集まっていて、馬車から降りた時に歓声が上がった。
騎士たちが両脇で敬礼している道をゆっくりと歩き、荘厳な建物の中に入った。
パイプオルガンの綺麗な音が流れている。
神官の前に着き、聖書のありがたい言葉を長々と聞き、飽きてきた時にやっと誓いの言葉にはいった。
傍聴していた人たちの度肝が抜かれている様が、雰囲気で伝わってくる。
理由は、数日前……
「神殿に誓いたくないなぁ」
婚約式の作法を聞いている時に、アズラ王太子殿下が溢したのだ。
「では、神様と国民全員に誓いましょう」
「神様? 国民?」
「はい。神殿は神様を祀っているんですから、神様に誓えば問題ありませんし、祝ってくれる皆様に誓いを承認してもらう人前式にすればよろしいかと」
「なるほど。誓いを見届けてもらうんだから、父上たちに承認者になってもらうんだね」
「はい。祝ってくれる皆様に、結婚にむけてお互いのために成長することを誓いましょう」
「うん。そうしよう」
という会話から、今回は世界を作った創造主への誓いという言葉を、神官に述べてもらったのだ。
アズラ王太子殿下とルチルは来賓席に向き直し、アズラ王太子殿下が「婚約を見守ってくれる皆様に感謝し、お互い成長したあかつきには結婚をすることを、創造主、そして両陛下と国民全員に誓う」と表明した。
これについては、両陛下にも知らせていなかった。
神殿側には難色を示されたが、神様にも誓うんだからとアズラ王太子殿下が説き伏せた。
新しい試みにどうなるかと心配だったが、大きな拍手が沸き起こり、アズラ王太子殿下とルチルは顔を見合わせてからお辞儀をした。
次に婚約証明書に署名をして、指輪を交換した(指輪は、傍からチャロが豪華なお盆に乗せて持ってきた)。
頬にキスをし合い、もう1度来賓席にお辞儀をしてから、拍手の中歩き出す。
外に出ると国民たちの歓声が沸き起こり、1度立ち止まって手を振る。
壁がない色とりどりの花を飾った豪華な馬車に乗り、王宮目指して回遊をしている間も笑顔で手を振り続けた。
婚約を両陛下と国民全員に誓ったことは、瞬く間に全ての貴族、全ての平民に伝わった。
意図せずアズラ王太子殿下とルチルの仲は、確固たるものだと知らしめられたのだ。
それに加えて、王家に対しての国民の支持率も上がった。
後日その話を聞いた両陛下とアズラ王太子殿下は、心の中で万歳をした。
婚約披露パーティーも大成功に終わった。
婚約披露パーティーの目玉は、春らしい見た目の会場の装飾と、チョコケーキと生クリームを添えたチョコレートチーズケーキ。
スイーツの机の人の群がり方が異常だった。
挨拶の時に、ルチルのドレスに目を光らせる奥様方とお嬢様方には、サヌールヴォ子爵家の生地でアヴェートワ商会で購入できることの宣伝を忘れずにした。
大盛況のパーティーの最中でも睨んでくるナギュー公爵夫人とシトリン公爵令嬢には、感心したものだ。
シトリン公爵令嬢は、アズラ王太子殿下にダンスの申し込みもしていた。
「ルチル以外と踊る気はない」ときっぱり断られても、何度も申し込んでいる姿に少し恐怖を感じた。
夕食時には今日の神殿での誓いの話で盛り上がった後、王妃殿下から「シルクのドレスも流行るけど、シンプルな指輪も流行るみたいよ」と教えてもらった。
そして、流行りを作れることは、社交界を掌握できる道でもあると言われた。
社交界を掌握したい訳ではないが、突っかかってこられるのは面倒なので、今後も流行りを作れる人間でありたいと思った。
夕食が終わり、家族と別れてアズラ王太子殿下と自室に戻る。
それぞれ湯浴みが終わったら、お互い疲れていたのでお茶もせずに、昨日と同じようにアズラ王太子殿下のベッドでぐっすりと眠った。
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