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25 〜 オニキスのスタートライン 〜

なんでこんな事になっているんだろう?


あー、もー、妃殿下のせいだ。

ぜんぶ、ぜーんぶ、妃殿下のせいだ。


はぁ、こんなのバレたら殿下に怒られるだけじゃすまないよ……


吐き出したい重たい息をどうにか飲み込み、窓際に視線を走らせた。

白い犬と遊んでいるセラフィが無邪気に笑っている。


無意識に緩んでしまう頬に気がついて、顔に力を入れた。

セラフィにバレないように、小さく深呼吸をする。


いつもならセラフィと会ったりしない。

塔の下か扉の前で待機している。


今日も1人部屋の中に入った妃殿下を待っていると、15分ほど経って出てきた妃殿下に「オニキス卿、中へ」と言われた。


「え? 俺、中?」


素っ頓狂な声をあげてしまったよね。

今思うと、あの時綺麗に微笑む妃殿下の顔には、愉しげな笑みが隠れていたのかも。


でもなぁ、妃殿下が揶揄って遊ぶのって殿下とシトリン嬢だけだしなぁ。

これは冗談で済まされる域を超えてしまっているんだよね。


「ええ、中よ。オニキス卿には今日から3日間、セラフィ様の護衛をしてもらうから」


言われた時、本気で何を言い出したのか理解できなかった。

いつも突拍子なことをするから慣れているつもりだったけど、所詮つもりだったってこと。

もちろん抵抗したけど、こうと決めたら覆してくれないのが妃殿下だからな。


「いや、俺、妃殿下から離れられないから」


「それ、よく言うけど、いつも離れているじゃない」


「殿下がいる時だけでしょ」


「そうじゃなくて、私にくっついていないわよね。離れているじゃない」


「うわー、やだやだ。面倒臭いこと言い出した」


「面倒臭くても何でもいいわ。とにかくオニキス卿は私の護衛騎士なの。私の騎士なのよ。だったら、私が決めていいわよね」


「違うからね。俺の雇い主は陛下だからね」


「アズラ様じゃないのなら大丈夫よ。特に陛下はアヴェートワ公爵家に弱いもの」


「そこで家を持ち出してくるの!? 俺、本当に妃殿下を守らなくちゃなんだよ」


「私の身の安全は問題ないわ。今日から3日間ケープが側から離れないから。安心して」


「違うよー、そうじゃないよー。騎士についてあんなに説明したじゃん」


「頭の中にきちんと入ってるわよ。その上で、今1番だと思う配置を考えただけよ」


「どこが? 俺、クビになるよ」


「なったらなったで、アヴェートワ公爵家っていう就職先があるから心配いらないわ」


「あー言ったらこー言う」


その後も数分言い合いを続けて、「こんなところで時間を使いたくないの。ほら、男らしく女の子を守りなさい!」って背中を叩かれた。


その後に、全部見透かしているような瞳を三日月にした妃殿下に、髪の毛をぐちゃぐちゃにするように頭を撫でられた。

しかも、手を強く握られて「大丈夫よ。私を信じて」なんて言われたら、俺が折れるしかなかった。


絶対に折れちゃいけないんだけど、泣きそうになってしまって、つい頷いてしまった。

甘えてるなぁって反省するところだ。


セラフィのことが心配で様子を見たいって言い出したのは俺だけど、ここまでの展開を望んでいたわけじゃなかったんだから。


本当に、ただセラフィの安全が確認できればよかった。

妃殿下が面会している間に、塔の周りに罠を作ればいいと思っていたから。


なのに、どうしてか今日は「行くわよ」と妃殿下に言われ、ケープさんに背中を押されて部屋の前までやって来た。

いつもなら塔に着くと自由にさせてくれるのにだ。

おかしいと思ってたけど、帰りに設置すればいっかと短絡的に考えたんだよな。


いつから俺をここに置いていこうなんて、思案してたんだろ?

きっとこの後の展開も、何個か案があるんだろうな。


犬を膝の上に乗せて、小声で歌い出したセラフィの声に耳を傾ける。

いくつになっても、何年経っても、俺の心を大きく動かす。


君の声は、簡単に俺を脆くする。

君の笑顔は、こともなげに俺を幸せにする。

君の幸せが、俺に息をさせてくれる。

君に辛い思いをさせた世界が大嫌いで、でも君に会えた君が生きている大事な世界。


君は今、何を思っているんだろう?


さっき「はじめまして」と挨拶した時に、微笑んでくれた顔からは嬉しさしか感じ取れなかった。

俺という友達ができたと思ったんだろうか?

今から、また友達として始められるんだろうか?


歌声が途切れると、セラフィはこっちに振り返った。


「オニキス様でしたよね?」


もう2度と彼女に名前を呼んでもらえないと思っていた。

胸が痛いほどのこの幸せを、どう受け止めればいいんだろう。

痛くて苦しくて破裂しそうなのに、心も体も喜びで満たされている。


滲んでしまった景色は朧げだけど、セラフィが慌てて立ち上がったと分かった。


手で涙を拭おうとして、さっき妃殿下に強く握られたことを思い出した。

グッと手を握りしめて、歯を食いしばる。


ダメだ。泣いていたら守れるものも守れない。

妃殿下がくれた、奇跡のような時間なんだ。

今度こそ後悔しないようにセラフィを守るんだ。


「どこか痛いですか?」


「いいえ、目にゴミが入ってしまったようです」


「それは痛いですね。大丈夫ですか?」


「大丈夫です。心配してくださりありがとうございます」


小さい頃のように気安く話す話し方じゃない。

でも、今間違いなくセラフィと会話をしている。

本当に夢みたいだ。


「それよりも、何かご用でしたか?」


「あ、はい。オニキス様の好きな歌が何か尋ねたかったんです。その曲を歌いたいなぁと思いまして」


「うーん、セラフィ様が歌うなら何でも好きですよ」


セラフィが本当に嬉しそうに幸せそうに麗しく微笑むから、また泣いてしまいそうになる。

そういえば、昔セラフィの歌う声が好きだと伝えた時も、彼女は今と似たような顔で笑っていた。


「……セラフィ様、今、幸せですか?」


「はい、幸せです」


雲一つない澄んだ青空のような笑みで頷かれ、泣かないよう顔に力を入れた。

笑えと命令して、なんとか口角を上げる。


君が幸せだと言う姿が眩しくて、嬉しくて、喜ばしくて、胸が熱くなる。


後悔を忘れたわけじゃない。

あの日々は、胸に突き刺さったままだ。


だけど、荒れ果てた大地にポツンと立ち尽くす俺に、しっかりと地に足をつけて前を向いている君が、花が咲いている方向を指差してくれた気がした。


君は、自分の力で色鮮やかな世界を手に入れた。

俺も負けないように、両手で抱えきれないほどの花を見つけに歩き出そう。

君に「俺も幸せだよ」と、笑顔で胸を張って伝えらえるように。




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