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「妃殿下はもうご存知ですよね。スミュロン公爵令息は私相手に興奮されなくて、ただ観察されただけで惨めな思いをさせられました」
ん? んん?
明言は避けるけど、使いものにならなかったってことよね?
やっぱりフロー様って、泣かないと思う人が泣いている姿に興奮するんじゃないの?
だから、シトリン様が恥ずかしくて瞳を潤わせるとわっしょいになるってことよね?
ってかさ、これを言ってくれればよかったんじゃない?
「しかも、私の問題ではなくて自分の問題だと微笑まれたんですよ。私の体は魅力的だし、とても勉強になったと。だから、こんなに優しい子がナギュー公爵家に入って、いいように扱われるだろうことにも悲しくなったんですよね」
あれか?
フロー様は弁明にいっぱいいっぱいっていうのもあったけど、夫人のことも考えてわっしょいしなかったことを言わなかったのかな?
女性にとことん優しい子だもんなぁ。
きっとそうだろうな。
「スミュロン公爵令息とのことは、彼から『何もなかった』としか聞いていません。私はその言葉を信じただけです。そして、彼は本当に快楽ではなく勉強のつもりで閨に挑んでいます」
「え?」
え? じゃないよ。
あたしが、え? って言いたいよ。
「閨に関しては、閨の授業を受けたという事実だけで十分です。ただ私としては、それよりもナギュー公爵がメクレンジック伯爵を殺したということが疑問なんですが。どうして夫人はそのことを知っているんですか?」
「夫が事故で死ぬなんておかしくて、調べてもらったんです」
「その結果が他殺だったというんですね。では、どうして証拠があるのに、今まで何もされなかったのですか?」
「証拠を買い取れるお金が用意できなかったんです。それに、分かったのも最近なんです」
何を言っているんだろう?
証拠なんて調査結果なんだから、もらって当たり前じゃないの?
それに、1年以上前の馬車事故の再調査で、他殺が判明するなんてあるの?
何よりぽんぽこ狸は証拠を残さないでしょうよ。
「その証拠は何だったんですか?」
「聞かれてどうするんですか? 処分されようとするんですか?」
「しません。もし本当にナギュー公爵が殺したのなら、公爵に罪を償ってもらいます。人の命を奪っておいてのほほんとしているのは胸糞悪いですからね」
あ、ごめんごめん。
ちょっと言葉が悪かったよね。
だから、目を点にしないでね。
あたしまだ18歳の女の子だから、もうすぐ19歳だけど、それでも可愛い吊り目の女の子ってだけだから、時々言葉遣いがおかしくなるのよね。
「その言葉を信じてもよろしいのでしょうか?」
「もちろんです。それに、私にはその力がありますしね」
微笑みながら頷くと、メクレンジック伯爵夫人は深呼吸をしてから真っ直ぐ見つめてきた。
「契約書でした。ナギュー公爵の署名と押印がありました」
「メクレンジック伯爵を殺す動機は何だったんでしょうか?」
「そこまでは書かれていませんでした」
「夫人には心当たりはないんですよね?」
「ありません」
ん? ちょっと待って。
おかしくない?
「夫人、あの、明確にしときたいんですが、どうやって今回の閨の先生が決まったんですか? 依頼なんてないですよね?」
「スミュロン公爵令息の閨の授業を担当できる人を探していると聞いて、私を押してもらったんです」
「誰に聞いたんですか?」
「妃殿下はご存知かどうか分かりませんが、何でも屋です。本当に何でもしてくれる所でして、私はダタルマン子爵令嬢に教えてもらったんです」
「ダタルマン子爵令嬢ですか?」
今日の空気が読めない令嬢だよね?
やっぱり仲がいい?
ううん、そんなことより伯爵が死んだって知っていたってことじゃないの?
「でも、彼女は伯爵が亡くなったことを知らないようでしたが」
「ダタルマン子爵令嬢に悩みを打ち明けたことはありませんから。私の沈んでいる姿を見て、『悩みがあるのなら何でも屋に相談してみてはどうでしょうか?』と勧めてくださったんです」
「いつ勧められたんですか?」
「3ヶ月ほど前ですね。今日と同じようにポルトゥバッテン侯爵夫人がお茶会に誘ってくださって、そこでお会いいたしましたから」
それなら、約2年前の馬車事故を知らなくてもおかしくないか。
それまではお茶会仲間じゃなかったんだろうし。
「もしかして、つい最近分かったと言われた馬車事故の再調査が3ヶ月前なんですか?」
「はい。何でも屋に調査を依頼し、調査結果を聞く際に閨の先生を探していると教えてもらいました」
ほっほーん。
なるほどねぇ。盛大にイラッときたわ。
「メクレンジック伯爵夫人。夫人にとって、私も復讐の対象でしょうが、必ずやナギュー公爵の所業を明らかにしますので、今は私を信じてくださらないでしょうか?」
「妃殿下は、本当にナギュー公爵家と対立してもよろしいんですか?」
「かまいません。ナギュー公爵令嬢は私の親友ですが、私は人の命を弄ぶ人は誰だろうと許せないのです。絶対に償わせてみせます」
「分かりました。妃殿下を信じます。夫の無念を晴らしてください」
泣き出してしまったメクレンジック伯爵夫人に「夫人が犯罪を知って動いているとバレたら夫人が狙われます。ですので、もう誰にも打ち明けず、何もせず過ごしてください」と伝え、しっかりと頷いてもらった。
希望を見い出すように見つめられ、笑顔が固まらないように口角を上げる。
ナギュー公爵が殺人を犯したなんて微塵も思っていない。
予想をしていたことだけど、メクレンジック伯爵夫人はただ利用されただけ。
これ以上騒動を起こすと尻尾切りで殺されるかもと考えたから、大人しくしていてほしいとお願いしただけだ。
どこまで用意周到でルチルを陥れようとしているだろうと、ホーエンブラド侯爵家に怒りが湧いてきたのだった。
次話はまだ1文字も書けていませんが、心を潤すためにルチル×アズラのイチャイチャを挟む予定です。
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