57 〜 アズラの内心 〜
気持ちよさそうに眠っているルチルの髪の毛を撫でて、ベッドから降りる。
「ふふふ」と何やら楽しそうな夢を見ているルチルから離れたくないが、オニキスに呼ばれてしまったから仕方ない。
夕方は、他の騎士や使用人の前だったからオニキスを怒ったけど、あれはわざとだ。
ルチルに命令されたからだとしても、ルチルから離れたことを咎めないと示しがつかなくなる。
僕が指名したからだけど、オニキスが若くして部隊長になっていることに憤っている騎士は多いからね。
だから、叱責しないわけにはいかなかった。
まぁ、すぐにルチルが止めに入ったから、また「王太子殿下は、妃殿下に甘すぎる」って陰口を言われるんだろうね。
本当のことだから、気にしない。
ルチルが幸せじゃないのなら、生きている意味なんてないんだから。
ドア前で警備している近衛騎士たちには、執務室に行くと嘘を伝え、チャロを引き連れてオニキスの部屋に向かった。
ドアをノックし、中に入ると、オニキスが新作のケーキ、フランの残りを食べているところだった。
「オニキス、食べすぎだよ」
「殿下も食べます?」
「いらない」
オニキスは「美味しいのに」と言いながら、僕の分のお酒を冷蔵庫から取り出して、席に戻ってきた。
「長くなるの?」
「俺はさくっと終わりたいですけどね」
疑義を抱きながらオニキスを見やるが、オニキスは平然とフランを口に運んでいる。
「僕、惚気られるんだと思ってたんだけど、違うの?」
「惚気ませんよ。そんな甘い雰囲気になっていませんし、ようやく一区切りつけられました。ルチル嬢には、本当に感謝しています」
「そう、それならよかったよ」
オニキスが、ここまではっきり話してくれるのは珍しい。
言葉通り、やっと過去のことと気持ちの整理がついたのだろう。
ずっと自分のせいだと責め続けている姿に、僕は何もできなかった。
好きな人に忘れられたと分かって自暴自棄になっていた時も、何もしてあげられなかった。
僕も勘違いからの絶望を経験したから気持ちが理解できるのに、泣いているオニキスに声をかけることさえできなかった。
ルチルは、本当にすごいよね。
オニキスが気持ちを整理できるように整えてあげたし、何よりセラフィの未来を切り拓いた。
僕には思い付かなかった方法ばかりで、何度惚れ直したか分からないよ。
「陛下から色々聞いて知っていると思うんで、諸々のことは省きます」
ルチルには伝えていないけど、王太子妃ということじゃなく、金色の瞳を持っているという理由で、王家の影が1人ついている。
オニキスは、ラセモイユ伯爵家の誰かの気配を感じ取ったようで、「ルチル嬢には言いませんよ。ただ俺がルチル嬢なら、いい気はしないですね」と視線を合わせず言ってきた。
「会話は聞かないようにしてもらっているよ」と教えたけど、「そうですか」と素気なく返されただけだった。
オニキスの言いたいことは分かるけど、こればっかりは仕方がない。
父である陛下に内緒でルチルに話す、という選択肢もない。
自由をこよなく愛しているルチルは、今以上の窮屈を感じたら、僕から逃げてしまうかもしれないからね。
それだけは、絶対にダメだ。
ルチルに嫌われたくないけど、ルチルが僕から離れるかもしれない要素は伝えられない。
「聞いているって言われても、何でも屋に関してはオニキスの方が詳しいと思うよ。父上にホーエンブラドの話をしたら、驚いていたからね」
「ルチル嬢が幹部を匿ったことは?」
「今、知った。ルチルは、どうしてそんなことしたの? 理由があるんでしょ?」
そう、ルチルが何か行動を起こす時は、誰かのためという理由が存在する。
今回も僕では絶対にしないだろう、幹部を匿うってことをしている。
折りを見て、オニキスに尋ねようと思っていたから、その話題で有り難い。
「さあ? 聞いてないんで知りません。でも、匿ってよかったと思いますよ」
「どうして?」
「秘密の隠し部屋を教えてもらって、何でも屋のトップが誰か分かったからです」
「ん? 匿った奴じゃないの?」
「違います。デュモルがトップで、トリフェ・パライ・シャティラール第二皇子と繋がっていました」
僕が表情を硬めたと分かったくせに、オニキスは気にもせずフォークをお皿の上に置いている。
しかも、空になったお皿を見ながら、「もう少し食べようかな」なんて呟いている。
