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年が明け4月1日。
トゥルール王国は、朝から国の至る所で賑わいをみせていた。
今日は、アズラ王子殿下の立太子の式典の日だ。
ルチルも式典に参加するため、朝早く起き、用意をしていた。
午前中に式典をし、午後からアズラ王子殿下を含めた子供も参加できるパーティー。
夜は大人だけのパーティーとなっている。
ノックが聞こえ、カーネがドアを開けると、弟がひょっこっと顔を出した。
「おねーさま、そろそろ出発するそうです」
「呼びに来てくれたのね。ありがとう、ミソカ」
鏡台の前の椅子から立ち上がり、弟に近づく。
弟は、両手を口元に当てて感嘆の声を上げた。
「おねーさま! キレイです!」
「ありがとう。ミソカはとっても可愛いわよ」
式典に参加するドレスは、淡い緑のチューリップの花が何枚にも重なったようなスカートのドレス。
午後からのパーティーのドレスは、アズラ王子殿下の礼服と色を合わせている。
水色に赤の刺繍が目立つ衣装になっている。
王宮内にできたルチルの部屋で着替える予定だ。
指輪は、既にはめていることがバレないように手袋をしている。
ちなみに、ルチルの部屋はアズラ王子殿下の隣の部屋になる。
もちろん部屋から部屋に移動できる続き扉もある。
初めて案内された時ルチルは「本の中の世界!」と喫驚し、鯉のように口をパクパクさせて、アズラ王子殿下を笑わせた。
弟と手を繋いで玄関ホールに行くと、父と母が待っていた。
祖父と祖母は参加しないが、転移陣まで見送りに来てくれた。
王宮に着くと、いつもはあるアズラ王子殿下の出迎えはなく、今日は朝から慌ただしいことが窺える。
ルチルに会う隙間時間を作れないほど、式典の支度に追われているということだ。
絶対に失敗できない立太子の式典だということは、会場に向かう道すがらでも肌で感じるほどだった。
王宮内には忙しない雰囲気が漂よい、独特の緊張感に包まれている。
「ルチル、ミソカ。離れないようにな」
「はい」
「ミソカは、ルチルの手を離しては駄目よ」
「はい、おかーさま」
式典をする会場は2階席まであり、1階は真ん中の通路に赤い絨毯が敷いてある。
その赤い絨毯を挟んで向かい合うように国内貴族が座り、2階席には他国からの貴賓が招かれている。
アヴェートワ公爵家は、ルチルが婚約者ということもあり上座に座ることになる。
続いて、ナギュー公爵家、スミュロン公爵家、ルクセンシモン公爵家となる。
ルチルは、近くに座っているフロー公爵令息に会釈した。
「ルチル嬢、本日もお綺麗ですね」
「ありがとうございます。フロー様もとても良くお似合いです」
「殿下に聞かれたら、今すぐ着替えて来いって言われそうですね」
笑いながら言ってるから冗談なんだろうけど、本当にありそうで怖いわ。
他の男性を褒める時は気をつけよう。
弟が興味深そうにフロー公爵令息を見ているので、弟の挨拶の練習も兼ねて紹介した。
一生懸命挨拶している弟が可愛くて、ルチルは心の中で悶えている。
「私も兄じゃなくて弟が欲しかったなぁ」
「そういえば、お兄様はどちらに?」
「兄は今婚約者を迎えに行っておりまして、席には開始時間ギリギリに戻ってくる予定なんです。午後のパーティーで挨拶させていただきたく思います」
「そうなのですね。午後のパーティーでお会いできることを楽しみにしておりますわ」
新年祭でも会えなかったのよね。
両陛下と一緒に受ける挨拶の時に顔は見るけど、フロー様のお兄様だし、ちゃんと挨拶しとくべきよね。
「ルチル嬢、なんだかさっきから物凄く視線を感じませんか?」
「いつものことです。気にしていたら負けですわ」
そう、ナギュー公爵夫人とシトリン公爵令嬢からの刺すような視線と、他の貴族からも似たような視線。
それとは別に、アンバー公爵令嬢のお話したいよーっていう視線と同じように、いつ近づこうか様子を窺っている視線。
周りからの視線で焼け焦げそうだわ。
父から声をかけられ、指定された椅子に腰を下ろした。
父と母は1列目、父の後ろにルチル、母の後ろには弟が座り、ルチルの横に警備の定位置なのか騎士が立った。
開始ギリギリに弟ミソカの隣に、フロー公爵令息の兄が腰掛けたを横目で見ていた。
ラッパの音が鳴り響き、陛下と王妃殿下が入場してきた。
威厳ある姿に、会場には静寂がおとずれる。
陛下と王妃殿下が数段上がった場所に到着し、陛下から言葉が紡ぎ出される。
国の安寧と繁栄を願う気持ち、これからの先の未来を夢見る想い、それを託す相手の話。
陛下からの挨拶が終わり、楽団による音楽が鳴り響く中、アズラ王子殿下がドアの前に現れた。
ルチルもドアの方を確認するが、遠くてまだボヤけて見える。
アズラ王子殿下との距離が狭くなるにつれて、黄色い声も波のように近づいてくる。
アイドルが空港とかに到着した時って、こんな感じなのかな?
なんて、場違いなことを思っていたルチルだったが、アズラ王子殿下の姿がはっきりと見えた時、息の仕方を忘れた。
いつも下ろしている前髪を半分だけ上げているアズラ王子殿下は、天使じゃなくて大天使に見えたのだ。
可愛い of 綺麗なのだ。優勝なのだ。
アズラ王子殿下がルチルに気づき、微笑んできた。
心臓ブチ破られました……あの子、あたしの推しです……
どこで課金できますか?
遠い昔過ぎて忘れていたが、前世結婚する前はアニメやゲームオタクでグッズは買い揃えていた。
オタクだったから娘や孫についてアイドルのコンサートに行くことも、アイドルを推すことも抵抗がなかった。
そのことを鮮明に思い出し「アズラ様を幸せにするために、あたしはこの世界に生まれ変わったんだ。アズラ様を幸せにすることが使命なんだ」と天命を受けたような心地だった。
「だから、今までそういう言動が多かったし、あの可愛い顔に弱かったのね」と納得もした。
アズラ王子殿下が、階段を登り陛下の前で跪く。
アズラ王子殿下が頭を下げると、陛下が祝辞を述べ、アズラ王子殿下の頭に王冠をのせた。
大きな拍手が起こる中、アズラ王太子殿下は立ち上がった。
陛下の斜め前に立つと拍手が止み、アズラ王太子殿下は周りを見渡しながら抱負を告げた。
割れんばかりの拍手が会場に響き、アズラ王太子殿下が来た道を戻っていく。
陛下と王妃殿下が上手側の通路から下がり、式典は終わった。
アズラ王太子殿下と両陛下は、王宮の広場に集まった国民に向けて、バルコニーから手を振るという行事が残っている。
ルチルの着替えがあるため、アヴェートワ公爵家の面々は周りの人たちと挨拶もせず、王宮にあるルチルの部屋に向かった。
父はルチルの部屋の前で近衛騎士たちにルチルを預けると、母と弟と共にパーティーが始まるまでの控え室に行ってしまった。