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カウンターの敷物の上に置かれた指輪は、シルバー色で蔦のような模様が描かれているシンプルな指輪だった。
「可愛い」
「そうじゃろ、そうじゃろ」
「アズラ様、この指輪はダメですか?」
「僕は、ルチルが気に入ったものなら何でもいいよ」
そう言うと思ってたよ。
今までのお店でも、全部その答えだったもの。
「では、この指輪にしましょう。シンプルなのでどんな衣装にも合いますし、宝石がない分どっかに引っかかったりしませんしね」
「だから宝石店では渋い顔をしてたんだね」
どの指輪にも頷かなかった理由が分かったからか、アズラ王子殿下は可笑しそう笑っている。
「あれ? お婆さん、この指輪は魔道具ではないんですか?」
「どうしてじゃ?」
「魔石付いてないですし、魔法陣も見当たりませんから」
「お主らは魔力を持ってるじゃろ。それに魔法陣は、今から付与するからのう」
「今から?」
お婆さんは、さっきと同じようにケラケラ笑っている。
「この店を見つけたのは嬢ちゃんじゃったな。嬢ちゃんが希望する魔法陣を付与してやるからのう。何がいいんじゃ?」
「何でもいいのでしたら……」
アズラ王子殿下をじっと見つめていると、首を傾げられた。
微笑んでから、お婆さんに向き直す。
「毒消しに物理や魔法攻撃無しは可能でしょうか?」
まぁ、無理だって分かってるけどね。
剣や防具に施されている魔法陣は、身体や魔力の強化魔法だって本に書いてあったもの。
「3つでいいのかのう?」
「へ? 3つでって! 3つもですよ! 毒消しに物理も魔法も効かないようにですよ!」
「そうじゃなぁ、効かないというのは無理じゃが……」
そうだよね。
もうお婆さんたら、お茶目さんなんだから。
「……死ななければ、回復の魔法陣で問題あるまい」
ん? んん?
おかしいな。何か聞こえた気がする。
「回復の魔法陣を付与するからのう。毒を飲んだり、怪我したりしたら、死ぬ前に回復するんじゃぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「なんじゃ? まだ何か付与してほしいのか?」
「そ、そうじゃなくて……」
ルチルは唾を飲み込んで、真剣にお婆さんを見た。
「回復の魔法陣ってあるんですか?」
「あるぞ」
「たくさん本を読みましたが見たことありません」
「うん、僕も一通り習っているはずなんだけど、見たことも聞いたこともないな」
うん? アズラ様、もう既に一通り習ってるんですか?
頭の中、どうなってるんですか?
「わしのオリジナルじゃからのう。信じられんなら、やめとくか?」
やめる?
まさか。
本当か嘘かなんて、どっちでもいい。
だって、普通の指輪なら魔法陣なんて無いんだから。
本当ならラッキー! 嘘ならただの指輪!
それでいい。
「いいえ。ぜひお願いいたします」
またケラケラと笑ったお婆さんが、杖で指輪を叩いた。
指輪が紫色に淡く光り、ゆっくりと紫色の光が消えていく。
「ほれ、できたぞ」
ルチルが指輪を手に取って見てみたが、どこにも魔法陣は描かれていない。
「どこに魔法陣があるんですか?」
「内側にあるぞ」
内側を見ると、1箇所だけ針で刺したような点がある。
「まさか……この点に見える……」
「そうじゃ。門外不出の魔法陣じゃからのう。複製されると困るんじゃ」
「あの、質問があるんだけど」
同じように指輪の内側を見ていたアズラ王子殿下が、遠慮がちに声を出した。
「なんじゃ?」
「魔力を流せば、永久に使えるってこと?」
「そうじゃ。この指輪は、お主らだけ永久に使えるようにしておる」
「私たちだけですか?」
「誰にでも使えたら大変じゃからのう。指輪を巡って戦争になりかねん」
お婆さんはサラッと言ったけど、考えればそうだ。
こんな国宝級の指輪。誰だって欲しいに決まってる。
「どうやって僕たちだけということができるの?」
「魔法陣じゃよ。魔法陣に、そなたらの名前を入れておいたんじゃ」
「え? 私たち、名乗ってませんよね?」
「そうじゃったか? まぁ、よい。気にするでない」
気になるわー!
