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シュラーにお仕置きをし、アヴェートワ公爵家でお菓子とパンを作り、フロストに大胆に改造をしてもらったドレスを2着持って、ルチルは王城に帰ってきた。
ウキウキしながらアズラ王太子殿下の執務室に顔をだしたのだが、執務室の状況に満面の笑みを凍らせてしまった。
「ルチル、おかえり!」
駆け寄ってくるアズラ王太子殿下の腕に触れた。
いつも触っているので、完全に無意識である。
「あ、はい、今戻りました。えっと……」
「どうしたの?」
絶対に「どうしたの?」って思ってないよね?
顔に「褒めて」って書いてるよ。
うーん……どうしたものか……チャロは疲れ切っているし、残ってもらっていたプレーナたちは憔悴しきっているし……原因は張り切ったアズラ様なんだろうけど……
ごめん、みんな。
あたしは、アズラ様を褒める。
アズラ様を幸せにするために、褒めよう。
あたしは、アズラ様の笑顔を守らないといけないの。
「すみません。嬉しくて言葉が続かなかったんです。アズラ様、執務室の壁をなくしてくださり、本当にありがとうございます」
内装も変わってるけどね。
たった半日で完成させられるってビックリだよ。
あたしとアズラ様の執務机が50cmほどしか離れていないし、ソファも大きいものが1つだけになっているしね。
あたしお気に入りの応接セットは、どこに消えちゃったんでしょうか?
ううん! ダメよ、ルチル!
それを口にしたら、アズラ様が悲しむわ。
あたしがグッと涙を飲めばいいの。
あれ、めちゃくちゃ高かったのにって、痛む胸は無視するのよ。
今お金持ちなんだから痛くも痒くもないって思い込むのよ。
「喜んでもらえてよかったー。チャロに『壁だけにしましょう』って言われたんだけど、折角ならルチルの顔を見られる距離がいいなと思ってね。机を近づけちゃったんだ」
恥ずかしそうに照れたように言われて、「そっちじゃない」とツッコミそうな気持ちさえ、どうでもよくなった。
胸には温かいものが流れ、頬も口元も自然に緩んでしまう。
好きになったら負けって言葉があるけど、こんな顔を見せてもらえるのなら惨敗でいいって思うわ。
アズラ様、可愛い。本当に大好きだな。
「明日からの仕事の時間が寂しくなくなりました。文字通り、アズラ様とずっと一緒にいられるなんて夢みたいです」
「僕もだよ。ルチルが側にいてくれるだけで、いつもよりやる気が出るんだ。どんなこともできそうな気がするしね」
「私もですよ。アズラ様がいてくださるなら、世界を敵に回したって勝てますからね」
「敵がいるのなら僕が戦うから、ルチルには応援をしてほしいな」
「ふふ。応援だけだと元気が余りそうですので、何かご褒美を用意してアズラ様を癒しますよ」
「だったら、その時はいっぱい抱きしめてくれる?」
戯れるように腰に腕を回してくるアズラ王太子殿下の腰に、ルチルも緩く腕を回した。
「抱きしめるだけでいいんですか? キスもつけますよ」
「いいの? 嬉しすぎて、絶対に勝つよ」
楽しそうに笑いながら、アズラ王太子殿下の顔が近づいてくる。
しっかりと重なりそうな唇に、ルチルから先に軽く触れ、顔を離した。
悲しそうに目尻を下げられるが、今日はここで時間を使うわけにはいかない。
アズラ王太子殿下を弄り……いや、時間をかけてアズラ王太子殿下とイチャイチャしたいのだ。
「アズラ様、今日の仕事は終わったのですか?」
「後少しかな」
「では、私もアズラ様が終わられるまで仕事をしています。終わったら、私の相談に乗ってください」
「もちろんだよ。僕で解決できるなら何でもするよ」
「ありがとうございます。意見を聞かせてくださいね」
うんうん。アズラ様、私に頼られるの好きだもんね。
笑顔が眩しいよ。
私は、その笑顔が真っ赤になるのが楽しみだよ。
「あ、そうだ。ルチル、仕事を始める前に共有しておきたいことがあるんだ」
「何でしょう?」
アズラ王太子殿下にソファまでエスコートされ、並んで腰を下ろす。
「シャティラール帝国に訪問することが決まったよ。出発は4月の末。余裕を持って2ヶ月は帰ってこれないと思っていてほしい」
「分かりました。そのように予定を組み直しますわ」
「うん、お願い。それと、ベネディアート侯爵のことなんだけど、母上曰く、女好き・ギャンブル好きで最低最悪なジジイなんだって。母上がまだシャティラール帝国にいる頃、しつこく迫られていたそうだよ。侯爵はその時すでに既婚者だったらしい。
現状については、母上が実家のラジヴァリー公爵家に手紙を送って調べてくれることになった。どこでどうキャワロール男爵家と繋がったのかが不明で、キャワロール男爵家を泳がせるために王家からは忠告するだけにとどめる。そして、今回進んで悪いことを企んでいたとかだったら、爵位返上になる。キャワロール男爵令嬢は『平民に落としちゃってください』と同意しているそうだよ」
「そうなんですね。まぁ、スピネル様はご実家を嫌ってますから、助け舟は出されないでしょうね」
「うん。キャワロール男爵令嬢は、仕事を続けられて今の生活が保証されるなら、何だっていいそうだよ」
「そう話されている所が目に浮かびます」
ルチルが目を閉じて、ゆるく首を縦に振ると、アズラ王太子殿下が小さく吹き出した。
ルチルも一緒になってクスクスと笑い、身を寄せる。
朗らかに微笑み合った後、ルチルは今日シンシャ王女から聞いた内容を報告した。
「アズラ様。シャティラール帝国について、私からもご報告があります。クンツァ殿下とシンシャ様は、それぞれ第一皇子と皇女から縁談を申し込まれ、両方お断りをされているそうです。そして、今回の外遊の招待をクンツァ殿下もシンシャ様も受けられているそうです」
「はじめからおかしいと思っていたけど、友好を深めたい訳ではなさそうだね」
「その確率が高いですね。だから、何が起こっても大丈夫なように、私はアズラ様から離れないでいますね」
本の物語に何一つ添っていないけど、アズラ様が何度も死にかけたように、私ももしかしたら監禁されたり足を滑らせて海に落ちるとかがあるかもしれない。
アズラ様を巻き込みたくはないけど、アズラ様の側に居ることが何より安全なはず。
1人で居るのは、絶対に危険だ。
アズラ様の幸せを守るために、私は絶対に死ねないのだから。
虚を衝かれたように瞬きしたアズラ王太子殿下だったが、次の瞬間にはデロデロに溶けた顔で抱き締めてきた。
「うん、ルチルは僕の側を離れないでね。何があったとしても守ってみせるから。ルチルに嫌な思いなんて絶対にさせないよ」
ルチルからもアズラ王太子殿下の背中に腕を回して頷きながら、「他にも保険をかけとかないとな」と考えを巡らせていた。
次話もルチル×アズラです。
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