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セラフィの警護にあたってもらっているオニキス卿を迎えに行くと、「マジで許さないから」とオニキス卿に作り笑顔をされた。
怒っているというアピールなんだろう。
「オニキス様、痩せましたね。新作を作りに行きますか?」
「あのね、そんな言葉で誤魔化せると思わないでくれる?」
「じゃあ、行かないんですね?」
「行くに決まってるでしょ」
横で会話を聞いていたアンバー卿が小さく笑った後、咳払いをしてから真顔で注意をしてきた。
「妃殿下、オニキス卿。部屋を出た瞬間から、言葉遣いを気を付けてください」
「分かってるよ。でもさ、アンバー嬢。酷いと思わない? 俺、もう疲労困憊なんだよ。無理矢理置いてかれたのにさ、戻ったら殿下に怒られるんだよ。信じられないよね」
「無理矢理って、休みだーって楽しんでたじゃない」
「休みだと思って楽しめばって言ったの、セラフィじゃん」
ん? んん? もしかして……
期待を込めた瞳を向けてしまったと思う。
オニキス卿とセラフィは、照れながらも幸せそうに微笑んでくれた。
打ち明けて丸く収まったんだと分かり、泣いてしまいそうになる。
オニキス卿を置いていった際に、2人の関係が戻るなんて考えていなかった。
セラフィの中では、オニキス卿はきっとまだ、がむしゃらに自分を助けようとした小さな男の子でしかないはずだから、今の彼をきちんと見てあげてほしいと思ったのだ。
彼も彼で踏ん張って立っていると分かれば、オニキス卿に対しての不安は拭えるんじゃないかと。
だから今回のことは、本当に今の2人が友人になる足掛かりになればいいくらいだった。
2人が親しく話せるようになってから、「実は……」と打ち明ける。
少しずつ段階を踏んでいこうと、密かに計画を立てていた。
でも、そんな計画はもう必要ない。
そこまでのお節介をしなくても、2人はまた友達に戻れたのだ。
「よかったー! 2人共、めちゃくちゃ頑張ったんですね!」
両手を広げ、2人に抱きつくと、オニキス卿からは「殿下に怒られること増えたじゃん」と、セラフィからは「ありがとうございます」と返された。
アンバー卿に、オニキス卿とセラフィのことは伝えていないが、察していたと思うし、もしかしたらルクセンシモン公爵夫人から聞いていたかもしれない。
アンバー卿がいくら騎士でも、社交界を生き残らないといけないからね。
噂話は多く知っている方が、有利に動けるもの。
アンバー卿の瞳も潤んでいて、ルチルの行動を注意しないでいてくれている。
これが小説ならハッピーエンドでめでたしめでたしになるのだが、現実はそうではない。
「本当にさー、教えてくれてもよかったよねぇ。俺って妃殿下の右腕じゃなかったの? ねぇ、聞いてる? 俺、ものすっごく妃殿下に貢献してきたと思うんだけど。それなのに俺に関することで秘密があるって、どういうこと? 教えてほしいなぁ」
キルシュブリューテ領に向かう道中、ハッピーエンドを迎えたはずの人から、グチグチ文句を言われ続けている。
「オニキス卿。妃殿下に対して無礼ですよ。それに、妃殿下の右腕は私の場所です。勝手にその席に座らないでください」
アンバー卿から逐一釘を刺されているものの、怒られている当の本人はどこ吹く風だ。
「はいはい」と言いながらも、「でもさ」と反抗している。
「あ、妃殿下。文句はもう言わないから、教えてほしいことが1つあるんだけど」
「その約束を守ってくれるなら答えるわ」
「守るよ」
絶対だぞ。
照れ隠しだと分かっているけど、さすがに五月蝿いからね。
もう文句は聞き飽きたから、本当に口を閉じてよ。
「セラフィが塔から出られる未来があるの?」
そっか。セラフィ様はそこまで話したのね。
「本人の頑張り次第ではあり得る未来ね」
「それって――