「忘れるでないぞ。心臓が止まる前に、魔力を流して回復するんじゃぞ。
それにのう、怪我の重さによって必要な魔力が変わるからの。それも気をつけるんじゃぞ」
気にしてても仕方がない。
不思議なお婆さんだったってことよ。
気に入った指輪が手に入ったんだもの。
それだけでもよかったわ。
「分かりました。お婆さん、ありがとうございます」
「嬢ちゃんはイイ性格しておるのう。楽しいから特別に、もう少し付与してやろうのう」
イイ性格? なんで? どうしてそうなった?
「ほれ、2人とも指輪を戻すんじゃ」
アズラ王子殿下と顔を見合わせてから、指輪を敷物の上に戻した。
お婆さんが、また杖で指輪を軽く叩いた。
先程と同じように紫色に淡く光り、そして光がゆっくりと消えていく。
「嬢ちゃんのいる所が大体じゃが、坊主に分かるようになったぞ」
「え? いやいやいやいやいやいや」
お婆さん、笑ってる場合じゃないからね。
プライバシーの問題だからね。
「ありがとうございます!」
いやいや、アズラ様。
ありがとうございますじゃないからね。
「後は、2つ共に強姦されないようにしといたからのう」
「「え?」」
「坊主は特に気を付けた方がいいぞ。媚薬は毒ではないからのう。打ち消すことができんからのう。覚えておくんじゃぞ」
「え? あの、僕、え?」
うん、気が動転するよね。
あたしも、めちゃくちゃ動揺してる。
「そろそろ、もうよいか?久しぶりの接客で疲れたのう」
「待ってください、お婆さん。お店にあるアクセサリー類欲しいんです」
「駄目じゃ」
「え? 駄目なんですか?」
「売り物はこの2点のみじゃ」
そうか……そうなのか……
本当だったらこんなにもラッキーなことはないから、家族の分も買いたかったのに……
「でもまぁ、9つあるみたいだしのう。後7点なら大サービスで売ってやろうのう」
「本当ですか!? ありがとうございます! お婆さん、大好き!」
「よいよい。お代はちゃんといただくからのう。残り7点は何にするんじゃ?」
うーん、常に身につけていられる物がいいよねぇ。
だとすれば、指輪かブレスレットかピアス。
イヤリングは、外れるかもしれないから却下。
ブレスレットは、服装を選ぶかもしれないからなぁ。
そもそもピアスは誰も開いてないし。
となると……
「全部、指輪でお願いします」
「そうじゃなぁ、こんな指輪はどうじゃ?」
またローブから7点指輪を出され、手の平から敷物の上に置かれる。
2点は麻の葉模様、2点は七宝模様、2点は三崩し模様、残り1点は工事繋ぎ模様だった。
蔦模様もだが、よくもまぁ細い指輪に綺麗に彫られているもんだ。
「物凄くいいです。お婆さん、天才ですね」
「そうじゃろ、そうじゃろ。魔法陣の付与は同じでよいのか?」
「はい。同じでお願いします」
お婆さんが、杖で全ての指輪を叩いた。
先程と同じ光景が、また繰り返される。
「完成したぞ」
「ありがとうございます! とても嬉しいです!」
「もうよいな。わしは疲れたわい」
「本当にありがとうございました。おいくらですか?」
「もう貰っておるぞ」
「え?」
お婆さんの手には、帰り道にアズラ王子殿下に渡す予定だったチョコレートを入れた箱が持たれている。
「え?」
カーネが勢いよく鞄の中を見るが、入れていたはずの箱がない。
全員の思考回路が停止している間に、お婆さんは箱を開けて1粒食べている。
「おお! こんなにも美味しい物、初めて食べたのう。
ルチルや。また何かあったら、いつでも来るがよい。もちろんチョコレートを持ってのう」
お婆さんに声をかけようとしたが、その時にはもうお婆さんはいなかった。
お婆さんがいなかったというより、ルチルたちがお店にいなかった。
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