36
次から次へと仕事を終わらせていくアズラ王太子殿下を眺めていると、時々視線がぶつかった。
絶対に目が合うことは分かっているだろうに、チラッと見てくるのだ。
だから、ニコッと効果音がつきそうな笑顔を浮かべている。
すると、ルチルの心が温かく感じ綻ぶほど、アズラ王太子殿下は幸せそうに口元を緩ませるのだ。
その面持ちに「本当にアズラ様に使う時間が少なすぎるのかも」と少し反省していた。
「アズラ様、休憩をしませんか?」
「これが終わったらね」
「先ほどもそう答えられていますよね?」
「そうかな?」
「そうですよ」
ルチルが休憩を促したのは、実はこれで5回目だ。
1回目2回目では「まぁ、キリがいいところまで待つか」と思ったが、3回目4回目では「これ、休憩するつもり絶対にないわね」となり、さすがに5回目の今は呆れたように息を吐き出してしまった。
側で見ていたチャロに視線を投げると、困ったように微笑んでいる。
いつもあたしが来るとチャロが安堵する理由がよく分かる一コマだわ。
普段は日中は休憩時間くらいしか一緒にいられないから仕事を中断してくれるんだろうけど、今は仕事をしていても一緒にいられているものね。
それに、早く終わればイチャつきタイムが待っているものね。
でも、だからって些細な時間を惜しんでまで仕事に没頭してほしくないわ。
疲労で倒れたらどうするのって話なのよ。
ん? そういえば……
「ねぇ、チャロ。私はお昼頃に戻ってきたんだけど、アズラ様は食事をされていなかったわよね。今日の昼食は早かったのかしら?」
「いいえ、今日はとら――
「チャロ! 余計なこと言わないの!」
あー、また食べていないのね。
あたしがいないと本当に食べないんだから。
この意識改革って、どうやってすればいいんだろう。
うーん、あたしが作ったものなら残さず食べてくれそうだけど、それは料理人たち泣かせになってしまうからなぁ。
でも、あたしが一緒に食べられない日だけとかなら目を瞑ってくれるかな?
いや、でもなぁ、急遽予定が入るとかもあるしなぁ。
アズラ様の意識を変えてもらうしかないか。
「アズラ様、余計なことではありませんわ。食事も休憩もアズラ様の体には大切なものです」
「うん、分かっているよ。取れる時はきちんと取っているから心配しないで」
「毎日取ってほしいんです」
「努力するよ」
これ、口だけのやーつー。
「分かりました。アズラ様が食事を抜かれる度、私も食事を抜きます」
「え? ダ、ダメだよ!」
「いいえ。これ以上アズラ様との体重の差を狭まらさないためにも、食事の回数を合わせた方がいいんです」
「何を言っているの。ルチルは軽すぎるくらいなんだから、もっと食べていいんだよ」
「それはアズラ様が力持ちなだけですよ」
「そんなことないよ」
これに関しては、そんなことあるんだよなぁ。
お母様やお祖母様に知られたら怒られるくらいにはあるからね。
アズラ様が気にしていないから、あたしも気にせずにバクバク食べているんだよ。
って、あたしの体重の話はどうでもいいのよ。
アズラ様よ、アズラ様。
体重の話を持ち出したのは、嘘泣きをして「アズラ様は私と一緒にいたくなくて早死にしたいんですね」って言ったところで、アズラ様に響くのはきっと今だけなのよね。
数日経ったら、絶対にまた抜いたりし始めるのよ。
今は若いから何とかなっているかもだけど、後10年もしたら体が悲鳴をあげるはずよ。
アズラ様には老後まで健康ですくすくと育ってほしいんだから。
「とりあえず、明日の私に休憩をとってほしいのであれば、今アズラ様が休憩をしてください」
「えー、んー、分かったよ」
なんとか頷いてくれたので気が変わらないうちにと、椅子から立ち上がってアズラ王太子殿下の手をとった。
「15分とかなのに、そんなに渋ることですか?」
「渋ることだよ。15分早く終われば、ルチルと引っ付いていられる時間が多くなるんだよ」
「そんなことありませんよ。この休憩の15分も引っ付いていれば時間は変わりませんよ」
「1度離れないといけないでしょ。僕はそれが寂しいんだよ」
そうか。それはどうしようもないからなぁ。
将来隠居したとしても24時間一緒は無理があるからね。
話しながらソファに移動をし、並んで腰を下ろした。
腰に回っている手に手を重ねると、アズラ王太子殿下の手は腰から離れ、柔らかく手を繋いできた。
もたれるように体を寄せてくるアズラ王太子殿下に、ルチルからも体重を預ける。
「食事も休憩もとらずに疲れないんですか?」
「んー、仕事をしていてもしていなくても、ルチルがいないと何も感じないから『別に』かなぁ」
何も感じないって、すっごい心配になることを言いよった。
こやつ、平然と言いよったぞ。
やっぱり意識改革していかないとだわ。
紅茶を淹れてくれたチャロに、軽食を持ってきてほしいとお願いをした。
チャロが笑顔で頭を下げて部屋を出ていく姿を見送ってから、アズラ王太子殿下に声をかける。
「アズラ様、もしかして眠ってしまいそうですか?」
「そんな勿体無いことしないよ」
「……念のための確認ですが、夜は眠っていますよね?」
「ルチルが眠っているからね」
はいはい。理由はどうであれ、眠ってくれているならいいわ。
重たいけど、愛してくれてありがとうね。
体を酷使することは反対だけど、想い方は人それぞれだから否定しないよ。
実際にあたしは苦笑いが出そうな愛され方でも受け入れられるんだから、重たいからって引いたりしないしね。
ただ本当に体が心配なのよね。
あ! イチャつくのに手をマッサージしようかなって思っていたけど、アレをやってみるのもいいかも。
ふふふ。自分の体が疲れているって分かれば、改善しようと思うよね。
やってみる価値ありだわ。




