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祖父母が手を繋ぎ、魔法陣の真ん中に立った。
足元の魔法陣が赤く光り、地面から放たれる円柱の赤い光に包まれたと思ったら、すでに目の前は桜並木ではなく薔薇が咲き誇っていた。
「しゅごい! しゅごいでしゅ!!」
一瞬! 本当に一瞬で移動した!
本当に魔法があるんだ!
興奮して、何度も手叩いちゃったよ。
お祖父様のドヤ顔も素敵だわ。
薔薇園をぬけると、1本の立派な桜の木があった。
桜の木の周りには池があり、池の前にはガゼボがある。
「きれーでしゅ!」
個人的には桜並木より、こういう1本だけの桜の方が好きなんだよね。
池にも桜が映ってて、本当に素敵。
祖父母は、こんなにもはしゃぐルチルを見るのは初めてで、驚きながらも嬉しそうに微笑んでいた。
「ルチルが気に入ってくれてよかった」
ガゼボで少し桜を見るかという話になった時、後ろから声をかけられた。
「タンザ様、モリオン様、おかえりなさいませ」
振り向くと、燕尾服を纏ったスマートな男性が頭を下げている。
「ああ、サーぺ。今戻ったぞ」
顔を上げたサーぺを見て、ルチルの瞳が輝いた。
イケオジ! ここにもイケオジがいた!
若葉色の髪をオールバックにして、松葉色の艶やかな瞳を細めている。
途端に祖父がサーペに向かって、向こうに行けという風に手を振った。
そんな祖父に、祖母は声を潜め肩を揺らしながら笑っている。
「お嬢様に挨拶させてください」
「いい、いい。どっか行け」
子供の特権! 抱っこして! というように両手を広げてサーぺの方に伸ばしたけど、祖父によって両手は祖父の首に回された。
祖母とサーぺは小さく笑っている。
お祖父様ったらヤキモチ妬かなくても、お祖父様が1番好みど真ん中だよ。
祖父の頬にチュッと口付けすると、デロデロに溶けた顔で頬に口付けを返された。
祖母が私にもとルチルに頬を差し出してきたので、祖母にもチュッと口付けすると、祖母も返してくれる。
「ルチルお嬢様の将来が末恐ろしいですね」
ん? そんな驚くことかな?
小さい子供って、やたらとチュッチュッしない?
後日談になるが、祖父のいない場所でサーぺに挨拶され抱っこしてもらったことは、ルチルとサーぺの秘密になる。
サーペに案内されて、本邸にたどり着いた。
きっと凄いんでしょ! と覚悟していた以上の凄さに、石像のように硬直してしまう。
お城……これは家とはいわない……お城という……
近くで掃除をしていた数人の侍女に出迎えられ、そのままサロンに通された。
サロンで昼食を食べてから、領地を見て回ることになったのだ。
3年振りの祖父母の帰還に、料理長が嬉しさのあまり泣きながら料理を作ってくれたらしい。
食にうるさいアヴェートワ公爵家。
料理人も当主家族同様、食にうるさい人が雇われている。
そして、今の料理長は、人に料理を振る舞うのが大好きとのこと。
惜しみなく材料を使えるアヴェートワ公爵家は神領域らしいのだが、当主一家がいないのに惜しみなく使うのは憚かられたそうだ。
ごめんなさい……
あたしが生まれてから、領地に戻っていなかったんだね……
一瞬なのにね……
ルチルがフルーツが好きということも料理長に伝えられていたので、食後にはちゃんとフルーツも出てきた。
昼食後、祖父と領地を探索している。
祖母は本邸……いや、お城でのんびり過ごすそうだ。
ルチルは、この世界で生まれてから1番というはしゃぎようだ。
魔法陣で移動した時、庭の桜を見た時、そして今……祖父の片腕が腰に回っている状態で、祖父に抱えられるように馬に乗って胸を躍らせている。
領地の主要都市に行くのかな? と思っていたが、祖父に連れられて来たのは農村だった。
