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シンシャ王女の立ち上がろうとする気配を感じたのか、アンドラ店長がシュラーの横に急いで並び、勢いよく頭を下げてきた。


「申し訳ございません。いつもはアレンジをされたい箇所等もおうかがいしております。本日は緊張をして抜け落ちてしまったのだと思います。誠にお詫び申し上げます」


アンドラ店長のことも睨むシンシャ王女の手を、微笑みながら軽く叩いた。

視線がぶつかったので笑みを深めると、シンシャ王女は瞳をパチクリさせた後、怒りを鎮めてくれた。


「そうよね。手直しではなくイチから作ってくれるのよね? 生地や色も選べるのよね?」


「もちろんでございます」


「納期に変わりはない?」


「変わりありません」


「本当に?」


「問題ございません」


わざと「うーん」と声を出すと、アンドラ店長は不思議そうに顔を上げた。

ちょっとした騒ぎになってしまっているからだろう。

シュラーは瞳を泳がせ顔を青くしている。

他の店員たちも、周りのヒソヒソ話に身を固くしているように感じる。


「私が『本当に?』と尋ねたのには理由があってね。エンジェ様の婚約式のドレスなんだけど、毎週のように手直しが入って一向に完成しないって聞いたのよ。それなのに、私が依頼をするドレスは1ヶ月後に渡せるって言われてもね。できませんでしたじゃ困るのよ」


「手直しですか?」


「そうよ、手直し。していないの?」


アンドラ店長の瞳が、ゆっくりとシュラーに向いた。

シュラーは、先ほどよりも狼狽えている。


ルチルは瞳が動く限り周りを見渡し、シュラーと同じように動揺している店員を確認した。

エンジェ辺境伯令嬢の担当がシュラーだとしても、補助に数名つく。

1人で対応するなんて、まずないだろう。

エンジェ辺境伯令嬢に対するシュラーの態度を知っていて無視しているか、それとも協力しているかは不明だが、絶対に知っている人たちが存在する。

その人たちのことも探したくて、個室ではなくフロアの席に案内してもらったのだ。


「はい。手直しというより、毎週のように大幅なデザイン変更になっており、都度衣装合わせが発生していると……私は報告を受けております」


段々と言葉が小さくなっていき、アンドラ店長は最後唾を飲み込んでいた。

「まさか」と「いや、でも」が交互に頭の中に浮かんでは消えているのだろう。


「おかしいわね。エンジェ様は婚約式前だからサイズには気をつけられているのに、毎週のようにサイズが合わなくて生地が足りないかもしれないみたいに言われているそうよ」


エンジェ辺境伯令嬢が悲しんでいると分かるように、大袈裟に辛そうに眉根を寄せて視線を落とす。


どこかから声なき声で叫んだような一驚が伝わってきた。

辺境伯家の息女で、王太子妃殿下の友人で、未来の公爵夫人。

その女性相手に蔑むようなことを言ったのかと驚いているのだろう。


このままではマズイと思ったのか、シュラーが必死に訴えてきた。


「お待ちください!! そんなこと言っておりません!」


「では、何を言ったのか教えてくれる?」


「それは……」


「怒っているとかじゃなくてね。私は片方だけの話を聞いて決めつけたくはないのよ。そんな不公平なことはしたくないの。だから、違うと言うのなら、あなたの話を聞かせてくれるかしら?」


さぁさぁ、話してみなさいよ。

さどかし片腹痛い話をしてくれるんでしょ。

楽しみだわ。

って、あたし悪役令嬢っぽいな。

こんな感想、懐かしいなぁ。


「その……ポニャリンスキ辺境伯令嬢様は毎週のように『もっと細く見えるようにしてほしい』と『ルクセンシモン公爵家に相応しいドレスになるよう手を加えてほしい』と仰られまして……それで、まだドレスが完成していないんです」


「そうなのね。それは大変ね」


「はい……焦燥が募っております」


安心したように肩から力を抜いちゃって、まぁ。

あたしの怒りの鉄拳を食らいやがれ。


「あなたの言い分は分かったわ。では、そのドレスと変更しているというデザイン案を見せてくれるかしら?」


「え? いや、あの……」


「だって、そうでしょ。エンジェ様もあなたも言葉だけなのよ。どっちが本当かなんて言葉だけでは分からないわ。でも、あなたの言い分だと、毎週変更を余儀なくされているドレスがあるのよね。もちろん変更するのだからデザイン画に起こすかメモは取るわよね。それを見せてほしいのよ」


「しかし、お披露目は婚約式でされたいでしょうから、この場に持ってくるのは……」


「それもそうね、エンジェ様に悪いことをしてしまうところだったわ。止めてくれてありがとう」


「いいえ!」


そうよね、回避できたら嬉しいわよね。

笑顔が溢れるわよね。

でもね、逃すわけないでしょ。


「私がアトリエにお邪魔するわ。白黒はっきりさせないとね。納期に関することでモヤモヤしておきたくないのよ。商売って信用が大切でしょ」


「し、しかし、王太子妃殿下を作業場になど……」


「大丈夫よ。私はアヴェートワ商会で育っているのよ。どんな作業場でも問題ないわ」


言いながら立ち上がり、アンドラ店長を見やった。


「私では分からないことがあるかもしれないから、あなたも同行してくれるかしら? それと、こちらからはアンバー卿を連れて行くわ。エンジェ様のデザインが大幅に変わっている場合、ジャス様の礼服の変更をしなくてはいけないでしょう。アンバー卿に見てもらえば伝えることができるわ」


アンバー卿は、ルチルをエスコートするようにさっと近づいてきた。

どう回避するべきかと視線を落として考えているシュラーを無視して、連れてきている護衛騎士たちに声をかける。


「あなたたちはシンシャ様を守ってね」


「「はい」」


「シンシャ様、申し訳ありませんが少し待っていてください」


頷いてくれるシンシャ王女に笑顔を返し、アンドラ店長とシュラーに一歩近づく。


「さあ、行きましょう」


「ご案内いたします」


何かを言おうとしたシュラーよりも先に、アンドラ店長が青い顔をしながら頭を下げた。

そして、「シュラーさん、行きますよ」とシュラーが歩くように促してもくれた。


エンジェ辺境伯令嬢とシュラー、どっちの言い分が正しかろうと、王太子妃殿下であるルチルがここまで動いているのなら、ひっそりと解決できるはずがない。

大きな噂になることは目に見えている。

当たり前だ。そうなるようにルチルはわざと動いているのだから。


ルチルが計算をして動いていることは近しい人しか分かっていないだろうが、お店が大ダメージを負うかもしれないということは誰にだって想像できる。

だからこそ、アンドラ店長をはじめとした従業員たちの顔から血の気が引いているのだ。


でも、アンドラ店長は、真っ直ぐ背筋を伸ばし、しっかりとした足取りで歩いている。

少し頼りない印象があったが、ここにきてこの店の責任者としての気概を見たような気がする。

今回の件で一皮剥けて、優しくて頼れる店長に成長するかもなと、アンドラ店長の背中を眺めながら歩を進めた。




シュラーとのやり取りは、後2〜3話で終わります。

その後は甘々タイムが待っていますので、アズラの登場はもう少しだけお待ちいただければと思います。


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