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従業員出入り口からバックヤードに入ると、休憩室のような大きな部屋に足を踏み入れていた。

簡易キッチンがあり、そこで客に提供する飲み物を作っているようだ。

簡素なコップがあるので、きっと従業員も休憩中にお茶などを飲めるようになっているのだろう。

あの侯爵にしては、まともな労働環境のように思える。


その部屋を通り抜け、2階に続く階段を上ると、作業スペースがあった。

何台ものミシンが並び、作りかけのドレスを纏っているトルソーが壁に何個も並んでいる。


最新のミシンだわ。

お買い上げありがとうございます。

というか、こんなにおおっ広げなら、ドレスの進捗状況は誰が見ても一目で分かりそう。

それなのに、どうしてエンジェ様のようなことが起こっているんだろう?


そんなことを考えている間に、アンドラ店長は3階に続く階段に足をかけている。

アンドラ店長の後ろを歩くシュラーも俯きながら階段を上りはじめた。

ルチルは、アンバー卿と並んで静かについていく。


そして、到着したシュラーの作業場は階段に1番近いところにあった。

たぶんデザイナーの熟練度によって個室が与えられるのだろう。

もしかしたら売り上げ順かもしれない。


まぁ、ルチルにとってはどちらでもよく、ただただ「個室を与えてもらえるほどだったのに、シュラーってば本当にバカなことしたのね」と呆れるだけだった。


「こちらがシュラーさんの作業部屋になります。シュラーさん、鍵を開けてください」


アンドラ店長に解錠するよう促されたシュラーは、震えている手で鍵を鍵穴に挿している。

堂々としないシュラーがやましく見えるのは仕方がないことで、アンドラ店長の顔にも悲痛の色が滲んでいる。


「シンシャ様を待たせられないからね。さくっと確認させてくれるかしら」


中々鍵を回そうとしないシュラーに後ろから催促し、やっと鍵を開けさせた。

アンドラ店長が開けてくれたドアから中に入り、部屋の中を見渡す。

部屋には、白いドレスと赤いドレスの2体のトルソーがある。


あの真っ白なドレスが、きっとエンジェ様のドレスね。

というか、飾りは1つも無しなの?

あたしも婚約式はシンプルなドレスだったけど、色々工夫をしたわよ。

でも、エンジェ様のドレスは形にさえ工夫がない。

これはさすがに非難をされそうだけど……


「どっちがエンジェ様のドレスかしら?」


分かりきっている質問をシュラーに投げかけると、シュラーは体を大きくビクつかせた。


「あか、赤い方です」


まだ嘘を貫こうとするのね。

まぁ、今更「違う」と言いづらいか。

あたしを納得させられたら嘘が本当になり、シュラーは厳罰されないものね。


だとしても、謝れる時に謝った方が、更生の余地ありって思ってもらえるのよ。

素直に謝れないと、印象がどんどん悪くなっていくのよ。


「エンジェ様のサイズで作られているようには見えないけど、本当に赤い方なの?」


「は、はい。婚約式までには痩せられるからと……」


「あの白いドレスは?」


「あ、あれは、はじめに提案をしていましたドレスになります」


「じゃあ、今は赤いドレスがいいと言われていて、あの白いドレスはもう要らない物なのね?」


「は、はい」


ルチルは「そう」と呟き、アンバー卿に向かって微笑んだ。


「アンバー卿、あのドレスを切ってください」


「かしこまりした」


「え? え?」


酷く狼狽えはじめたシュラーは、瞳を丸くしてアンバー卿の姿を追っている。

アンバー卿の剣を抜く仕草が見惚れるほどカッコよく、ルチルはこんな時でも「そろそろ宝塚歌劇団なるものを作りはじめてもいいかも」と口元をニヤけさせそうだった。


「お待ちください!!!」


アンバー卿が剣を掲げた時に、空気を震わせるほどのシュラーの大声が響いた。

だが、アンバー卿は手を止めずに、トルソーごとドレスを真っ二つにした。

当たり前だ。

王太子妃殿下の命令に背くわけがないし、ルチルじゃなければルチルを崇拝しているアンバー卿を止めることなんてできないのだから。


「ぁ……ぁ……」


シュラーは、声にならない声を溢しながら膝を折った。

床に引っ張られたようにドサっと腰を落としたのだ。

アンバー卿はそんなシュラーに視線さえも送らず、剣を収めるとルチルに一礼してきた。

ルチルは頷きだけを返している。


「アンドラ店長。壊れたトルソーは弁償するわ」


「あ、は、はい」


仰天して固まっていたアンドラ店長は、気が抜けている声で返事をした。

ルチルは、血の気が引いて半泣き状態のシュラーの目の前まで行き、声をかける。


「シュラーさん、どうしてアンバー卿を止めようとしたの?」


「そ、それは……」


「まぁ、いいわ。それより、エンジェ様が変更に変更を重ねてきたというデザイン画を見せてくれるかしら? あんなに大幅な変更があったのに、デザインを紙に起こしていないなんてことないわよね?」


両手でスカートを握り締め、涙を流しはじめたシュラーに、ルチルは肩から力を抜いた。


エンジェ辺境伯令嬢用じゃないデザイン画を見せてくるかもと身構えていたのだが、もうシュラーは反抗してこないだろう。

ここまでのことをされるなんて、きっと想像すらしていなかったはずだ。

予想外なことをされて、ルチルの命令1つで剣を抜く騎士を見て、抵抗心なんて粉々に散ってしまったはずだ。

今、ルチルが怖くて仕方ないだろう。


放心状態から戻ってきたアンドラ店長が頭を下げかけたので、ルチルは手のひらを向けて静止させた。

何もしないようにという言葉を乗せた視線をアンドラ店長に送り、ルチルは今まで以上に優しい声でシュラーに問いかける。


「正直に話してくれるかしら? どうしてエンジェ様を蔑むようなことをしたの? 誰かに命令でもされたの?」


本当に極上に優しい声色を出して、シュラーが縋りついてくるように仕向けようとしたのに、シュラーは途端に震え上がってしまった。


「シュラーさん」


「はははい、すすすみません! 本当に申し訳ございませんでした! ここ殺さないでください!」


するか! こんなことで殺していたら、悪虐王太子妃って言われるわ!

って、アンドラ店長の顔が土気色すぎるんだけど大丈夫?

それに、アンバー様は何を満足気にしているの?


あー、オニキス様を恋しく思う日が来るなんてっ!

この状況を適切に判断してくれるのは、きっとオニキス様しかいない。


ねぇぇぇ、下げて上げる作戦の今は上げるの部分なのよ。

もう怯えなくてよくなーい?


「殺さないと約束するわ。だから、どうしてこんなことをしたのか教えてくれるかしら?」


尋常なくらい震えているせいで鳴っている歯の音は聞こえてくる。

そのせいで上手く話せないのかもしれないが、説明をしてもらわないと次の段階に進めない。




3話更新します。

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