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ルチルが勝手に心の中で動揺しようがしまいが、スミュロン公爵の話は続く。
「崖から馬車が落ちて酷い怪我だったんだ。現場近くの街の医者では治療は難しいと、王都の診療所に応援要請が入る少し前に私は学園に向けて出発していてね。妃殿下とキャワロール嬢のおかげで診断だけで戻ったから、現場に到着するのは早かったと思う。だけど、私が着く数分前に命を落としていたんだよ」
「それって……」
「私は、宮仕えじゃなくて陛下付きの医師だから、割と自由に動くんだ。陛下は滅多に病気に罹らないし、週2の診断もきちんと受けてくれているから、時間に余裕があるんだ。それで、診療所を巡って手伝いをしている」
「国1番の医師であるスミュロン公爵の機動力が高いことは存じてます」
ルチルが褒めたことを単純に喜んでくれたのか、小さく笑いながら頷いたスミュロン公爵は、お茶を1口飲み喉を潤している。
はぁ、よかった。
これは、暗殺とかの話じゃない。
そんなことをしないとは思っているけど、もしかしてがあるから。
公爵ってだけで恨みを買っていて、攻撃されるから反撃したとかね。
疑ってごめんなさい。反省します。
「あの時も、メクレンジック伯爵夫人には『どうしてもっと早く来てくださらなかったのですか』って責められたよ」
「しかし、それはスミュロン公爵が悪いわけではありませんよね」
「ああ、そうだね。この仕事をしていると、本当に巡り合わせだと思うよ。私たちがどんなに頑張ろうと零れていく命はあるのだから。
メクレンジック伯爵も、私が間に合っていたとしても助かったかどうかは分からない。もしもの論議なんて、失われた命の前では無意味で無力だ」
スミュロン公爵の憂いに満ちた表情は、やりきれない気持ちを代弁しているように見える。
「人は大切な人を失った悲しみを、どこかにぶつけることで気持ちを落ち着かせようとする。メクレンジック伯爵夫人の場合、それが私だったというだけだ。遺族の気持ちを受け止めるのも、私の仕事だと理解している。
ただね、メクレンジック伯爵夫人は、学園の騒ぎを聞きつけた後も怒鳴りに来たんだよ」
そういう言い方をするってことは、もしかしてなの?
「まさか……シトリン様を助けに向かったから伯爵が亡くなった、ですか?」
「まぁね。学園には聖女が2人もいたのに私が向かう必要があったのかや、公爵家令嬢だから手厚くされるのはおかしいとか色々ね」
いや、分かるよ。
大切な人が死んで、自暴自棄になる気持ちは理解できるよ。
でも、あたしとスピネル様はたまたま助けることができただけだし、スミュロン公爵は連絡を受けた順番に赴いてくれただけで……馬車事故を知っていて、学園に来たわけじゃないのに。
でも、分かるよ。
メクレンジック伯爵夫人のように、大切な人の死を誰かのせいにしたい気持ちも分かるんだよ。
自分に置き換えると泣きそうだもの。
だって、あまりにも悲しくて心が痛いから。
でもねって、でもでもばっかりだけど、だからってシトリン様とフロー様の幸せを壊すことで、復讐を果たそうとするのは違うでしょうよ。
それが間違いってことも、復讐がお門違いってことも、はっきりと言える。
「ナギュー公爵は、伯爵夫人の騒動を知っているんだよ。私の許可をとったという嘘を吐くなんて、しょぼい真似はしないと思っていたけど、フローの相手を聞いて確信したよ。閨の件にナギュー公爵は関わっていない。断言できる」
しょぼいって……まぁ、すぐにバレそうな嘘をぽんぽこ狸はつかないよね。
「では、フロー様が嘘をついているということですか?」
「うーん……親の私が言うのもおかしな話だけど、フローにそこまでの度量はないよ。あいつは安全な道しか歩きたくないタイプだからね」
肩をすくめながら言うスミュロン公爵に、ルチルがつい頷いてしまうと、スミュロン公爵は可笑しそうに声をあげて笑った。
「妃殿下。この件の真相については、私に任せてもらっていいかな?」
「はい、よろしくお願いいたします」
「構わないよ。公爵家に牙を剥くとどうなるかを、きっちり分からせないといけないだけだから」
うん、そっか。
4個のうちの2個の公爵家に、喧嘩を売ったみたいなもんだもんね。
黒く笑うスミュロン公爵を初めて見て、顔を引き攣らせてしまいそうだったわ。
理由はどうあれ、メクレンジック伯爵家は潰れるかもな。
とりあえず、まだまだ不透明な部分が多いけど、この話はアズラ様と共有しておくとして、シトリン様には全てが落ち着いたら話しておこうかな。
あたしがやる事は、変わらずシトリン様の心のケアだもんね。
夕方会いに行けるように、さくさく頑張らないとね。
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