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お茶会は朝から開催されていたので、お昼近くに解散となった。
全員で転移陣に向かっている途中で、前から宰相であるナギュー公爵家当主ジェットが歩いてきた。
会釈だけでいいかな? と思っていたのに、ナギュー公爵はルチルたちの目の前で足を止めた。
「これはこれは、殿下にアヴェートワ公爵令嬢。ご機嫌麗しゅうございますな。お茶会でもされてましたか?」
「ああ、先程終わったところだよ。こんなところを歩いているなんて珍しいね、宰相」
「図書館に行く用事がありましてな。はて? 我が娘が呼ばれていないようですが、どのようなお茶会で?」
うわっ、このおじさん苦手だわ。
それにヒエラルキーどうした?
アズラ様が話しかけてないのに、話しかけてくるなー!
「なんてことないよ。僕の誕生日パーティーの時に少し話して仲良くなったんだ。けど、僕とルチルは挨拶回りがあるからね。その場で時間が取れなくて、後日改めてってなっただけだよ」
「左様でしたか。シトリンとは仲良くなれませんでしたか」
「シトリン公爵令嬢とは話す時間さえなくてね。今度、何かのパーティーで話す機会があればいいなと思うよ」
ね? とアズラ王子殿下の微笑みに、ルチルは笑顔で頷いた。
「シトリンも仲良くなりたいと思っているでしょうから、お話しできる機会を願っております」
「そうだね。で一一
「して、アヴェートワ公爵令嬢。少しよろしいですかな?」
ええー!? アズラ様の言葉遮ってまで、なんなの!?
よろしくなーい!
そうは思っていても、顔や声に出すわけにはいかない。
ああ、いやだ。
「はい」
「お願いといいますか、口添えしていただきたいといいますか……」
「何でしょうか?」
「娘のシトリンの誕生日パーティーのことでして……アラゴ殿に、どうか新作のスイーツの提供をお口添えしていただけないですか?」
後ろから、小さく吹き出す声というか音が聞こえた。
たぶんオニキス伯爵令息が、笑いを堪えたのだろう。
ルチルは、シトリン公爵令嬢からアズラ王子殿下の誕生日パーティーで言われたことを誰にも話さなかったが、なぜか祖父と父が知っていてナギュー公爵家とは取引しないと怒っているのだ。
「宰相は、なぜアヴェートワ公爵が断ったかを知っているのかな?」
お、おおー……静かに怒っている……
誕生日パーティーでのことを思い出したのね。
アズラ様がさっき、シトリン公爵令嬢とは話してないって嘘を言った時に引き下がってくれていたら、怒らせることなかったのに。
「存じております。私からアラゴ殿に謝罪をしました」
「どうしてシトリン公爵令嬢からルチルに謝罪はないのかな?」
「娘は誕生日パーティーの翌日から風邪を患っておりまして、回復しましたら謝罪に行く次第でございます」
嘘だね。あたしもよく使う仮病だね。
あの子が素直に謝罪なんてするはずないもの。
2度と会いたくないから謝罪もいらないわ。
「ナギュー公爵、シトリン公爵令嬢からの謝罪は必要ありません。私、気にしておりませんから」
「ルチル」
「アズラ様、私、本当に気にしておりませんの。アズラ様との婚約で、大多数の女性から嫉妬されると思っておりましたから。アズラ様が素敵すぎるのが悪いんですよ?」
揶揄うように言ったが、アズラ王子殿下は少し照れて頬を赤めている。
「脱線してしまって申し訳ございません、ナギュー公爵。シトリン公爵令嬢の誕生日パーティーのスイーツですね。父には私から用意してあげてほしいと伝えます」
「ありがとうございます」
「ですが、私が婚約式等の準備で忙しく、新作スイーツを開発できそうにはありませんので、新作スイーツの提供は難しいかと存じます。誠に申し訳ございません」
親同士だけど謝罪があったみたいだから譲歩はするけど、新作スイーツまで作ってもらえると思わないでよね。
言われたことを気にしてるんじゃなくて、面倒だから作りたくないのよ。
他の人たちみたいに、お店にあるものの大量購入でお願いします。
それに、あたしが新作スイーツを作ってるって分かってて、さっきからあたしに頼む様子はない。
この人も娘同様に、あたしを嫌っているんだろう。
あたしに頭を下げたくないんだろう。
いや、娘が嫌っているというより、親があたしを悪く言っているんだろうな。
それが娘に影響しているんだと思う。
「おかしいですな。確か珍しいカカオというものでスイーツを開発されたんですよね? そちらは新作ではないのですか?」
このクソジジイ!
誰がスイーツの王様を、あのクソガキの誕生日パーティーで披露するか!
もし披露するなら、王宮での新年祭だわ!
