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アズラ王子殿下がアヴェートワ前公爵たちと一緒に王宮に戻ると、先に王宮に帰していた近衛騎士たちが出迎えてくれた。
先に帰した近衛騎士たちには、陛下と王妃殿下に謁見の申し込みをしてもらっていた。
1時間後に謁見できるということで、応接室でお茶をしながら待つことになった。
部屋には、アヴェートワ前公爵と公爵、アズラ王子殿下にチャロの4人のみ。
近衛騎士たちは部屋の前で警護をしている。
「殿下は、古の魔女の話をご存知ですかな?」
「申し訳ない……初めて聞いたよ。アヴェートワ前公爵、古の魔女とはどんな物語なのかな?」
「物語というほどのものではなく、ただの噂話なのですが……神殿の創立者が『古の魔女』と呼ばれているそうなんです」
「神殿の創立者? 神殿は確かトゥルール王国の建国時に創立されて、創立者はラピス・トゥルールの妹シャーマ・トゥルールだと記憶しているけど」
「はい。シャーマ・トゥルールが古の魔女と噂されているのです。神殿の創立者と言われていますが、実際は邪竜との戦いで孤児になった子供たちを集めて生活していたというもの。神殿が今も孤児院を併設している理由でもあります。全くいつから神様を祀るようになったのやら……」
「孤児たちと生活していただけなら、なぜ彼女は古の魔女と呼ばれているの?」
「何でもシャーマ・トゥルールは、全ての属性魔法が使えたそうなんです」
「でも、彼女は邪竜との戦いに参戦していないよね? そんな記述読んだことないよ」
「はい。ですので、あくまで噂なのです。全属性魔法が使える彼女の最後の時が語られていないこと。過去数人の光の魔法の使い手が、王宮でも神殿でもなく消えたようにいなくなったこと。それらのことからシャーマ・トゥルールが生きていて、光の魔法の使い手を殺しているのではないかと、噂されているんです」
「殺している? 何のために?」
「一説にはシャーマ・トゥルールが延命するために、光の魔法の使い手の心臓が必要なのではないかと言われています。平和な話だと、光の魔法の使い手を匿っているという話もあります」
「噂だから話が何通りもあるんだね。でも、噂になる何かが昔にあった……ということかな」
「どうでしょうね。王宮も神殿も嫌がった光の魔法の使い手を逃すために、誰かが作ったのかもしれませんしね」
「でも、アヴェートワ前公爵は、僕たちが会ったお婆さんが、古の魔女シャーマ・トゥルールじゃないかと思っているんだよね?」
「殿下の話を聞いて、古の魔女を思い出しただけですよ。たぶんシャーマ・トゥルールが魔法陣を研究していたという手記を、最近たまたま読んだからでしょうね」
「シャーマ・トゥルールの手記? そんな物が残っているの?」
「本物かどうかは分かりませんが、保護魔法がかけられた状態で残っています。うちで雇っている魔導士の1人が持っていたんです」
「その魔導士は、どこで手に入れたの?」
「大昔から家にある家宝だと言っていました。それ以外は知らないそうです」
アズラ王子殿下は何か考えだしそうだったが、考えるのは後だと思考を追い払った。
「シャーマ・トゥルールなんて、大昔もいいところだからね。分からなくて当たり前だよね。
シャーマ・トゥルールが古の魔女かどうかはおいといて、僕たちが会ったお婆さんが古の魔女と仮定するなら、誰かを殺しそうではないかな。変な人ではあったけど、優しそうなお婆さんだったよ」
「ルチルが言うと説得力はないですが、殿下がそう言うならそうなんでしょうな」
「ありがとう。人を見る目は何よりも養うようにしているからね。アヴェートワ前公爵にそう言ってもらえると嬉しいよ。だから、公爵。僕が即位したら宰相してね」
アヴェートワ公爵は、アズラ王子殿下の満面の笑みに眉間に皺を寄せている。
「お断りします。第一、殿下が本当に宰相を任せたい人物がいるでしょう」
「そうだけど。彼には補佐官から勉強してほしいんだよね。でも、ナギュー公爵の下にはつけたくないんだ」
「ナギュー公爵は、娘が絡まなければ優秀な人ですよ」
「うーん……まぁ、僕が即位するまで20〜30年はあるだろうから、それまでに考えておいてね」
「今、きっぱりとお断りします」
アズラ王子殿下が苦笑いしながらお茶を飲んだ時、ドアがノックされた。
内々で話をしたいと伝えてもらったからか、陛下と王妃殿下の2人だけが応接室に入ってくる。
3人は立ち上がり、頭を下げて待つ。
陛下と王妃殿下がソファに到着し、前置きを抜いて、今日の出来事をアズラ王子殿下が説明した。