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セラフィが収監されている塔から離れると、すぐにケープを傍らに呼んだ。
顔を寄せ、護衛騎士に聞こえないように声を潜める。
「ケープ、今から何でも屋に依頼を出しに行って」
「かしこまりました。どのような依頼をされますか?」
「もちろんキルシュブリューテ領を襲うよう指示をした黒幕の捜索よ。捕らえた者たちは口を割らなくてって言えばいいわ。数人死んだことにしてもいいわね」
「そのようにいたします」
「それと、実力を知りたいからと、先に質問をしてほしいの。そうねぇ、アズラ様の趣味趣向の全てと生い立ちでいいかしら。提示された答えには反応しないようにね。必ず私からの依頼だと伝え、やり取りは録音しておいてね」
「仰せのままに」
2歩下がったケープは、深々と頭を下げて颯爽と立ち去っていく。
不安げに見てくる護衛騎士が、声をかけてきた。
「妃殿下。オニキス隊長を塔に置いてこられましたのに、ケープさんを帰されるんですか?」
3歳年上でルチルの護衛騎士の中では最年長にあたる騎士になり、ベリーショートの煎茶色の髪に紅色の瞳をしている。
名前は、シーラ・ランストイ子爵令嬢。
見習い騎士からいきなり抜擢されたと聞いている。
「ケープの仕事は、キルシュブリューテ領の執事長だからね。私の護衛ではないのよ」
オニキス様には、ケープが側にいるって嘘ついちゃったけどね。
ああでも言わないと、留まってくれなかったと思うから仕方ないのよ。
それにしても、シーラ卿から見てもケープは強いって分かるのね。
それとも、オニキス様が教えたのかしら?
「そうですが……オニキス隊長は、すぐに戻られるのですか?」
「現時点では未定だけど、何日もいないとかじゃないと思うわ」
酸っぱいものを食べた時のように、顔をしぼめるシーラ卿の腕を軽く叩く。
1人で警護をしたことがないシーラ卿には、ルチルに振り回されながら守るというプレッシャーは重たいのだろう。
「大丈夫よ。今日はアズラ様と一緒なのよ。アズラ様もお強いし、アズラ様の護衛騎士も一緒なんだから過剰なくらいよ」
「……はい」
「私ね、あなたのことも信頼しているわよ。あのアズラ様が私につけてくださるんだから、絶対に強いってことだもの。だから、不安に思っていないの」
「いえ、そこは思ってください。頑張りますが、もしもは怖いですので」
「突っ込める余裕はあるのね」と思って声を出して笑うと、思ったことが伝わったのかシーラ卿は真っ赤になった。
「アズラ様が首を長くして待っていそうよね。早く行きましょう」
「はい!」
アズラ王太子殿下の執務室に行く前に、ルチルの執務室に仕事を取りに行こうとしたが、昨日の一連のやり取りを見ていたアマリン子爵令嬢たちによって、ルチルの仕事はすでにアズラ王太子殿下の執務室に運ばれていた。
「アズラ様、遅くなってすみませんでした」
「ううん、ケープが来ていたって聞いたから、打ち合わせでもしているんだろうなって思ってたよ」
出迎えてくれたアズラ王太子殿下にハグされ、ルチルからも軽く抱きしめ返す。
そこで、アズラ王太子殿下の顔が、左右に動いたことが体に伝わってきた。
「あれ? オニキスは?」
「仕事をお願いしました」
「仕事? なんの?」
憂わしげな面持ちで見てくるアズラ王太子殿下に、にっこりと微笑む。
「実は、キルシュブリューテ領が襲われまして」
「え? 誰に? 捕まえたの? 領民は無事だったの?」
「はい。みんなの頑張りと日頃の訓練のおかげで、領民は無事だそうです。領内の被害もありません。賊も捕えました」
「そうなんだ。よかった」
強張らせていた体から力を抜いたアズラ王太子殿下が、もたれるように擦り寄ってきたと思ったら、すぐに体を起こした。
「もしかして、オニキスに現場の確認に行かせたの?」
「確認というより……」
ルチルがアマリン子爵令嬢たちに視線を投げると、心得ているとばかりに、侍女たちは頭を下げて部屋から出て行った。
チャロや護衛騎士たちも、姿を消している。
「捕まえた賊から得た情報なんですが、私の失脚を望んで、私の周りを攻撃しているそうなんです」
あらあら、アズラ様ったら部屋の温度を下げすぎですよ。
凍えそうになるから怒りを鎮めてね。
「公爵やミソカを襲ったのは、そいつらの仲間だったんだね」
「はい。昨日、何気なしに予想したことが合っていたということです」
「捕まえた奴らは、キルシュブリューテ領にいるの?」
「はい、ケープに任せています。夕方か明日には、有益な情報を持ってきてくれると思います」
「そっか。ケープは優秀だからね」
過去に、神官と賊を捕まえるっていう実績があるからね。
ケープのことは、アズラ様も一目置いているものね。
「それで、オニキスは? どうしてルチルの側を離れているの?」
「まだ襲撃犯が至る所に残っているそうなんです。寄せ集めの賊なので、どこが襲撃されるとかは知らないらしいんですが、今は計画途中なんだそうです。ですので、私と関係があるところには手紙を送り済みです。だけど、どうしても1箇所、オニキス様じゃないと守れない場所があるんです」
ホーエンブラド侯爵家のことを伝えなくてごめんね。
あいつらだけは、絶対に許せないの。
法でも裁くけど、その前に地獄を見せたいの。
わずかに視線を逸らしたアズラ王太子殿下が、目を見開かせながらルチルを見てきた。
「ルチル……それは……」
「ダメだとは分かっています。私の護衛騎士を配置するなんて以ての外だと理解しています。でも、譲れません。陛下に何を言われようが、アズラ様に怒られようが、絶対に譲れません」




