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ぐるぐる考えていた気持ちを吐き出したことで、シトリン公爵令嬢の心が少しでも軽くなっていたらいいなと願いながら、フロー公爵令息の手紙はきっと言い訳が多かったんだろうという予想に、無意識に重たい息を吐いていた。


愛を伝えなさいよ! 愛を! と、どうしても憤ってしまう。


「妃殿下、大丈夫ですか?」


外出についてきている侍女は、アマリン子爵令嬢とプレーナ・アンダリュ伯爵令嬢。

プレーナ伯爵令嬢は、学園2年生の時に自主的に平民の子たちの手助けをしてくれた令嬢である。

若菜色の瞳に紫紺の髪色を携えていて、意志が強そうな顔つきをしている。


「大丈夫よ。ただ男って、どうしてバカが多いんだろうと思っただけだから」


呆れたように口にすると、侍女2人はキョトンとした顔を見合わせて小さく笑いだした。


「本当ですよね。私なんて、この前グーで殴りましたよ」


拳を作って素振りするプレーナ伯爵令嬢に、ルチルは目を点にした。

元気な子だと思っていたが、男性に立ち向かうほどとは思ってもみなかった。


アマリン子爵令嬢は、プレーナ伯爵令嬢のやんちゃぶりを知っていたのだろう。全く驚いていない。


「まぁ、何をされたんですか?」


「最近やたらと花をくれるから怪しいと思っていたら、花屋の店員にのぼせてたんですよ。『そんな花いらないわ』って花を投げつけた後、殴りました」


「この前は酒屋さんじゃありませんでした?」


「そうです。あいつは綺麗な女の人がいるお店の常連になるんですよ。鼻の下伸ばして甘い言葉囁いてるんです。ムカついて仕方がないです」


「プレーナもバカの手綱握るの大変なのね」


ルチルが感心するようにこぼすと、プレーナ伯爵令嬢は力強く頷いた。


「そうなんですよ。でも、これでもマシになったんですよ」


「殴る以外で何かしたの?」


「妃殿下の真似をしました」


「え? 私の真似?」


「はい。王太子殿下を甘やかせる手腕にいつも惚れ惚れしてたんですけど、いつだったか『そっか。私もやってみたらいいんだ』と思い立ちまして真似してみたんです。そうしたら、私に割いてくれる時間が増えたんです。『妃殿下さすがだわー』って鼻高々になりました」


胸を張りながら言われ、ルチルは瞳を瞬かせた。

侍女たちの目の前で惜しみなくラブラブしているが、そんな所に注目されていたとは思わなかった。


「男って調教しなくちゃいけないんだって分かってからは、腹立たしさの種類が変わりました。『このバカは』ってムカつくところも愛しさを覚えるようになったというか、その部分を直せた時の達成感が気持ちいいというか。

まぁ、今はもっぱら目移りをやめさせるのに手いっぱいです。王太子殿下が妃殿下一筋だから、その手順を拝見できなくて試行錯誤中です」


ルチルの仕事は忙しいし、時間があればアズラ王太子殿下に使うようにしているし、休憩を侍女たちととっても社交界の動きや噂の話で終わってしまう。


昔のように私生活を話すような、というか、お茶会でもここまで開けっ広げに話したことはなかった。

大勢の前で話して恥を晒すわけにはいかないので、当たり前といえば当たり前だ。


侍女との距離感を考えると、今までの関係が適切なのかもしれないが、やっぱり仕事と関係がない話は楽しいし息抜きになる。


もっと仲良くなりたいと言ってくれているような会話に、この場なら何でも話せると示してくれている空気に、ルチルは嬉しくなり小さく笑いだした。


笑えたことで鬱々していた気持ちが消えたような気がするし、可愛い侍女たちと今よりも親密になれたらもっと楽しい日々を過ごせると思った。


「そうねぇ、私ならどうするかしら?」


ルチルがわざとらしく考えた素振りを見せると、プレーナ伯爵令嬢は顔を輝かせてルチルを拝むように両手を合わせている。

アマリン子爵令嬢は、クスクス笑っている。


「これ以上好きになりたくないから距離を空けようって言うと思うわ」


意味が分からないというように、侍女2人に首を傾げられた。


「無闇矢鱈に怒ってたと思われるのは癪でしょ。だから、好きだからこそ嫉妬で怒ってしまった。会うたび好きな気持ちが大きくなるから、この先もっと怒ってしまうかもしれない。そんな姿を見せて嫌われたくない。それならば、会いたいけど会わない方がいいかもしれない。ここで泣けたら完璧だと思うのよ。泣けなくても悲しそうに俯いたり、指先だけを持ったりね」


「手を握るじゃダメなんですか?」


「ダメダメ。がっちり掴むよりふんわり掴む方が守ってあげたい欲が出てくるはずよ。怒られるのが嫌で止める行為より、誰かを想って止める行為の方が、同じ止めるでも心の軽さは違うでしょ」


「なるほど。さすが妃殿下です。後で愚痴られることがないってことですね」


「そう。プレーナがうるさいからって理由だと腹立つじゃない。それに押さえつけられた気持ちは、いつ爆発するか分からないでしょう。自主的に止めてもらわないとね」


プレーナ伯爵令嬢が高速拍手をするものだから、アマリン子爵令嬢もつられて拍手をしている。


「私、一生妃殿下についていきます!」


「ありがとう」


本当にありがとう。

シトリン様のことはまだまだ心配が尽きないけど、あたしまで思い悩んでいたら悪循環になっちゃうところだったわ。

いつでも笑顔で迎えて話を聞くようにしなきゃね。


その後もプレーナ伯爵令嬢の「これ、どう思います?」という雑談に答えながら、馬車の移動時間を楽しんだのだった。




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