果物の木やビニールハウス、畑のバックには山という自然豊かな中を馬で歩くという贅沢を初めて体験して、ずっと浮かれている。
時々、祖父は馬を止めて領民と話している。といっても主にルチルを自慢しているだけだ。
ご近所付き合いは大切だと身に刻んでいるルチルは、領民と会ったら微笑むようにしている。
領民からは「女神……」という呟きが必ずといっていいほど聞こえてきて、その度に祖父がドヤ顔を披露していた。
「おじーちゃま、フルーツいっぱいでしゅね」
「そうだよ、ルチル。アヴェートワ領は、この国で唯一お酒を作っている領地なんだ。このフルーツたちはお酒の原料でね。余った分はそのまま食べたり、ドライフルーツにしているんだよ」
なるほど。ワインやリキュールになっているのね。
それにしても、この国唯一のお酒の産地だなんて……お金ガッポガッポ……いや、もうお金のことを考えるのはやめよう。
お金持ちなんだなぁってくらいに思っておこう。
「今日は行けないけど、お米と麦でもお酒を作っているんだよ」
日本酒にビールね。
手広いというか、想像以上に領地広いんだろうなぁ……お金持ちすごいなぁ……
「どうちておしゃけなんでしゅか?」
「んー、どうしてかぁ……」
だって、食にうるさいアヴェートワ公爵家ならお酒にこだわらず、山だってあるからお肉でもいい。
お祖母様に「海があるわよ」って聞いたからお魚でもいいし、こんなに広い土地があるなら野菜だっていい。
「ルチルは、この国の成り立ちを知っているかな?」
「あい。ききまちた」
いい子だと、頭を撫でられる。
「これは私の想像だが、邪竜を倒す時にアルコールが必要だったんじゃないかと」
「アルコールでしゅか?」
「ああ、傷を治すにはアルコールが必要だろ。初代スミュロンがどれだけの魔法量を有していたかは分からないが、全ての人間に光の魔法を使えたとは思えないからな。アルコールは必要になるだろう」
なるほど。仲間のためにお酒を作っていたと。
「それに、アヴェートワ領にはドワーフもいるからな。彼らにお願いするためのお酒だったのかもしれないな」
ドワーフ!? 会ってみたい!
あたし、本当に異世界に来たんだなぁ。
タウンハウスにいる時は家から出なかったから、中世ヨーロッパに転生したんだと思ってもおかしくなかったし。
「後は、お酒は昔から価値が高かったから、他の食べ物との交換にも役立っただろうし。
と色々言ったが、本当のところは、初代アヴェートワがただ単にお酒を好きだったんじゃないかな」
祖父は、最後おかしそうに笑いながら語ってくれた。
暫く馬を歩かせると、牧草地が見えてきた。
のびのびしている牛や鶏に、また瞳を輝かせる。
こ、これは、搾りたての牛乳が飲めて、採れたての卵を食べられるんじゃない!?
毎朝の牛乳美味しいと思ってたけど、きっとそれ以上に美味しいよね!
「おじーちゃま、うちしゃんでしゅ!」
「そうだな、牛さんだな。ルチルの朝の牛乳は、ここで搾った採れたてなんだよ」
なんと……既に搾りたて飲んでたか……
転移陣で毎朝運んでたのね……美味しいはずだわ……
というか、凄すぎない?
「今日は、ここまでにしよう」と、馬を軽く走らせて本邸に戻った。
祖母とサーぺに出迎えられ、夕食までの間はサロンでお茶を飲んだ。
祖父には「夕食後、タウンハウスに戻ろうか」と言われたが、「ここが気に入って帰りたくない」と伝えると、笑顔で頷いてくれた。
いくら転移陣で一瞬だったとしても、王宮とは物理的に離れていたかったのだ。
驚くことに、本邸にはルチルの洋服類が一式揃っていたので困ることはなかった。
侍女に聞くと、サーぺが用意したそうだ。
何者なんだろうか? と、疑ったのは仕方がないことだ。




