48 〜 侍女カーネの独り言 〜
今日は、ルチルお嬢様に会えて幸せでした。
小さい頃から、優しく思いやりがあり、聡明で勇壮さもあるルチルお嬢様。
王太子妃殿下になられ忙しい日々を送っていらっしゃるはずなのに、それでも大切な人たちのために時間を作り動かれている。
本当に、ルチルお嬢様は私の光冠です。
お仕えしていた日々は宝物です。
私は、生涯お嬢様に仕えると決めていましたから、王宮について行く侍女の座を誰かに譲るつもりはありませんでした。
その話をする度に、ルチルお嬢様は嬉しそうに笑ってくれていました。
しかし、お嬢様の護衛騎士だったデュモルのせいで、アヴェートワ公爵家から誰1人として王宮に連れて行くことは叶わなくなったのです。
ルチルお嬢様は「アズラ様を危険に晒したんだもん。こんなに軽い罰で有り難いくらいだよ」って微笑まれていましたけど、私たち使用人は歯痒くて仕方がありませんでした。
結婚式間近になって、文句を言ってきた貴族たちを忘れたりはしません。
まぁ、もう公爵様たちが報復されているでしょうが。
それに、私がもっと目を光らせていれば気づけたかもしれないのです。
ルチルお嬢様から危険を遠下げられたはずなのにと、悔しくて腹立たしい限りです。
デュモルは、私と同じようにルチルお嬢様を崇拝していたし、時々熱い視線を送っていました。
それを注意したことがありますが、デュモルは「そんな邪な気持ちはありませんよ」とはっきり言っていました。
だから、大丈夫だと安心していましたのに、あんな事件を起こすなんて。
聞いた時は、生きた心地がしませんでした。
お嬢様と会うまで、ずっと狼狽えていたと思います。
デュモルの言葉を信じず、私がもっと警戒をしていれば、お嬢様を1人で嫁がせずに済んだのに。
本当に後悔でしかありません。
本日公爵家に戻ってから、お嬢様が料理長に指示しながら作ってくださったアップル・シュトゥルーデルとパネットーネが並べられたお皿を眺める。
さすがルチルお嬢様です。
シンシャ王女様のあの言葉だけで何を作ってほしいのかお分かりになるなんて、素晴らしすぎます。
作り方を見ていましたけど、私にはさっぱりな料理でした。
アップル・シュトゥルーデルというクレープに似た食べ物は、確か……
小麦粉に塩・水・油を加えて混ぜ、1時間以上生地を寝かせる。
その間に、パン粉をオーブンで焼き、小さく切ったリンゴ・レモンの皮・ドライフルーツ・シナモンパウダーを混ぜる。
それを、透けるほど薄くした生地で包み、オーブンで焼く。
お嬢様が仰るには、生地の薄さと、綺麗に包めるかが重要とのこと。
とても美味しくて、いつかはお嬢様に差し入れをしたいと思いましたが、私には絶対に作ることができないスイーツだと落ち込みました。
そして、世界一作るのが難しいというパネットーネは、ケーキと仰る方もいればパンと仰られる方もいるそうです。
お嬢様は「大きなパンですよ」って笑っていらっしゃいました。
そして、シンシャ王女様に「本当の材料を揃えることができませんから、なんちゃってと思ってください。それに、本来のパネットーネは作業に3日必要なんですよ。だから、本当になんちゃってなんです」と仰っていました。
公爵様たちに相談されれば材料の問題は解決できると思うのですが……
寂しいことにお嬢様は王宮に帰らないといけませんので、今日は揃えられないということだったんでしょうね。
ああ、毎日お嬢様の支度をお手伝いしたいです。
こちらの作り方は、えっと……ドライフルーツにラム酒をかけて置いておく。
強力粉・牛乳・黄卵・砂糖・塩・天然酵母を混ぜる。
纏ったらバターを加える。
この時の混ぜ方が、とても大変そうでした。
叩きつけたり押したりと、とても体力が必要そうな作業でした。
滑らかになった生地にラム酒に漬けていたドライフルーツを入れ、生地を丸めて一次発酵をさせる。
生地が2倍になればガスを抜いて15分ほど放置し、またガスを抜き、二次発酵させる。
2倍に膨れればバターを乗せてオーブンで焼く。
