47
フロアに戻ると、シンシャ王女が笑顔で出迎えてくれた。
周りの令嬢たちは誰も帰っていないようで、席は埋まっている。
「お姉様、エンジェ様の衣装はいかがでした?」
無邪気に尋ねてきたシンシャ王女は、きっとわざと聞いてきてくれているのだろう。
ルチルがどんなことをしてきたのか知りたいと、輝いている瞳からひしひしと感じる。
「シンプルなドレスでした。納期にも問題はないみたい。ただね、シュラーさんが話したこと全てが嘘だったの。だから、エンジェ様のドレスは私が引き受けることにしたわ。注文してくれるお客様を蔑ろにする従業員は信用できないものね」
「まぁ、あの方信じられませんね。どうしてそのようなことができたのでしょう」
「それがね、『何でも屋』という情報屋に嘘を教えられたようなのよ」
「何でも屋ですか?」
ルチルと一緒でシンシャ王女にも必要なかったから、シンシャ王女も知らないようだ。
そもそも秘密裏に調べたいことがあったらシンシャ王女の場合は兄のクンツァ殿下に頼むだろうから、この国の情報屋を知る必要はないのかもしれない。
「はい、本当に何でも調べてくれる情報屋だそうです」
「そこが嘘を吐いたんですか?」
「ええ。シュラーさんが教えてもらったという内容は、全て嘘でした。私も最近依頼をしたんですが、嘘を掴まされたらどうしようと思っています」
「え? お姉様が何を? 知りたいことがありましたら、私が協力いたします」
「実は、アズラ様の――
言いかけたルチルは、従業員出入り口から姿を現したアンドラ店長を見て言葉を切った。
緩みそうになる口元を、どうにか抑える。
だって、みんなの想像力を掻き立てられるタイミングで、アンドラ店長が戻ってきてくれたのだから。
固唾を飲んで聞き耳を立てていた周りからすれば、「その先を教えてください!」だろう。
ルチルとしては、別に全部話してもいい。
というか、そのつもりで喋っていた。
だから、わざともう答えを貰っているアズラ王太子殿下の話をしていたのだ。
でも、周りはそのことを知らない。
情報屋に話がバレても、ルチルがまだ聞いていないだけと思うだろう。
そう考え、1番興味を引くだろうアズラ王太子殿下の話題を口にしたのだ。
みんなの関心が高まり、色んな所で話題にしてもらうために、ここで話したのだから。
本当に、今日の出来事を大袈裟に広げてもらいたい。
目の前までやってきたアンドラ店長は、深く腰を折った。
「お待たせして申し訳ございませんでした」
申し訳ないという言葉に、待たせた以外の意味も含まれていそうだが、ルチルが謝罪を受け付けないと言ったので口にしなかったのだろう。
きちんと判断できる能力があるのだから、従業員を信じすぎず、もう少し従業員たちに興味を持っていればよかったのにと、残念でならない。
「問題ないわ。気にしないで。それで、さっき伝えたように作りかけのドレスと壊してしまったトルソーは買い取るわ。それと、エンジェ様に贈る予定だったドレスは、アイオラ・アンジャー侯爵令嬢への贈り物に変更するわ。あの子が好きな生地で作って、アンジャー侯爵家に届けてほしいの」
「かしこまりました。誠にありがとうございます」
騒ぎを起こしてしまったことと、不評をばら撒いてしまうことのお詫びとして十分でしょ。
お店が悪いのではなく、シュラーが悪いって見えるだろうからね。
アンジャー侯爵家には王太子妃からのプレゼントが届くんだから、周りからの評価が落ちることはないと思うしね。
まぁ、念のため、今度どこかのパーティーで会った時は声をかけてあげよう。
これで、王太子妃は慈悲深いって印象を与えられていたら一石二鳥なんだけどなぁ。
アンドラ店長の怯えようを見る限り、たぶんダメなような気がする。
なんでだろうなぁ。おかしいなぁ。
ゆっくりと腰を上げると、シンシャ王女も席を立った。
言わなくても用事は終わったと気づいてくれていたようだ。
「シンシャ様、何か食べたい物はありますか?」
「作ってくださるんですか?」
「はい」
両手を叩くように合わせて喜ぶシンシャ王女からアンドラ店長に視線を動かす。
「アンジャー侯爵によろしくと伝えといてね」
「かしこまりました」
アンドラ店長に背を向け、シンシャ王女と腕を組んで出入り口に向かって歩き出す。
馬車に乗り込もうとした時、護衛騎士たちの後ろをついてきたアンドラ店長に「ありがとうございました」と頭を下げられた。
馬車が出発するまで、アンドラ店長は腰を折ったままでいるようだ。
ルチルは声をかけず、シンシャ王女とお店を後にしたのだった。
馬車の中にて……
「お姉様、私、食べてみたいスイーツがあるんです」
「なんでしょう?」
「海外のスイーツで、フランスパンみたいな形なんですが、薄い生地の中にとろとろの果物が入っているんです」
えー、何だろうなぁ。
思い当たるのはアップル・シュトゥルーデルだけど、それかなぁ?
「あ、後、世界一作るのが難しいって言われているお菓子! あれ、食べてみたいです」
「パネットーネですね」
「名前は覚えていないです」
恥ずかしそうに笑うシンシャ王女に、ルチルも小さく笑った。
次話から数話、バカップル話になります。
リアクション・ブックマーク登録・読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。




