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誰かが近づいてくる足音に視線を向けると、店員だと分かる制服を身に纏ったカントリー調の二つ結びをしている女性と目が合った。

女性は柔らかく微笑み、深く腰を折ってくる。


「大変お待たせいたしました。ポニャリンスキ辺境伯令嬢を担当しておりますシュラー・コポルソンと申します。本日はよろしくお願いいたします」


「ええ、よろしくね」


来たな。さぁ、どんな手腕なのか見せてもらいましょうか。


ルチルは閉じていた扇子を広げ、不敵に微笑みかけた口元を隠した。


「早速だけど、エンジェ様が気にされたドレスやエンジェ様に似合いそうなドレスを教えてもらえるかしら」


「かしこまりました。ポニャリンスキ辺境伯令嬢様は可愛らしいものがお好きなようでして、最新のカタログに載っているドレスを気にされておりました」


シュラーがそう話しながら捲るカタログに、ルチルは視線を落とした。

上半身を隠すほどの大きなリボンが胸元と後ろ腰にあり、「魔法少女か!」と突っ込みたい気持ちを抑え込む。


「うーん……確かに可愛いとは思うけど、エンジェ様が着ている想像ができないわ」


「そうですね。ご本人も『私には似合いませんから』と試着をされませんでした」


あん? 今そのエピソード必要だったか?

その後、ちゃんとフォローしてんだろうな?

ってか、本当にこれを気にしてたんだろうな?

可愛いもの好きってのは合ってるけど、これを好きなような気がしないぞ。

てめぇ、嘘ついてないか?


