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「ホーエンブラドという名前を、無くしたいだけですよ」
分かりやすくため息を吐き出されるが、まだデュモルのことは隠しておきたいので、笑顔でとぼける。
トリフェの名前を見てから、ホーエンブラド侯爵家がシャティラール帝国と繋がっていると分かってから、アズラ王太子殿下に話さなければいけないと思っていた。
だけど、それは全部を調べてからだ。
「我が家の汚点を話したくありませんが……妃殿下、何でも屋には我が家の公印を真似た印鑑がありましてな。まぁ、文官になれば目にする機会はあり、そこそこの模造印を作ることは難しくないでしょうな。そのため偽装されないように、我ら四大公爵家が持っている公印は、王家と同じ魔道具でしてな。妃殿下もご存知の通り、魔力を流しながら使うようになっております。これは、当主でしか知り得ない情報ですので、ご内密でお願いします」
へー、そうなんだ。
あれ、すごいよねぇ。
押した後も、押印の方に魔力が残るんだから。
魔力判定できるっていうことにも驚いたよね。
「ですので、私がメクレンジック伯爵を殺害するように依頼をしたというのは、真っ赤な嘘だと証明できるのですが、問題はその印鑑が巧妙に作られていたことです。思い出したくもない我が家の汚点、妃殿下の誘拐を指揮した執事が関わっていると見ております。後、誰かからの指示書が残っておりましてな。そこにはスミュロン公爵家に卸している薬に毒物が混ざること、ルクセンシモン公爵家には壊れやすい武器が届くことが書かれておったんですよ。妃殿下、分かりますかな? これはもう、いち公爵家だけのことではなく、我が国を消そうとしている者がいるということです」
は? は? いや、ちょっと待って!
え? じゃあ、なに?
あたしが目的だったわけじゃなくて、シャティラール帝国はトゥルール王国を滅ぼそうと、気づかれない程度に少しずつ国力を落とさせようとしてたってこと?
あたしが目的なんだって考えたの、ただの自意識過剰の痛い女ってことだよね?
皇子が絡んでいるかもしれないから、最悪の想定になる、戦争を起こさせないように動かないとって思っていたけど……デュモルとトリフェが繋がっていて、そこにシャティラール帝国の思惑があるのならって……何でも屋がデュモルの意思じゃなく、トリフェの意思で動いているのならって……もしもがあるかもしれないから慎重にって……
そこまで考えて、でも、デュモルの最後の言葉とは合わないから、本当に友達なだけなのかもって、頭の中をぐちゃぐちゃにさせてたんだよ……
ただこのことを伝えてしまうと、危険だからとすぐに蚊帳の外にされてしまうのは目に見えている。
安全な場所で守られるあたしには、また最後までデュモルの気持ちを知ることができないままになってしまう。
「宰相、1日待ってください。1日でいいです」
情報が、圧倒的に足りない。
ここまで大事なら、あたしがホーエンブラド侯爵家を潰し、デュモルの考えを知りたいからって個人的で動く範疇を超えてしまっている。
陛下が、国としてどうするのかになってくる。
何でも屋の幹部も引き渡さないといけないだろう。
そうなると、本当に何でも屋の幹部であるヴァイトと話す機会が無くなってしまう。
あたしに何かを言いたくて、ヴァイトはケープの交渉に応じたはずだ。
告げられるだろう言葉を、聞く時間が欲しい。
ナギュー公爵に、盛大に息を吐き出された。
「明日は、四大公爵家会議の日です。妃殿下にはご参加いただき、そこで妃殿下の考えをお話しください。1日待ちますが、妃殿下も何かしらの罪を負いますこと、ご了承くだされ。アヴェートワ公爵家は庇うでしょうが、スミュロン公爵家もルクセンシモン公爵家も今回ばかりは味方にはならないでしょうからな」
「分かりました。リスクは承知で庇いましたので、罰はしかと受けますわ。それと、シトリン様に謝っていてくださいませんか。やることができたので、今日はお会いできませんと」
「はじめからシトリンには話しておりません。ですので、気にされず、やりたいことをしにお帰りください」
なるほどね。転移陣前で待たれていた理由が分かったわ。
この話をしたら、あたしが急いで帰ると思って、あたしが来たことをシトリン様に分からないようにしたかったのね。
あたしがトンボ帰りしたら、シトリン様は何かあったと思って、心配して力になろうとするはず。
傷心中のシトリン様に、気を遣わせたくないものね。
「気を回していただき、ありがとうございます」
「お礼を言われることではありませんよ。明日、有益な情報をご提供いただくためですからな。さすがに『何も分かりません知りません』はやめてくださいな」
とぼけずに全部吐けよってことね。
大丈夫だよ。きちんとデュモルとトリフェのこと話すよ。
「はい。明日の会議では、よろしくお願いいたします」
足早にナギュー公爵家を去り、王宮経由でキルシュブリューテ領に向かったのだった。
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