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14

今日は夕方まで執務をこなした後、シトリン公爵令嬢に会いに行く予定になる。


きちんと食事をとっているかどうか気になるため、夕食を一緒に囲うことにした。

ナギュー公爵家の執事には、昨日の訪問時に伝え済みである。


そのため、アズラ王太子殿下とは昼食時にイチャつき、夜にサービスをする予定だ。


今日も朝一で訪ねてきたフロー公爵令息から手紙を預かっている。

日増しに分厚くなっている気がする手紙に小さく息を吐き出し、至急の書類から取り掛かろうとした。


「ん? 何かしら?」


廊下からかすかに騒めきが聞こえてきた。


「確認するよ」


オニキス卿がドアに手をかけようとする前に、ドアが勢いよく開いた。

瞬時にオニキス卿が剣を抜き、入ってきた人物目掛けて構えられる。


「え?」


思いもよらない人物に、ルチルたちは目を点にした。


「ルチルお義姉様! 助けてください!」


向けられている剣には目もくれず、顔や体のところどころを赤く染め、異常に震えながら泣いているシンシャ・ポナタジネット王女が悲鳴に近い声を上げた。


ルチルは慌てて立ち上がり、シンシャ王女に駆け寄ると、シンシャ王女は縋るようにルチルに向かって倒れ込んできた。


オニキス卿が剣をおさめた時、シンシャ王女を追いかけてきたアヴェートワ公爵家の騎士たちが現れた。


「シンシャ様! 大丈夫ですか?」


「早く! ミソカ様が! お願いします!」


ルチルは、顔面蒼白になっているシンシャ王女から、アヴェートワ公爵家の騎士に勢いよく視線を動かした。

騎士の面持ちにも沈痛が滲んでいる。


「何があったの!?」


「っ公爵様は出勤途中に、ミソカ様は登校途中に何者かに襲撃されました。公爵様は少し深めの傷があるものの問題ありません。しかしミソカ様が……」


「ミソカがどうしたのっ!?」


「……右腕を失われまして、血を流しすぎたため、意識不明の重体です」


ルチルは、小さく喉を鳴らし息を止めた。

ミソカが可愛らしく笑って「お姉様」と呼ぶ姿が頭の中に浮かぶ。

涙が溢れ、思考が止まりそうになるのを、唇を強く噛むことで押しとどめる。


「オニキス卿はミルクを連れてきて! アンバー卿はアズラ様に報告を! アマリンは陛下に伝えに行って!」


ルチルが大声で指示を出し、3人は一斉に動き出した。

頬を濡らしたままのルチルは大きく深呼吸をし、シンシャ王女の背中を優しく撫でる。


「シンシャ様。シンシャ様は怪我をしていませんか?」


ひっくひっくと泣いているシンシャ王女は、小さく首を縦に動かした。


「アヴェートワ公爵家に行きます。プレーナたちには申し訳ないんだけど、アマリンが戻ってきたら書類の仕分けをしておいてほしいの。お父様とミソカの容体を確認したら戻ってくるわ」


「かしこまりました」


プレーナたちが頭を下げる姿に視線をやった後、シンシャ王女を支えながら歩き出した。


廊下に出たところで、アズラ王太子殿下が執務室から飛び出してきてルチルに駆け寄ってくる。


「ルチル!」


「アズラ様、私、アヴェートワ公爵家に行ってきます」


「僕も行くよ」


「ですが……」


「仕事は心配しないで。少し抜けるくらい問題ないから」


「ありがとうございます」


急ぎ足で転移陣に向かっていると、ミルクを連れたオニキス卿と合流した。


「ルチル、父上に連絡は?」


「アマリンに伝えに行ってもらいました」


「じゃあ、父上もすぐに来るね」


気持ちを強く持つために、アズラ王太子殿下の声にしっかりと頷いた。


腕は治せないが怪我は指輪で治るはずなのに、シンシャ王女が駆け込んでくるほどミソカの容体は悪いということだ。


治さないのか、治す前に意識を手放してしまったのか、分からない。

血が足りないということは最悪の場合がある。


震えそうになる体を叱咤しながら、なんとかアヴェートワ公爵家に移動し、ミソカの部屋に急いだ。


屋敷の中は慌ただしく、途中で会った執事長であるブロンの顔色も悪い。

もうすぐ到着するスミュロン公爵を、迎えに行くそうだ。


屋敷が壊れた時でさえ穏やかだったブロンが焦っている姿は珍しく、焦燥感がルチルを覆う。


痛みが酷くなっていく胸に耐えながら、ミソカの部屋に到着した。


「ミソカ!」


ミソカのベッド周りには祖父母と父母がいて、ミソカ同様襲われたという父の腕に巻かれている包帯には血が滲んでいる。

そして、その腕で真っ白なシーツに包んだ何かを大切そうに抱えている。


「ルチル! 来てくれたか!」


父の声を受けながら、ルチルはベッドの側まで足をもつれさせながら駆け寄り、ミソカの顔を覗き込んだ。


血の気が一切ない顔色に、ベッドのシーツまで赤く染めている傷口に息ができなくなる。


ベッドにしがみつくように泣き出したシンシャ王女の声が、どこか遠くで木霊しているような気がする。


『腕はどこだ!? ないのか!?』


ミルクの怒鳴るような声にハッとしたルチルは、「今はまだ止まるな! 動け!」と自分の両頬を叩いた。




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