「オニキス卿、もし支援したいとか言い出したら怒るわよ。彼女はそんなこと望んでいないだろうし、自分の力で成し遂げようとしているの」
「分かってるよ。俺が言いたいのはそういうことじゃなくて、本当にそういう法律あるの? ってこと」
「あるわよ。今の私でさえ払えないほどのお金と、四大公爵家当主全員の署名と、もしも時に罪を背負うことができる伯爵位以上の後見人が必要だけどね」
「本当に? 俺、読んだことないんだけど」
オニキス様は絶対に、法律の抜け道を探すために調べていると思ってた。
ふふふ、甘いわ。
数ヶ月前までは、お金を出して釈放されるのは、一部の犯罪者のみ。
終身刑になった人に、その温情はなかった。
でもね、無かったら作ればいいのよ。
「去年末にできたのよ」
「は? え? ちょっと、待って……まさか……」
「私は何もしてないわよ。できた後に耳にしたんだもの」
そういう体なんで。
あたしが始めから仕組んでいたってバレると、五月蝿く言う奴らが出てくるんでね。
まぁ、そういう奴らに限って法律を気にしていないから、結構簡単に通ったのよね。
「……どうやってできたの?」
「確か、準男爵の方が発起人だったはずよ。セラフィ様の歌に惚れたらしくて、仲間を集めて頑張って『正当防衛と釈放』の署名運動をしたらしいわ。物凄い数の人が立ち上がったらしいわよ。でも、昔の判決を覆すことはできないから、無理難題の法律が作られたってわけ」
準男爵と署名活動をしてくれた人は、あたしと関わりがない人たちを選んで、ケープが手を回してくれたのよね。
今は密かに、その人たちでファンクラブを作れないかなって考えている。
特典として、非売品の歌を半年に1回あげるの。
各公演のチケットやグッズができた場合、優先的に販売したりね。
後、有料のファンクラブイベントとかね。
ふふふふふ。ファンと推し活が浸透したら、必ずアズラ様のファンクラブも作ってみせる。
って、アズラ様のファンクラブ構想を話すと長くなるから置いといて……
法務室には、お父様がスパイを送り込んでくれたの。
議題に上げてくれる人が必要だったからね。
あたしももちろん動いたけど、簡単な仕事だったわ。
王妃様と楽しくお茶をしながら、「陛下にお伝えしていただきたいことが」ってお願いすればいいだけだったからね。
あたしやお父様が陛下と接触していたら、もしやって勘繰る人も出てくるかもだから。
夕食を共にする時は、使用人の人が多すぎてそんな話できないでしょ。
だから、王妃様と王妃様の侍女達には、色んな試作品という賄賂を渡して、内密にお願いしたのよ。
ふっふっふっふっふ。思い返しても完璧な作戦だわ。
「あー、もう。そっかー。なんだかなぁ」
「オニキス卿が壊れたわ」
「壊れてないよ。俺も頑張ろうって思ったの。セラフィとの賭けには勝たないとなって」
「何を賭けたの?」
「教えないよ。妃殿下が協力してきたら、絶対に俺失敗するもん」
え? ひどくない?
さっきのあたしの作戦を聞いて、そういうこと言う?
それに、賭けってことなら、どっちの味方もしないよ。
あたし、そういう人間でしょ。
存じてますよねぇ?!←不本意なので圧を強めてみた。
何度も「そっかー」と繰り返すオニキス卿が穏やかに微笑んでいて、今「ありがとう」と言えない気持ちを落ち着けようと、どうでもいいことを呟いているんだと気付いて、笑ってしまいそうになった。
次話、とある事実が判明します。
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新作を投稿しました。
『モモンガ・リリの変なレンジャー魔法』になります。
動物と子供好きのおかしなヒーローの大冒険(世直し旅)になりますので、興味があったら読んでみてください。
よろしくお願いします。
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