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湯浴みを終わらせ、夕食用のワンピースに着替える。
髪の毛は、もう下ろしたままにしてもらった。
夕食の時間前だが続き扉をノックして、チャロの出迎えでアズラ王太子殿下の部屋に入った。
「そろそろ僕から行こうかと思ってたんだ。ルチルから来てくれて嬉しい」
そうだろ、そうだろ。
ルチルバカのアズラ様の思考を考えると、夕食時間以外も一緒にいたいと思うはず。
予想的中!
ソファに横並びで座り、冷たいアップルティーを淹れてもらった。
「さっきオニキスが来て教えてくれたんだけど、チョコレート大人気だったって。あっという間に無くなったらしいよ」
「そうなのですか!? 食べきれないほど用意していると聞いていましたのに」
「みんな1粒食べたら止まらなくなっていたって。オニキスは無くなる前にって、お皿に大量に取ってゆっくり食べていたら、周りから物凄く見られたらしいよ。誰にも渡さないように隠して食べたって言ってたよ」
「オニキス様らしいですね」
クスクスと笑い合う。
「だから、教えてあげたんだ。明日はもっと凄いものが出るよって」
あらあら、ちょっと意地の悪い顔。
自分がパーティー中食べられなかったのに、いっぱい食べた自慢をされたことの意趣返しね。
「明日も大量に用意する予定ですが、今日チョコの美味しさを知った人たちの争奪戦になるかもしれませんね」
「なるかもね。僕たちへの挨拶に来てくれないかも」
「でしたら嬉しいですね。私たちも争奪戦に参加いたしましょう」
またクスクス笑い合い、そういえば聞きたいことがあったんだとルチルは思い出した。
「アズラ様、おうかがいしたいことが」
「なに?」
「パーティーが始まる前に、他国の王族の方々に注意をと仰ってましたでしょう。でも、挨拶で見た方々に王族の人は少なかったので、どうしてそのような注意をと思っていたんです」
他国からは国を代表して、王族もしくは王族に近しい人が1人か2人と、貴族の人たちが数人、使役団として来ているだけだった。
「始まる前にも言ったよ。ルチルが可愛すぎるからだって」
「あれ、本気だったんですか?」
「本気も本気だよ。明日で名実ともに僕の婚約者だけど、横から掻っ攫おうっていう王族や貴族が出てきてもおかしくないからね」
「そんなことありませんから、心配いりませんよ」
「本当にルチルは自分のことを分かっていないんだから」
吊り目のあたしより、可愛い子や綺麗な人は他にたくさんいるからね。
ルチルバカが伝染病じゃない限り心配いらないよ。
「それと、もう1つ。ポナタジネット国の方から睨まれたような気がしたのですが、仲が悪いのですか?」
「仲が悪いっていうより、縁談を断ったからじゃないかな」
ええ!? 王族同士の縁談って断れるの!?
「それは断ってよかったものなのですか?」
あ、怒っちゃった……
推しを怒らせてしまいました……ファン失格です……
「僕は、ルチル以外と結婚する気ないよ」
「いえ、あの、国同士の国際問題になりそうな気がしたので、ちょっと驚いただけといいますか……私のせいで国同士の仲が悪くなるのは、気が重いといいますか……」
「大丈夫だよ。ポナタジネット国との仲は良くも悪くもないし、政略的な意味はない申し込みだったから。ただ僕の顔が好きだっていう理由だけの申し込みだったんだよ」
分かる!
アズラ様は天使だもの! 癒されるもの!
でも、ここは機嫌を直してもらうために……
「そうだったんですね。確かにアズラ様はカッコいいですが、中身も紳士で優しくて、話していて楽しいお方ですのに」
ふふ、真っ赤になっちゃった。
可愛いなぁ。
「ルチルが、そう思ってくれているだけでいいよ。ありがとう」
夕食の時間になり、今日はアズラ王太子殿下の部屋に用意してくれるということで、このまま食事になった。
明日の婚約式の最終確認をしながら夕食を食べ終わり、そのまま就寝まで雑談をした。
「お嬢様、そろそろ就寝時間でございます」
「あ、そうね。お暇しませんとね」
カーネからアズラ王太子殿下に視線を戻すと、アズラ王太子殿下は瞳を落ち着きなく動かしている。
頬もほんのり赤い。
「あのさ、ルチル。相談というか、お願いなんだけど……あの、あのね……一緒に寝たいんだ。ダメかな?」
ん? 一緒に寝たい?
ええ!? あたしこそ、寝顔を拝めるというご褒美をもらってもいいの!?
「もちろん問題ありませんわ。一緒に寝ましょう」
「ほんと!? よかったー」
ルンルンの笑顔いただきました。カメラ欲しいな。
「就寝の準備をしましたら戻ってまいります」と言い、ルチルは自室に戻った。
湯浴みは明日の朝するので、タオルで軽く体を拭き、パジャマに着替える。
「とても可愛らしいです、お嬢様」
「ありがとう。カーネもゆっくり休んでね」
「ありがとうございます。失礼させていただきます」
部屋から出て行くカーネを見送って、気合いを入れて続き扉の前にきた。
前世を通してもこんなパジャマを着るのは初めてで、少し緊張する。
ドキドキしながらドアをノックした。
アズラ王太子殿下がドアを開けてくれたのだが、ルチルの姿を見て微動だにしなくなった。
チャロも、もう下がっているようだ。
「アズラ様? おーい、アズラさまー?」
アズラ王太子殿下の目の前で手を振ると、大きく揺れたアズラ王太子殿下に振っていた手を掴まれた。
「ルチル、そんな姿見せては駄目だよ」
「可愛くないですか? アンバー様が王都で流行っているって教えてくれたんです」
「可愛いよ! とんでもなく可愛い! だからこそ駄目なんだよ!」
「でも、アズラ様にしか見せませんよ」
ルチルが着ているパジャマは、猫の着ぐるみに近いパジャマだ。
ちゃんとフードを被っている。
羊が1番可愛いと思ったが、吊り目だから猫がいいよねぇと猫にしたのだ。
一緒に買いに行ったアンバー公爵令嬢のお墨付きである。
長い尻尾を持って、えいっとアズラ王太子殿下を叩いてみた。
アズラ王太子殿下は、その場でしゃがみ込み、両手で顔を隠している。
ルチルもしゃがんで、アズラ王太子殿下の顔を覗き込んだ。
「着替えましょうか?」
「ううん……それでいい……可愛すぎて心臓破裂しそうなだけ……」
「喜んでもらえたようで嬉しいです」
「僕のためだったの?」
「はい」
「ありがとう」
アズラ王太子殿下の照れたように微笑む姿に、ルチルの顔にも熱が集まる。
立ち上がり、アズラ王太子殿下に手を繋がれてベッドまで行く。
横に並んで寝転ぶと、また手を重ねられた。
「繋いだままでいい?」
「はい。おやすみなさい、アズラ様」
「うん、おやすみ。ルチル」
疲れていたこともあり、緊張することなく眠りに落ちていった。
作中に《ダメ》と《駄目》がありますが、わざとカタカナと漢字の両方を使っています。
漢字にし忘れの誤字ではありませんというご報告です。