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視線を落とし、顎を撫でながら考え込んだナギュー公爵は、胡散臭い笑顔を向けてきた。
キープしていた微笑みを崩しそうになる。
精神年齢が実年齢の19歳なら、きっと泣いていたに違いない。
それほどまでに、瞳の奥が怖かった。
「馬鹿なことをしたものですな」
「はい、許せることではありませんわ」
「そうですな。私も臣下として憤激しております。もし手が必要とならば申し出くだされ。協力いたしますからな」
「ありがとうございます。ですが、アヴェートワ公爵家が動いてくれると思いますので、宰相の手を煩わせることはありませんわ」
「そうでしたな。アラゴが怒り狂って、ホーエンブラドの領地を焼け野原にしそうですな」
笑いながら言うことじゃないから!
お父様なら本当にしそうで怖いから、フラグを立てないで。
って、いやいやいやいや、領民に罪はないんだもの。
重度のルチルバカなお父様だけど、そこまでしないはずよ。
後、お祖父様の耳にも入らないようにしないとね。
元気だけど、そろそろ年齢のことも考えてもらわないといけないからね。
「しかし、国内での貴族同士の戦争は、両者共に重罪で、妃殿下も対象ですからな。気を付けてくだされ」
「承知しておりますわ。国民を脅かすことはいたしません」
「それを聞いて安心しました。では、私は下がらせてもらいますかな」
「ご相談はよろしいのですか?」
一応ね。早く帰ってほしいけど、一応聞いとかないとね。
「妃殿下と話しているうちに妙案が浮かびましてな。会話するだけで解決してくださるなんて、さすがは妃殿下ですな。おみそれいたしました」
今、小馬鹿にしたよね?
皮肉ったよね?
ぽんぽこ狸めっ! さっさと帰りやがれ!
でも、色々スルーしてくれて感謝してる。
ありがとう。
ナギュー公爵は笑いながら部屋から出ようとして、何かに気づいたように足を止めた。
「そういえば、次はいつ我が家にお越しになりますかな? シトリンが会いたがっておりましてな。もし時間があれば、話し相手になってやってほしいのです」
ん? それってさ、「今は引いてやるけど、後で全部吐けよ。小娘が」ってことじゃないの?
さっきから笑顔が怖いしさ。
狸なんだから愛らしく笑ってよ。
そうしたら、死刑宣告されている気分にならなかったよ。
「私もシトリン様とお話したいですので、明日か明後日にはお伺いいたしますわ」
「さようですか。シトリンに伝えておきます」
今度こそナギュー公爵は去っていき、ドアもきちんと閉められた。
疲れたと小さく息を吐き出した時、隣に座ってきたアズラ王太子殿下に優しく手を取られた。
心配気に下げっている目尻を上げてもらいたくて、体をアズラ王太子殿下に預けるようにもたれる。
「ルチル。ホーエンブラド侯爵の件は、いつ分かったの?」
「この前、ケープが来た時ですわ」
「どうしてその時に教えてくれなかったの? 僕にも協力させてよ」
「まだ確定ではないんです。本当かどうかを調べているところでして、間違いがなかったらご報告しようと思っていました」
「本当に?」
「はい。お父様とミソカが襲われた事件に関与している可能性も高いですから、きちんと裏取りしてからの方がいいと考えていたんです。アヴェートワ公爵家が報復をどうするかの話にもなってきますから」
「そっか、僕が全面に立っちゃうと、アヴェートワ公爵家の面子を潰してしまうかもしれないんだね。でも、ルチルを悲しませた罰を与えないなんて無理だし……夜にこっそり殺せばいいのかな?」
「んンっッ!」
「ルチル、大丈夫? どうしたの?」
「だい、大丈夫です。アズラ様、必ずご報告しますし、お父様たちとの話し合いの時には参加してもらいますので、お一人で先走ることだけはやめてください」
空気が喉に詰まるかと思った。
ねぇ、アズラ様。一体どこに闇落ちするポイントがあったんでしょう?
あたし、本気でびっくりしたよ。
あれかな? 考えていたことと口に出すことを、反対にしちゃったってことかな?
そうなると、もう完璧に闇属性身につけてる感じだよね?
結婚して、消え去ってくれたと思ってたんだけどなぁ。
あたしの考えが甘かったんだね。反省するよ。
「うん、分かったよ。連携しないと公爵達に怒られそうだからね。どう捻り潰すか決まってから動くことにするよ」
綺麗な顔に微笑みながら「捻り潰す」って言われると、インパクトあるよね。
もっとこう優しめの言葉なかったのかなぁと思うよね。
でも、闇に紛れて殺人を犯さないでいてくれるようでよかったよ。
さすがにね、アズラ様の立場だと狂人になっちゃうからね。
あたしならさ、親友と家族が傷つけられたし、領地が襲われてっていう大義名分を掲げられるけど、アズラ様はあたしが悲しんだからって理由だけなわけでね。
「王太子って実はヤバいんじゃ……」って、バレると困るでしょ。
あたしは悪女路線しか走れないんだから、アズラ様は狂人路線走っちゃダメなのよ。
煩わしいことを少なくして、平和に楽しく生きるためには本性隠そうね。
周りをチラ見すると、チャロだけが悟ったように佇んでいた。
他の人たちは、なぜかアズラ王太子殿下に賛同して「やっちまえ」みたいな顔をしている。
どうやらルチルバカに感染していない人は、この部屋の中にはチャロしかない、という信じたくない事実が判明してしまった。
そのチャロはアズラバカなのだから、もうこの部屋の中は救いようがない。
これはもう、的確に突っ込んでくれるオニキス卿に戻ってきてもらうしかない。
何でも屋を取り締まれたみたいだし、危険は少なくなったはずなので、明日オニキス卿を迎えに行こうと決めたのだった。
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