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父もミソカも問題ないと太鼓判を出したスミュロン公爵が颯爽と去ろうとしたので、ルチルは慌てて呼び止めた。
襲撃の話をしなければいけないが、奇跡的に会えたスミュロン公爵に確認しておきたいことがある。
スミュロン公爵と別室でお茶をしている間に、父やミソカたちは血を洗い流すそうだ。
アズラ王太子殿下は一旦王城に戻り、陛下と共に戻ってくるらしい。
「お時間をいただき、ありがとうございます」
「大丈夫だよ。それで、私に話とは何かな?」
優美にティーカップを置くスミュロン公爵を見つめると、スミュロン公爵から朗らかな笑みを向けられた。
「フロー様のことで、おうかがいしたいことがあります」
「フローのことか。悪いね、私はフローがどうして意気消沈しているのか知らないんだよ」
「え? ご存知ありませんか?」
しっかりと頷くスミュロン公爵が、嘘を言っているように見えない。
子供だといっても成人しているから、自己責任で行動させているんだと理解している。
ただ、今回のことはナギュー公爵が提言し、スミュロン公爵が承認したから起こったことだ。
最終決定したのはフロー公爵令息だけど、起承転結の起承をした公爵が、転結を確認していないということになる。
そんな適当なことをスミュロン公爵がするのだろうか?
そんな気持ちがルチルを一驚させたが、スミュロン公爵は穏やかな笑みを浮かべたままだ。
「何か大事になっているのかい?」
「今、シトリン様とフロー様が拗れておりまして、その原因が閨の授業についてなんです」
耳を疑うようにスミュロン公爵から左耳を突き出された。
軽く耳を叩いている。
「もう1度言ってくれないか?」
「フロー様が閨の授業を受けられまして、そのお相手の方がシトリン様に『子供ができた』と言いに行かれたんです」
スミュロン公爵は数回瞬きをした後、眉間に皺を寄せて、右手で顔を隠しながらソファの背もたれに体を預けた。
これが演技なら、今のルチルでは、父はさておき公爵家当主たちに歯がたたないことになる。
「あのバカ息子。何をしでかしてるんだ」
かすかに吐き出された言葉だが、怒りを感じるには十分なほど低かった。
優しくて穏やかなスミュロン公爵からは絶対に出ないはずと思う声に、今度はルチルが目を瞬かせる。
「あの、閨の授業は、スミュロン公爵が了承されたと聞いておりますが……」
「私が?」
「はい。ナギュー公爵が『スミュロン公爵家に許可を得ている』とフロー様を説得されたと」
「ないない。私は知らないし、妻が私に話さず認可するなんてことはないよ」
どういうこと?
フロー様が嘘ついた?
いや、あの場面で嘘をつくなんてしないはず。
それに、スミュロン公爵が嘘をつく理由もない。
だって、私には関係がない公爵家の教育方針なんだから、口を出すなくらい言えるもの。
あたしは王太子妃だけど、四大公爵家の力は王太子妃に負けないほど大きいんだから。
あたしが呼び止めたのは、スミュロン公爵がどこまで知っていたかと、どこまで情報を持っているのかを尋ねたかったからなんだけど、これは根底部分を見直す必要があるかもしれないわ。
「では、ナギュー公爵が嘘をついたということでしょうか?」
「うーん……娘を溺愛しているナギュー公爵が、まだ婚約段階なのに子作りを進めるようなことはしないと思うけどね。フローが妃殿下にそう話したんだよね?」
「はい、そうです。それで、閨の先生であるラリマー・メクレンジック伯爵夫人について、ご存知なことがあればおうかがいしたいと思ったんです」
調べてもらうよう手配はしているけど、答え合わせの意味も含めて聞きたいのよね。
「メクレンジックだって?」
「はい。お知り合いですか?」
驚愕するように目を見開くスミュロン公爵に、首を傾げた。
頭を抱え、深いため息を吐き出したスミュロン公爵の顔色は悪い。
「なるほど。捨て身の復讐ということか」
「復讐ですか?」
スミュロン公爵が、気持ちを落ち着けるために吐いただろう息は重たい。
「フローたちが学園2年生の時だったかな。シトリン嬢が階段から落とされたのは」
「はい、そうです。今でもはっきり思い出せる事件です」
「その日なんだよ。メクレンジック伯爵が死んだのは」
そういえば、数年前に事故で死んだのよね。
それが復讐の理由?
え?
ナギュー公爵家かスミュロン公爵家が、事故にみせかけて殺したってこと?
嘘だよね? そんな話を、あたしにゲロったりしないよね?




