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冬になり、ようやく出掛ける時間が取れたアズラ王子殿下と、王都の街に指輪を見に行く日になった。
いつもの服ではなく、平民の中でも裕福そうな服を着て、貴族紋がない馬車でアヴェートワ公爵家から出発している。
お忍びなので護衛の数は最小限になり、チャロとカーネ、アズラ王子殿下の近衛騎士たち3人になる。
が、街の至る所に騎士が隠れているらしい。
祖父と父がついてきたがったが、何かと口を出して指輪が決まらない気がしたので、ルチルが断った。
気付けば冬。婚約式まで後わずか。
今日、何が何でも決めなければいらない。
「ルチルに会うの久しぶりな気がする。嬉しい」
「婚約が決まってから、前みたいにアヴェートワ領で遊ぶ時間なくなりましたからね」
「そうだね。立太子の式典と婚約式が終われば前みたいに遊べるから、今は頑張ろうって思えるよ」
相当疲れているのか、声や笑顔に元気がないような気がする。
ルチルは、カーネに預けていた鞄から四角い箱を取り出して、アズラ王子殿下に渡した。
「街に着くまで食べていてください」
蓋を開けたアズラ王子殿下が、首痛めるよと思うほどの速さでルチルを見てきた。
「チョコレート! できたの?」
「販売はまだ難しいんですけど、手作業でなら少しだけ作れますから。他の皆様には内緒ですよ」
「うん。ありがとう」
「もう1箱ありますよ。そちらは帰りにお渡ししますね」
「嬉しい。ありがとう、ルチル」
1粒食べたアズラ王子殿下から、人心地ついたような息が漏れた。
「頭のモヤモヤがなくなっていくよ……」
過労だからね。それ、過労だよ。
もっと糖分とって。
街に着くまでにアズラ王子殿下は、箱に入っていた9つ全て食べ終えて、元気を取り戻していた。
街の入り口に降りたらすぐに飲み物を買い、カーネに「お祖母様には内緒だからね」と言って、ジュースを飲みながら歩いた。
宝石店を何店舗か見たが、どれも同じにしか見えなくて購入まで至らない。
どれもこれも豪華すぎるのだ。指にはめたら邪魔だ。
休憩を兼ねて、オニキス伯爵令息がお勧めだと言っていた屋台で昼食を取った。
美味しかったので、今度会えた時にお礼を伝えようと思っている。
再び散策しようとした時、ルチルの瞳にボロボロのお店が映った。
看板も古びていて何のお店か分からないのに、ものすごく興味が湧いてきて、どうしても入りたくなってくる。
「アズラ様、寄り道になってしまうんですが、あそこに入ってもよろしいでしょうか?」
「あそこに?」
アズラ王子殿下が護衛に視線を送ると、護衛の人たちは顔を横に振った。
怪しさ満点のお店だから、アズラ王子殿下の入店許可が出ないのは仕方ない。
「では、私1人で入ってきますね」
「駄目だよ」
「ですが、アズラ様を危ない目に遭わせるわけにはいきませんから」
「あのね、ルチルも危ない目に遭ったら駄目なんだよ」
「でも、どうしても入りたいんです」
「そんなに? どう見ても怪しいよ?」
「あの怪しさが、逆に心に刺さったのです」
アズラ王子殿下は、何もない斜め下の地面を見て考えた後、諦めたように息を吐き出した。
「分かった。僕も行くよ」
え? いいの? ダメなんじゃないの?
護衛が開きかけた口を、手を挙げて制している姿は、さすが王子様で可愛いけどね。
ほら、護衛の人たち、唇を引き結びながらも首を横に振っているよ。
んー、ここはあたしが諦めればいいだけなんだけど、なぜか、本当によく分からないけど、入りたくて仕方がないんだよね。
全然気持ちを切り替えられないの。
変だよね。
「私が先に入りましょう」
アズラ王子殿下と護衛たちの首振り対決を見かねただろうチャロがそう提案してくれ、護衛が渋々折れてくれた。
心の中で「我が儘を言ったあたしがアズラ様の盾になるから。ごめん」と謝りながらお店に向かい、一応窓から店内を確かめようとした。
だが、窓からはなぜか中が見えない。
「何のお店だろうね」
「はい、何のお店でしょうね」
チャロがドアを開けて入っていき、「大丈夫です。中へどうぞ」と告げられてから、アズラ王子殿下と入店した。
「え?」
もしかして次元を超える扉だった? と考えてしまうほど、埃一つない店内は明るく、空気は澄んでいるような気がする。
それくらい清潔感があるお店だった。
「殿下、魔道具のお店のようです」
チャロの声かけに、ルチルも並べられている商品に視線を滑らせた。
「魔道具? アクセサリー店じゃなくて?」
「はい。指輪やブレスレットにペンダント。あちらにはイヤリングやピアスもありますが、これら全て魔道具ですね」
「素晴らしいですね。防具や剣の魔道具は見たことありますが、アクセサリーは初めてです」
「たしか、小さいから付与できないって習った気がするけど……」
「そうです。魔道具は魔法陣を描き、そこに魔力を流すか、魔石で魔力を補うかになります。正確な魔法陣が必要になりますから、小さいと書けないんです。それに、小さな魔石には魔力はないはずなんですが」
チャロが近くにあったブレスレットを手に取って、怖いくらい真剣に見つめている。
「この魔石からは、特大の魔石量の魔力を感じます」
ええ!? 2ミリくらいの石だよ?
そんなことある?
「おやおや、お客だなんて100年振りくらいかのう」
奥から気配もなく、魔女のようなお婆さんが現れた。
文字通り、魔女のようなお婆さんだ。
紫色の高い三角帽子に紫色のローブを着て、捻れている杖を持っている。
「おじゃましています」
「なるほど、嬢ちゃんは指輪を探しているのう」
全員が耳を疑い、息を呑んだ。
お婆さんは、ケラケラと楽しそうに笑っている。
「なに、さっきから指輪ばかり見ておったろ?」
「そんなに見てましたか?」
「見ておった。欲しいものはあったかのう?」
「それが申し訳ありませんが、これという物が……」
「そうじゃな、これなんかどうじゃ?」
お婆さんが、ローブの下から出した2個の指輪をカウンターに置いた。
お婆さんにも出された指輪にも興味津々のルチルは、近くで見ようと、お婆さんがいるカウンターまで足早に歩いた。
アズラ王子殿下も隣に並び、見定めるようにお婆さんを見ている。