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お茶会の話題はDNA鑑定の話になり、どことどこの子供がとか、あそこの家の子供はとか、際どい内容が出始めた。
あまりこういうお喋りが好きではないので帰ろうかなと考えている時に、さっきメクレンジック伯爵夫人にお祝いを述べた令嬢が場違いな発言をした。
「ラリマー夫人は、何人目のお子さんですか?」
たぶん彼女も下世話な話をしたくなかったんだろう。
だから、明るい話題で話の流れを変えたかったんだろう。
でも、なぜ今その話題なんだと思う。
さっきの微妙な雰囲気を感じ取れなかったんだろうか?
誰もが父親の正体を気にしながら、その話には触れなかったのに。
「1人目です」
「そうなんですね。もしかして、伯爵はお若いんですか? 喜ばれたでしょう」
なるほど。
親しそうに話していたから友人だと思っていたけど、全く違うのね。
って、だから聞けたのよね?
知らないふりして、ぶっ込んだわけじゃないわよね?
でも、「伯爵は『お若い』んですか?」って悪意ない?
それ言う必要あった?
周りは気まずそうに視線を彷徨わせていて、メクレンジック伯爵夫人は瞳を俯かせてしまった。
不思議そうにキョロキョロしている令嬢に、ポルトゥバッテン侯爵夫人が柔らかい声で教える。
「メクレンジック伯爵は他界されているんですよ」
「そうなんですか? 知らなかったとはいえ、聞いてはいけないことを聞いてしまいすみませんでした。
でも、ラリマー夫人には新しい方がいらっしゃるということですね。素敵です」
「え、ええ、ラリマー夫人に愛することができる方が見つかりましたこと、私も嬉しく思いますわ」
「本当にそうですわね。新しい人生を歩まれているんですものね」
「伯爵も喜ばれていると思いますわ」
1人の夫人が辿々しく告げると、みんなその波に乗るかのように口々に言い募っている。
何とか口を開けようとしたメクレンジック伯爵夫人の声を、令嬢が遮った。
「お1人目ということは、伯爵との間にお子さんがいらっしゃらなかったんですもの。反対なども少なく、すぐに結婚できそうですね。人生で2度も愛する人を得られるなんて、本当に羨ましいです。お相手はどのような方なのですか? その方を選んだ決め手とかあるんですか?」
「それは、その、まだきちんと決まったわけではなくて」
「ま、まさか、お相手の方にご家族がいらっしゃるとかではありませんよね? 一夜の恋とかでもないですよね? そんなの他界された伯爵に顔向けできませんものね」
あー、無理だわ。聞いてらんない。
絶対、悪意あるじゃん。
「まぁ! 大変!」
大袈裟に声を上げ、立ち上がった。
「メクレンジック伯爵夫人、顔色が悪いですわ。きっとドレスがしんどいのですよ。まだお腹が出ていなくても、ゆったりとした洋服を着られる方がよろしいですよ」
言いながらメクレンジック伯爵夫人の元に行き、肩に手を置いてからアンバー卿に視線を送った。
すぐに側に来てくれたアンバー卿に、「支えてあげて」と伝える。
「ポルトゥバッテン侯爵夫人、黒茶のお話ができて楽しかったですわ。また新商品がありましたら、ぜひ声を掛けてくださいね」
ルチルの帰ろうとしている姿勢を読み取ったポルトゥバッテン侯爵夫人は、立ち上がって頭を下げてきた。
「妃殿下に来ていただけて、淹れ方をご教授いただけて、本当に有意義なお茶会になりました。心よりお礼を申し上げますわ。またいつでも我が家にお越しくださいませ」
ルチルは微笑みで応え、メクレンジック伯爵夫人が腰を上げたことを確認してから歩き出そうとしたが、ふと思い出したように足を止めた。
「そうそう、皆様気になっていらっしゃるようですが、メクレンジック伯爵夫人のお相手はとても好青年な方ですよ。ただ少し遠方に住まわれている方ですので、ご報告ができていなかったんでしょうね。おめでたいことは会って報告したいですものね。私が商会の伝手で小耳に挟んでしまったばかりに、お騒がせしてしまいましたね」
笑みを深めながら令嬢を見ると、令嬢は視線を逸らしてしまった。
お茶会での親の真似事をしたかったのか、ただ単にこの令嬢の性格が悪いのか分からないが、わざと発言していたということだろう。
亡くなっている人を利用して攻撃するなんて、どんなに腹が立ってもしていいことではない。
面白半分で話題にするなんて、以ての外だ。
愛する人を失った悲しみを想像するだけで、どんなに痛くて辛くてしんどくて泣き叫びたくなるほどなのかは理解できるのだから。
だから、ルチルは一切父親に関しては触れずに、メクレンジック伯爵夫人の妊娠をさらっと流したのだ。
フロー公爵令息のことを考えてではなく、メクレンジック伯爵夫人の大切にしているだろう気持ちを刃で切りつけたくなかったのだ。
シトリン公爵令嬢を悲しませた分は償ってもらわないといけないが、そこを持ち出して喧嘩しなくても攻撃は十分できる。
DNA鑑定という手段の話をしたのも、メクレンジック伯爵夫人に攻撃ができて、尚且つ、なし崩しに伯爵の死を誰かが言ってしまわないように衝撃な話題で興味を逸らしたかったからだ。
「先に失礼いたします」
緩く会釈をし、メクレンジック伯爵夫人をつれてお茶会場を後にした。
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