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アンバー卿への説明でヘロヘロになったルチルだが、キルシュブリューテ領に滞在できる時間は限られているので休憩を取らず、ケープとオニキス卿と共に、何でも屋のヴァイトを匿っている建物に移動した。


アヴェートワ商会の従業員用に建てた寮だが、念のためと何棟も建てていた。

そのうちの1棟がまるまる、諜報員たちの根城と化している。

もちろん諜報員たちは、領内で別の仕事を兼用しているので、疑われることはない。


そして今回、ヴァイトが逃げられないようにと、その棟の一室に閉じ込めているそうだ。


ちなみに、アンバー卿には、残りの護衛騎士たちと一緒に、キルシュブリューテ領の騎士団の訓練に混じってもらっている。

護衛騎士をどう引き剥がすか悩んだ結果、訓練が1番怪しまれずに済むという結論に至ったのだ。


ここで、オニキス卿とアンバー卿のどっちがルチルについていくかでモメたが、オニキス卿がルチルの側を離れて、ましてや訓練をするというのが不可思議すぎるということで、いつも通りの配置となっている。


なお、ルチルはキルシュブリューテ領の騎士をつけて、お忍びで領内の視察に出かけていることになっている。


ヴァイトが静かに過ごしているという部屋のドアをケープが開けてくれ、オニキス卿に続いて中に足を踏み入れた。


部屋の中には、ひょろっとした男性が1人、椅子に座った状態でこちらを見ていた。

シャドウブルー色の髪は顔を片側だけ隠していて、片方だけ見えているスモークブルー色の瞳はしっかりとルチルを捉えている。

足は鎖に繋がれていて、鎖の長さはこの部屋内なら歩き回れる程度の長さだ。


ケープはヴァイトに手が届く距離の斜め後ろに立ち、オニキス卿はルチルの斜め前で警戒をしてくれている。


「初めまして、ヴァイト。私がルチル・トゥルールよ」


ルチルの名前にラピスが入らないのは、王族の直系ではないからだ。

ラピスを名乗れるのは王と正妃の子供のみとなり、側妃や愛妾が子供を生んだり、王族が降下した先で子供に恵まれたとしてもラピスを名乗ることは許されていない。


「お待ちしておりました。デュモルが愛してしまった少女、ルチル・アヴェートワ公爵令嬢を」


恭しく微笑まれ、ルチルはにっこりと笑顔を返した。


どう対応しようか考えて、ヴァイトが友好的に接してくるのなら、こちらも親しみを込めようと決めていたのだ。

礼儀正しくする相手に尊大な態度をとって、分かりやすい壁を作る必要はない。

場を和ませて、口を軽くしてもらえたらありがたい。


「そう、はっきりと言われたことがなかったけど、デュモルは私を愛していたのね」


「ええ。あなたのために、祖国であるシャティラール帝国を欺いていましたから」


「……どういうこと?」


デュモルがシャティラール帝国を欺いていたと、この男は言った。


でもデュモルは、ルチルの誘拐にも、ルドドルー領とノルアイユ地区の魔物騒ぎにも関わっていた……はずだ。

それに、神官と繋がっていた……はずだ。


何より、最期の時にアズラ王太子殿下を殺そうとした。

とても味方だったとは思えない。


「デュモルは、先代のアヴェートワ公爵、タンザ・アヴェートワ前公爵に憧れて、この国に来たそうです」


「お祖父様に?」


「はい。小さい頃、魔物に襲われているところを、行商に同行していたアヴェートワ前公爵に救われたそうです。その時の剣技に惚れ、単身でこの国に来たんだそうです。そして、アヴェートワ公爵家の騎士見習いになり、平和に暮らしていました。見習いが取れた時も、部隊長になった時も、デュモルの喜びようは凄まじかったんですよ。認めてもらえたって」


目線を下げ、懐かしむように微笑むヴァイトは、きっとデュモルがトゥルール王国に来た時からの知り合いなのだろう。


「デュモルの運命を変えてしまったのは、あなたが10歳の時です」


10歳……デュモルが護衛騎士になってくれた年ね。


「シャティラール帝国から王太子殿下が賜った魔法が何かを調べに来ていたらしい人物に、デュモルがシャティラール帝国の出身だと気付かれたらしく、その者が接触をしてきたそうです。デュモルはその者に何か弱みを握られていたようで、渋々、何でも屋のボスに就任し、神殿と手を組む役割を担いました」


脅されていて仕方なくって言いたいのね。

でも……だけど……だからって、許されることじゃないのよね。


それに、デュモルは、あたし以外どうなってもいいって感じだった。

それが「愛していたから」ってだけじゃ弱いのよ。

アズラ様……ううん、ラピス・トゥルールを憎んでいただろう理由にならないのよ。


「それからというもの、デュモルが苦悩する日々が始まったのです。ただデュモルは少しすると、この役目が自分でよかったと笑っていました。なぜなら、何が行われるのか事前に把握でき、回避できるからと。アヴェートワ公爵家を守る騎士としては、この上なく僥倖だったと言っていました」


ずっと話し続けているヴァイトの瞳には、今目の前にいるルチルたちではなく、在りし日のデュモルしか映っていないように感じる。


「もうご存知でいらっしゃると思いますが、シャティラール帝国はトゥルール王国を滅ぼしたいのです。そのため、デュモルに色んな指示が届きました。デュモルはシャティラール帝国にバレないだろう事柄は行わず、実行しないと危ないことになりそうな事案だけ進めました。デュモルのおかげで、トゥルール王国はまだ衰退せず、戦争になっていないのです」


ヴァイトは、自身の太ももまで下げた視線を上げ、改めてルチルと真っ直ぐ顔を合わせてきた。


「質問していいかしら?」


「何なりと」


「あなたは、どうして私に真実を話そうと思ったの? 何でも屋が私の周りで起こした数々、あなたが私と会うためにしたことでしょ? どうしてそこまでしようと思ったの?」


やけに協力的なヴァイトを訝しげに感じ、この姿が偽りだった場合のことも頭の隅で考えながら、話を聞いていた。

全てが嘘で、もし今この時までのことがヴァイトに計算されたことだとしたら、ヴァイトの目的の1つにルチルと話すことが含まれていたことになる。


そもそも怪しいと思っていたのだ。

目立つ指輪をしたまま雇用人の前に姿を見せたことも、分かりやすく何でも屋の名前が次から次へと出てきたことも。




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