お嬢様は完成するまでいらっしゃることはできませんでしたが、なんちゃってのパネットーネを頂いた感想としましては私はパン寄りだと感じました。
毎度のことですが、使用人一同にも配られるそうです。
皆、この瞬間を待っているんですよね。
慣れてはいけないと思いますが、お嬢様の心配りは皆にやる気を湧かせますから無くなってほしくないと思います。
さて、そろそろミソカお坊ちゃまがご帰宅される時間です。
ルチルお嬢様がアドバイスされたことを私も後ろで聞いておりましたが、成功は難しいと思っています。
ミソカお坊ちゃまはお嬢様の背中を見続けてきた弟君ですから、恋愛の面に対してもお嬢様によく似ておられるのです。
ああ、少し違いましたね。
ルチルお嬢様は純粋に返される反応を楽しまれていますが、ミソカお坊ちゃまは必死に付き纏ってくる姿を見て悦に入られるんですよね。
ルチルお嬢様を追いかけている反動なのでしょうか。
ミソカお坊ちゃまが心配になる時があります。
それなのに、シンシャ王女様、早速されていますね。
帰宅されたミソカお坊ちゃまに「おかえりなさい」だけを伝えて去っていかれて、「寂しい! 抱きつきたい!」と項垂れられるなら、されなくていいと思いますよ。
後、いつもは頬擦りもされていますよ。
そのため、洋服に化粧がつかないように最小限のお化粧にしているのです。
分かっていらっしゃると思っていましたが、ミソカお坊ちゃまの好みしか記憶にありませんでしたね。
ええ、ええ、まぁ、よろしいでしょう。
シンシャ王女様がお連れになった侍女も、乙女寄りな方々ばかりですしね。
ルチルお嬢様に任されましたから、私が気をつけておきます。
それと、会いに行きたいのであれば行かれてよろしいんですよ。
ミソカお坊ちゃまがアヴェートワ商会の仕事の手伝いをされたり、勉強をされたりする時、シンシャ王女様はミソカお坊ちゃまの膝の上か後ろから抱きついているかですものね。
泣くほど我慢されるのなら、大いに尻尾を振りに行かれたらよろしいのです。
待っていても、きっとミソカお坊ちゃまは来てくださいませんよ。
だから、食堂で会話をしないようにするのは止めた方がいいのです。
ああ、ほら、私の予想通り、シンシャ王女様が素っ気ないフリをしていると全部バレているようです。
このミソカお坊ちゃまの冷たい素振りをして、落ち込んでいるシンシャ王女様を見てほくそ笑む姿……ルチルお嬢様がいらっしゃる時と違いすぎて、少し怖くなりますね。
このままでは明日のシンシャ王女様のお顔は、泣きすぎて腫れてしまいそうです。
それは困りますから、会いに行かれるよう促しましょう。
あら、速攻で行かれるのなら、もっと早くにお伝えすればよろしかったですね。
そうです、そうです。
はじめから素直に「可愛い」と言ってほしいと伝えればよろしいのです。
ミソカお坊ちゃまの瞳を三日月にして笑っている顔……やはり少し心配になりますね。
まぁ、私が憂いていても仕方ありません。
一緒に入浴されるそうですから、水着を用意しませんと。
ミソカお坊ちゃまとシンシャ王女様が、楽しそうで何よりです。
きっとルチルお嬢様も、今頃アズラ王太子殿下を困らせて楽しんでいらっしゃることでしょう。
デザイナーのフロスト様を呼ばれて、急遽お作りになられた洋服のことは、公爵様たちには漏らせません。
今までも、ご報告を上げられないことばかりでしたからね。
今更1つ増えたところで問題ありません。
全て墓まで持っていきますので、ご安心くださいませ。
ルチルお嬢様が幸せなら、それでいいのです。
光冠……太陽や月の周りに光の屈折によってできる輪のこと。
カーネは、いつでも天に輝いている光という意味で使っています。
太陽でも月でも星でもない理由は、そのどれか1つじゃ足りないからです。
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ルチルがどんな服を即席で作らせたのか、楽しみにお待ちいただけばと思います。