もう食べなくていいし、知っていることを全部吐けと思う。
王家の影情報に関しては、父である陛下が重要視したものしか教えてもらえない。
だから、近衛騎士からの報告が重要になってくるのに、他の近衛騎士と違って、オニキスとアンバー嬢は僕に報せる内容を独断で選んでいる。
特にオニキスは、内緒事が多くなった。
「知っておいた方がいいと思うことは、全部報告しています」とぬけぬけと微笑むんだから、腹が立つ。
僕はルチルの全部を分かっていたいだけだし、知っておいた方がいいかどうかは僕が決めることなのに。
酷い親友だよ、全く。
「というか、そんなことは、どうでもいいんですけど」
「どうでもよくないよね? 僕ら、シャティラール帝国に行くんだから」
「問題はそこです。ルチル嬢、死ぬかもみたいです」
聞き捨てられない言葉を耳にして、テーブルを叩きながら立ち上がった。
食器が揺れ、音を立てる。
「殿下、落ち着いてください。全部、俺の憶測なだけですから」
ゆっくりと立ち上がったオニキスが、腕を伸ばしてきて、僕の肩を優しく下に押した。
深い息を吐き出しながら倒れるように座ると、「だから、飲みたくなるはずだって言ったでしょ」とオニキスに肩をすくめられる。
一瞬、何も考えられなかったけど、いつもと変わらないオニキスを見ていて落ち着いてきた。
そうだ。今はまだ、シャティラール帝国に向かう前だ。
何か対策ができると踏んで、オニキスは僕に話そうと決めたのだろうから。
「どうしてそう思ったの?」
「俺、不思議だったんですよね。ルチル嬢が、今は子供はいらないって言ったこと。王太子妃なんだから、子供ができないと叩かれるじゃないですか。男の子が生まれるかどうか分からないんだから、機会は逃さない方がいいでしょ」
「それは僕も思ったけど……」
「で、今回、ルチル嬢が、侍女に女装させたケープさんを連れて行くって言い出したのと、俺に人を浮かせられるかどうか聞いてきたからです。殿下の死を知っていたじゃないですか。だから、もしかしてって思ったんですよ」
「……ルチルは自分が死ぬ可能性があるから、それを乗り越えるまでは子供を作るつもりはなかったってこと?」
「じゃないですか。ルチル嬢が死んだら、生まれてきた子供の立ち位置が微妙になると考えたんだと思いますよ。まぁ、もしそうなったら、アヴェートワ公爵家が養子に迎え入れそうですけどね」
考えたくも、想像したくもないけど、ルチルが死んだら、僕は生きていく意味を失うからルチルの後を追うと思うよ。
死なせてもらえないだろうけどね。
どうにかして死のうとすると思う。
「殿下、ルチル嬢が死ぬ可能性を潰したくて、俺の考えを打ち明けたんですから、変なこと考えないでくださいよ」
本当にオニキスは勘がいい。
話していて、時々、考えていることを読み取る魔法があるんじゃないかと思ってしまう。
あるなら、教えてほしいな。
ルチルが見ている夢を覗いてみたい。
「考えていないよ。ルチルは絶対に死なせないからね」
「はいはい、そうですか」
「オニキス」
咎めるように名前を呼んでも、オニキスは肩をすくめながらお酒を飲んでいる。
僕も、嫌忌な話で滅入りそうだった気持ちを流したくて、お酒を口に運んだ。
「俺はルチル嬢から、いつも以上に離れないようにしますけど、殿下も可能な限りお願いします」
「当たり前だよ。ルチルから離れないよ」
「できるだけでいいですよ。外交ですからね。殿下とルチル嬢が一緒の予定って、少ないと思うんですよ。それを見越してのケープさんだと思うんで。だから、殿下も気をつけてくださいよ。デュモルがどう絡んでいるかは、明日隠し部屋を探して見つけてきますから」
「それって、僕も行けないかな?」
「ケープさんに案内してもらうんで無理です。あの人、ルチル嬢至上主義ですから」
うん、それは本当にそうだよね。
だから、絶対に裏切らないオニキスとケープが、ルチルの側にいてくれるなら、少しだけ安心できるよ。
後は、ルチルがどこまで裏で動くかによって、僕の対応も変わってくるから、もう少し様子見をするしかないかな。
今回に限り、オニキスは逐一教えてくれそうだからね。
オニキスもそのつもりだったようで、「他にも分かってから話を詰めましょう」と口にしていた。
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