あーだめだめ。

悪い奴っていう前提があるから、色々疑ってかかっちゃう。

これは、あたしが「気にしていた物」を尋ねたからよ。


「後は、こちらとこちらも褒められておりましたが、やはり『可愛すぎると服に着られてしまうから』と苦笑いされていました」


いや、悪者フィルター関係なく、やっぱりなんか棘あるわ。

エンジェ様を蔑んでいる感が含まれているのよね。


「そう。では、どの服なら気に入ってもらえるかしら? 最低でも5着は贈りたいのよね」


「リボンが大きすぎたり多かったりすると着膨れして見える可能性がありますので、シンプルなものがよろしいかと思います。ですの――


「ちょっと待って。あなた、おかしなことを言うのね」


「えっと……」


シュラーは、たぶん1番古いだろうカタログに手を伸ばしている状態で固まっている。

後ろでずっと見守っていたアンドラ店長は、雰囲気が変わったルチルにオロオロし始めた。


「分からないの? あなた、ここの服を着ると太って見えるって言ったのよ。ここのデザインは飾って眺めるための服ばかりなの?」


「い、いえ! そういうつもりで申し上げておりません」


「では、どういうつもり?」


「その、ポニャリンスキ辺境伯令嬢様はとても体型を気にされておりましたので、シルエットが広がらないドレスの方が喜ばれると思ったんです」


「だったら、そう言えばいいじゃない」


「説明不足で申し訳ございませんでした」


説明不足とは違うけど、ここは見逃してあげるわ。

何度も安心と不安を行ったり来たりする方が、心に負担がかかるからね。

何度も肝を冷やせばいいのよ。

巻き込んでしまっているアンドラ店長にはちょっとだけ申し訳さがあるけど、今回のことは仕方がない。

これからは育成に力を入れるようになるでしょ。


身に纏う雰囲気を柔らかいものに戻すと、シュラーもアンドラ店長も体から力を抜いている。

安堵している姿に、ルチルはほくそ笑みそうになる。


「これから気をつけてくれればいいわ。それで、エンジェ様に似合うドレスはどれかしら?」


「はい、こちらはいかがでしょうか?」


肩紐に小さなリボンが並び、ほどほどの大きさのリボンが胸元にあり、左右の腰に大きなリボンがある。

今まで見てきた中ではリボンは小さなサイズだが、シルエット云々と言っていたのに左右の腰にリボンがあるのはどうだろうかと首を傾げたくなる。

腰に視線がいくのだから、体型を気にしている人は嫌がるんじゃないだろうか。

それに、先ほどからずっと肩と二の腕が出ているドレスばかりだ。

まだ冬なのに、そこも引っかかる。


「他にはあるかしら?」


いいとも悪いとも言わずに、笑顔で違うドレスの提案を促す。

シュラーは、きっとルチルの機嫌を取れていると勘違いしているはずだ。


「こちらとこちらもいかがでしょうか?」


ルチルは緩く頷いて、「他には」と伝える。

そんな応酬を数回繰り返して、ルチルは心の中でため息を吐き出した。

シュラーの手が、絶対に最新のカタログに伸びないのだ。

というか、1冊のカタログから変更されない。


「聞きたいのだけど、あなたがさっきから勧めてくるドレスは、いつ発表されたものなの?」


「えっと……」


「さっき、そっちにあるカタログを最新だと言ったわよね。だったら今見ているカタログは、いつのものかしら?」


「確かにあちらのカタログが最新ではありますが、こちらのカタログも1つ前の春夏用ですのでそこまで古くはありません。載せきれなかったデザインのために、次から次へとカタログができるだけですので」


「それでも古いってことよね? 私に着古されたデザインのドレスを贈れって言うの?」


「滅相もありません。それに、決して古くありません。古ければカタログ自体廃盤になりますから」


いやいや、1年前に発表され済みのデザインなんて、お洒落番長のシトリン様に話したらめちゃくちゃ怒られるやつだからね。


まぁ、カタログなんてものは、こんな服も作れますよっていうアピールだからね。

既製品を買うわけじゃないから、古いカタログもあって当たり前なのよね。

だから、反論するなら「アレンジできます」って言うべきなのよ。

そんな提案ができないなんて、このお店自体大丈夫なのか心配になってくるわ。


「そう。じゃあ、どうして肩や二の腕が出たデザインばかりを勧めるのかしら?」


「それは、先ほどもお伝えしました通り、シルエットが広がらないようにと思いまして」


「でも、体型を気にしているのなら二の腕を隠したいはずよ。露出を避ける傾向にあるわ。その気持ちを無視するのはどうなのかしら? 嫌な気分になるんじゃないかしら?」


「そういう方もいらっしゃいますが、ポニャリンスキ辺境伯令嬢様は肌がお綺麗ですから、白い肌を出された方が女性らしさが際立つと思ったんです」


「肌を出すといっても、まだまだ寒いのよ。エンジェ様に風邪を引かせたいの?」


「いいえ、いいえ。合わせてケープやポンチョ、ストールなどもご提案させていただこうと思っております」


「ふーん、分かったわ。じゃあ、今言ったものを全てと、そのドレスに合わせる外套を数点お願いするとして、納期はいつになるかしら?」


あらあら、顔が輝いちゃって、まぁ。

そりゃ輝くわよね。かなりの金額になると思うもの。

でもね、ここからが本当の地獄よ。


「全て合わせまして10着ほどになりますので、1ヶ月ほどお時間をいただきましたら、いつでもお渡しできるようにいたします」


「10着もあるのに1ヶ月でいいの? 本当に?」


「はい。どれもサイズ直しをするだけですので、さほど時間はかかりません」


「は? あなた、正気?」


どこから突っ込もうかなぁと一瞬考えたせいで間が空いてしまったのか、ルチルが口を開くよりも先にシンシャ王女が声を発していた。


「え、あの、どうしてでしょうか?」


綺麗な顔ほど、怒気を滲ませている面持ちは恐怖を感じる。

怒りを抑えていると分かるため息には、身を縮めたくなる。


いやはや、シンシャ様のニコニコ顔が少しずつ固まっているなぁとは思っていたけど、我慢できないほどに達してしまうとは。

シュラーってば、泣くことの方が多いシンシャ様を怒らせるなんて、なかなかやるじゃない。

普通の人にはできないことよ。

マジで接客業向いてないっていうより、嫌がらせに近いんだから性格が悪いってことだったわ。


「お姉様、こんな店で買う必要ありませんわ。エンジェ様に似合うデザインは私が考えますし、それを基にフロストに作ってもらいましょう。お姉様が贈るプレゼントですのに、ただサイズを直すだけなんてふざけている証拠ですもの」




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