13
夜になり、就寝前の穏やかな時間をアズラ王太子殿下と過ごしている。
「アズラ様、何かありましたか?」
いつもならルチルの体のどこか一部を触って目尻を下げているのに、今日は手を置いているだけだ。
お酒を飲むペースも早く、ルチルではなく何か別のことを考えているように思える。
「何かあったっていうほどのことじゃないんだけどね」
「どうされました?」
ルチルの腰に回されている腕の手のひらは、ルチルの腰を抱くのではなくルチルの太ももの上にある。
その手に重ねるように、ルチルは自身の手を置いた。
「シャティラール帝国から、よかったら遊びに来ませんか? って書簡が届いたんだよ」
「シャティラール帝国で、何かお祝い事でもあったんでしょうか?」
色んな噂話は耳に入るけど、他国へ招待状を出すような話題はなかったけどなぁ。
私が知らないだけで、何かあるのかな?
「ううん、そういうことは何も記されていなかったんだ。ただ招待を受けたのは僕とルチルで、両陛下じゃないんだよね」
「指名ですの?」
「そうなんだ。変でしょ。差出人も皇帝じゃなくて第1皇子で、個人的に仲良くしたいって言われても勘繰っちゃうよね。シャティラール帝国を詳しく調べるように指示はしたけど、返事をずっと返さないわけにはいかないしで、父上とどうするのか考え中なんだよね」
「トゥルール王国と仲が良い姿を見せて、王太子に1歩近づきたいってことでしょうか?」
「どうだろうね。第2皇子の放蕩癖の噂は酷いものだから、そんなことしなくても王太子になれそうだけどね」
何か変なフラグが立ったのかな?
いや、どこにもフラグっぽいものはなかった。うん、ないない。
あたしに未来予知をするというインチキな力がまだあれば!
今生きているのは、小説にはなかった未来だからなぁ。
「もし行くとなると、いつくらいになりそうですか?」
「んー、5月くらいじゃないかな」
「でしたら、シトリン様の婚約パーティーに参加できますね。よかったです」
「そうだね。ジャスたちにはプレゼントを贈るだけだから影響はないだろうけど、シトリン公爵令嬢は怒りそうだ」
愉快そうに笑うアズラ王太子殿下に、体を預けるようにもたれた。
すぐさま柔らかく抱きしめられ、頭にキスを落とされる。
「フローたちが心配?」
「はい」
「僕は少し安心したよ」
「え?」
言っている意味が分からなくて顔を上げると、すかさず唇を舐められた。
「どうしてですか?」
甘い雰囲気というより戯れられているだけなので、ルチルは会話を続ける。
もちろん、アズラ王太子殿下も拗ねるような仕草は見せない。
「あの2人は政略結婚の要素が強いからね。事象に後から気持ちを追い付かせようとしているでしょ。特にフローは恋愛においてポンコツだから。周りの人も自分と同じように考えると思い込んでいるんだよ。だから、今回のことも閨だから許されると思っているんじゃないかな。現実はそんなに甘くないのにね」
「アズラ様、さすがですね。私、今日シトリン様の話を聞くまで、そこまで思い至りませんでした」
「うーん……なんとなくフローは僕に似てるからかな?」
「え? 全く似ていませんよ。私、フロー様にときめいたことありませんから」
幸せそうに微笑んだアズラ王太子殿下の顔が近づいてきて、触れるだけのキスをされる。
「僕の場合は、小さい頃からルチルが気持ちをはっきり伝えてくれていたことと、僕の気持ちをきちんと受け止めてくれたことが大きいからね。ルチルがいなかったら知らないことが多くて、幾通りもの考え方なんてできなかったと思う。
極端な話をするなら、ルチルと出会っていなければ、オニキスに助けを求められた時手を貸していなかったと思う。オニキスの気持ちを考えることができたのは、ルチルが僕に色んな気持ちを教えてくれたからなんだよ」
アズラ王太子殿下の唇が、ルチルの目元に柔らかく落とされた。
「残念ながらフローには、僕にとってのルチルのような存在はいなかったんだよね。そして、たぶん自分の中の世界だけで完結することが多かったんじゃないかな。フローは笑顔という見えない壁を作って目立たないよう立ち回っていたから、攻撃されることもなかっただろうしね。
今回のことで、相手の気持ちは話し合わないと絶対に分からないと、気づいてくれればと思っているよ。そして、レールの上を安全運転で走るだけでは、シトリン公爵令嬢を大切にできないということにもね」
んん! アズラ様、なんて男前に育ったんでしょう!
分かってたよ。知ってたよ。育てたのはあたしだから。
なんてね。
少しくらいの誘導はあったかもしれないけど、アズラ様は昔から相手の気持ちを考えることができる素敵な子供だったよ。
あたしは、ただ一緒に色んな遊びをしただけだから。
それを、あたしのおかげって言ってくれるところがカッコいいよねぇ。
アズラ様と結婚できて幸せ。
「そうですわね。大きな問題が起きたのが結婚前でよかったかもしれません。だとしても、傷つかなくていいことで傷ついてしまったことは、起きなくてよかったことですが」
2人の絆が深まることや、フロー様の男度が上がることは、いいことだとは思うよ。
でも、これからのシトリン様のためだとしても、シトリン様の悲しみの上でっていうのがなぁ。
あたしは、そこだけがやっぱりモヤモヤしちゃうんだよね。
「うん。僕も問題が起きて気づくんじゃなくて、日常の中で気づけるのが1番だと思うよ。でも、僕とルチルは様々な問題にぶつかって気持ちを確かめてきたから、きっかけって必要なのかなとも考えちゃうんだよね。あの時は必死で大変だったけど、今ではどれも大切な思い出だしね」
「ふふ。例えば、ルドドルー辺境伯領でのこととかですか?」
「あ、あれは、1番蒸し返したらダメな話だよ」
途端に慌てだすアズラ王太子殿下の首に腕を回し、強く抱きついた。
唇を奪い、息すら食べてしまうように深く味わい尽くす。
ルチルの激しいキスに応えながらも、アズラ王太子殿下の手がルチルの体を這いはじめる。
「興奮するのも触りたいのも私だけですもんね」
「触られたいのもルチルだけだよ」
熱をはらんだ瞳で甘く微笑み合い、その日はソファの上で温もりを交じらわせたのだった。
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