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アズラ王太子殿下からの愛をもらって、肌艶がいつもよりもいい朝。
ケープが「取り急ぎご報告したいことが」と訪ねてきた。
応接室で待ってもらうことにし、隣で仕事を始めているアズラ王太子殿下に一言入れてから席を立つ。
アンバー卿には抗議されたが、全員廊下で待機してもらうようにし、ケープと2人だけの話し合いが始まった。
「何かあったの?」
「昨夜、何でも屋から調査報告を受け取りました」
「もう少し時間を置くかと思っていたけど……それで、答えはどうだったの?」
「ホーエンブラド侯爵家と答えました」
ケープが嘘を吐くはずがないと分かっていても、訝しげに見てしまう。
予想としては、ルチルと交流がある家門を答えると踏んでいた。
疑心暗鬼に陥れさせ、仲が壊れるよう仕向けてくると考えていたからだ。
それなのに、後ろ盾でもある黒幕をあっさりと吐いたのだ。
どんな思惑がそこにあるのか、と疑わずにはいられない。
「そして、ルチル様とは縁を繋げたいからと、公爵様とミソカ様が襲われた事件の犯人も報せてきました」
「誰?」
「そちらもホーエンブラド侯爵家とのことです」
ルチルは腕を組み、鼻で深い息を吐き出しながら、ソファの背もたれにもたれた。
瞳を閉じて、気持ちを落ち着かせる。
「ルチル様、まだご報告がございまして」
「なにかしら?」
「ナギュー公爵家、スミュロン公爵家、ルクセンシモン公爵家が協力をして、何でも屋を解体させるようです」
「当主の怒りに触れてしまったものね。私が潰すのが先か、四大公爵家が潰すのが先か、どっちかだと思っていたわ。ホーエンブラド侯爵家と何でも屋を結びつける物は見つかった?」
「いいえ。まだ接触すらしていません」
「そう。メクレンジック伯爵夫人とシュラーはどうなるのかしら?」
「騙されていたという恩情はあるようでして、メクレンジック伯爵夫人は修道院へ、シュラーさんは服飾業界からの追放です」
「そうなのね」
この世界の修道院はのほほんとした所みたいなので、メクレンジック伯爵夫人の罰としては妥当だと思う。
シトリン様に二度と会わせないようにするための対策として、修道院を選んだのだろうから。
まぁ、そこで心を癒してほしいというスミュロン公爵の優しさが入っているのかもな。
シュラーに関しても、公爵家を怒らせるとどうなるのかの見せしめには丁度いい采配だと思う。
シュラー自身は辛いだろうが、私としては腕を切り落とされなくてよかったと安堵している。
今、問題なのは、3つの公爵家の怒りが、ホーエンブラド侯爵家じゃなく何でも屋に向いていることだ。
何でも屋を潰せば、ホーエンブラド侯爵家が運営している何かは出てくるかもしれない。
でも、もし出てこなかった場合、ホーエンブラド侯爵家には逃げられてしまう。
あれ?
でも、キルシュブリューテ領とお父様たちへの襲撃を、ホーエンブラド侯爵家の仕業って言ってきたのよね?
どういうことだろ?
尻尾切りをさせられそうだから、道連れにするためってこと?
んー、でも、こっちからわざと攻撃させて、冤罪だったみたいにしたいのかも。
あたしは糾弾されて、支持はめちゃくちゃ落ちるだろうからね。
そっちなのかな?
「ケープ。何でも屋は、私と縁を繋ぎたいって言っているのよね?」
「はい、そうです」
「分かったわ。何でも屋の幹部を匿うわ。逃さないように、監視をつけた状態でキルシュブリューテ領に案内してあげて。滞在先は空いている社員寮を使って。1人ずつ入れて、問題が解決するまで部屋からは1歩も外には出さないで。ただし、匿うのは、彼らが所有する全ての部屋を解放したらよ。何の情報提供もなく助けるつもりはないわ」
「かしこまりました」
「誰が何の依頼をしたとかは要らないわ。貴族たちの裏の情報も必要ない。ホーエンブラド侯爵家を根こそぎ潰せる物証。それ以外は要らないわ」
「仰せのままに」
ホーエンブラド侯爵家の中で、真面な人はいるかもしれない。
でも、今回も愚かな当主を選んでしまっているってことでしょ。
救えないじゃない。
それに、あたしに牙を剥いたのよ。
それも、あたしへの攻撃じゃなくて、あたしの大切な人たちを悲しませた。
本当にね、もう許せないのよ。
だから、罠かもしれないけど、望み通り飛び込んであげるわ。
どっちが潰れるか、はっきりさせましょう。
「ルチル様、幹部以外の構成員はどうされるのですか?」
「公爵家が捕らえると思うわ。もぬけの殻じゃ怒りが爆発しちゃうもの。だから、私が欲しい物以外の情報は触らないでね」
「幹部を探されると思いますが」
「探すでしょうし、私に行き着くはずよ。ナギュー公爵はチクチク言いにきそうな気がするわ。でも、こっちも欲しい情報のために譲れないもの。それに、アズラ様に弾圧政治は必要なくても、私までアズラ様みたいに温厚でいなくていいと思っているの」
どうせ優しく振る舞っても怖いって思われるんだもの。
理想の夫婦になれるよう頑張ったんだけどなぁ。
上手くいかなかったのよね。変なの。
だからもう、とことんそれを利用した方がいいのよ。
可愛くて親しみやすいは諦めて、綺麗な悪女に路線変更してやるわ。
「私たちはまだ若くて威厳がないからね。舐められないために、私くらいは傍若無人でいいと思うの。前回のホーエンブラド侯爵家の件は、全面的にアヴェートワ公爵家の名前が出たわ。だから、今回は王太子妃である私の名前を押し出すの。ものすっごくしょうもないことで怒りを買ったせいで、歴史ある侯爵家が潰れる。みんな粗相をしないように頑張ると思うわ」
「ルチル様がそのようにお考えならば、必ずやホーエンブラド侯爵家を潰せる物証を見つけてみせます」
ん? ねぇ、ケープ。
ここはオニキス様みたいに「そんなことすると非難の声が殺到するよ。殿下に第二夫人や愛妾なんて話が出ちゃったらどうするの? 殿下が荒れ狂うじゃん」って心配してくれていいのよ。
今のはあくまで想像だけどね。
彼なら呆れながら、そう言ってくると思うのよ。
でね、あたしは「私には、日々の生活をよくするための案がいくつもあるんです。有能な王太子妃を、たかが我が儘ってだけで非難できませんよ」って勝ち気に微笑むのよ。
いい考えでしょ。
そこまで話をさせてほしいの。
だからね、質問プリーズ!
ルチルの願いは虚しく、ケープは「3つの公爵家がいつ動くか分かりませんので、早急に対応に当たらせていただきます」と綺麗に腰を折って、部屋から出ていった。
残されたルチルは、「ケープが私に愛想を尽かさないんだったら、いっか」と背伸びで体を解してから、アズラ王太子殿下が居る執務室に戻った。
次話、ぽんぽこ狸が出ます。
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