「ええ、チョコレートという物を作り、成功しました。ですが、こちらの材料はもう無く、作った分ももう無いのです。もし作った分が全て残っていたらと仮定しても、公爵家規模のパーティーでお出しできるような数はありませんでした」
「材料をこちらから提供しても難しいのでしょうか?」
「材料は、父が今取り引きを結んでいる最中です。近日中には届くと思いますが、祖父がチョコレートを作るための魔道具を開発中です。魔道具の完成には時間を要しますし、そこから商品にするまで試行錯誤が必要ですので、どう考えてもシトリン公爵令嬢の誕生日パーティーには間に合いません」
「アヴェートワ公爵家の魔導士たちはとても優秀な者たちだと記憶しておりますが、それでも難しいのでしょうか?」
そう、この4年間でアヴェートワ公爵家では、魔道具専門部門を立ち上げた。
それもこれも、ルチルがスイーツを作るための道具があれば作業が楽になると、祖父に提案したからだ。
機械の構造は分からないが、こんな感じでという無茶振りもいいとこの魔道具作りになる。
だが、祖父が集めてきた魔導士たちは変わり者が多く、ルチルの無茶振りを嬉々として作ってくれるのだ。
スイーツの器具以外には、日用品の開発をしてもらっている。
ドライヤーと掃除機を作ってもらい、今は卓上コンロをお願いしている。
まぁ、卓上コンロは後回しで、先にチョコレートの機械に取り掛かってもらうことになるだろう。
「難しいですね。作る魔道具は大きくて1つではありませんから。もし、既存のスイーツがお気に召されないのでしたら、同じ四大公爵家だからといってアヴェートワ家を贔屓してくださらなくても問題ありません。父には、ナギュー公爵のお気持ちをちゃんと伝えますから」
「ルチル、そろそろ帰ろう。遅くなるとアヴェートワ公爵に怒られてしまう」
「はい、随分と遅くなってしまいました。アズラ様が怒られなければいいのですが……」
「物凄く怒られそうだ」
笑いながら言ってくれるアズラ王子殿下に、ルチルも小さく笑い出す。
「宰相も図書館に行く途中だったんだよね。早く仕事に戻ってあげた方がいいよ。宰相がいないと困ることが多いだろうからね。じゃあね」
アズラ王子殿下は軽く手を振り、ルチルたちは軽くお辞儀をしてから、ナギュー公爵の横を通り抜けた。
少し離れたところで、オニキス伯爵令息が口を開く。
「別に、今のスイーツも提供しなくていいでしょ」
「今あるスイーツの中からなら、お店での大量購入と変わりないので、どこの誰が購入されようが問題ありませんよ」
「私は、ナギュー公爵がチョコレートをご存知で驚きましたわ」
「誕生日パーティーで話してた時にシトリン公爵令嬢に絡まれたから、シトリン公爵令嬢が話したんだろうな」
「オニキスのテンション高かったからね」
「フローは美味しくなる前のチョコを知らないから、そんなこと言えんだよ」
「僕もルチルに送る前に1口食べたけど、苦すぎて吐き出したよ」
「アズラ様、あれ食べたんですか? 美味しくないって聞いていたのに、すごい勇気ですね」
「匂いはよかったから興味が止まらなくてね」
「お祖父様も興味津々で食べて、面白い顔してましたよ」
思い出し笑いするルチルに、オニキス伯爵令息が「あれ、本当に苦いんですよ」と言って、転移陣までワイノワイノしながら歩いた。
転移陣に到着すると、父が不機嫌丸出しで立っている。
「アズラ王子殿下。もう2度とルチルは、王宮でのお茶会には出席させませんから」
「公爵、それは困るよ」
「約束の時間を破られた殿下が悪いのですよ」
「お父様、アズラ様が悪いのではありませんわ。ナギュー公爵に捕まってしまって時間が押したんです」
途端に、ルチルは父に肩を掴まれた。
「何かされたか? どこも怪我してないか?」
「は、はい。大丈夫です」
「よかった。帰ったら何があったか教えてくれ」
「はい、分かりました」
転移陣前で、またお茶会をしようと約束をして、それぞれ帰っていった。
オニキス伯爵令息は、フロー公爵令息の家から馬車で帰るそうだ。
帰宅をしてからルチルは、祖父と父にナギュー公爵と話したことをかい摘んで話した。
新作スイーツを提供してほしいと言われ、新作スイーツ以外なら提供すると返したこと。
チョコレートをナギュー公爵が知っていて、欲しいと言われたが断ったということだけ伝えた。
しかし、ナギュー公爵が穏便な訳がないと思っている2人は、ルチルの侍女カーネから全てを聞いた。
ルチルと同じく「子供相手に、あのクソジジイ!」と憤慨していた。
結局、シトリン公爵令嬢の誕生日パーティーはジャム・ロールケーキ・クッキー・マドレーヌになった。
新作でないなら種類や数で、ということなのだろう。
祖父と父が、「倍の値段ふっかけてやろうか」と相談している声が聞こえていた。
弟の誕生日には残しておいたチョコで小さなチョコケーキを作り、弟が大絶賛していた。
弟以外は1口ずつだったが、祖父と父はチョコケーキも売れると確信し、生産ルートの確保を急いでいた。
今更ですが、基本2話ずつ投稿しています。目次から前回の続話を選んでもらえたらと思います。
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