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数日後、オニキス伯爵令息から、カカオとシャティラール帝国にいる従兄弟の連絡先が届いた。
アズラ王子殿下の誕生日パーティーからタウンハウスに帰宅後、祖父と父にカカオを見つけたと報告した。
父からは、オニキス伯爵令息が挨拶に来てカカオの話をしていったと聞いた。
連絡先を父に渡し、祖父と父にカカオを見せる。
送られてきたカカオは、豆から殻を取り除いて、ある程度砕かれたものだった。
「確かにいい匂いだな」
「あ、お祖父様、そのままでは!」
匂いに負けて食べた祖父が、目も口も一文字にして苦味に耐えている。
「ルチル、これが本当に美味しくなるのか?」
「はい。チョコレートといって、甘くて美味しい食べ物になります。スイーツの王様といってもいいと思います」
「これが、か……」
「お父様。輸入する際なんですが、大きな木の実から豆を取り出した状態、殻付きのまま輸入して欲しいんです」
「分かった。ちゃんと伝えよう」
「ありがとうございます。殻付きのままですと作業は増えますが、味に変化をもたせることができるんです。それと、すり潰す魔道具があれば、ある程度は楽になるんですが……」
「よし、作らせよう。どんな機械がいいんだ?」
「片栗粉みたいな粉まですり潰せる機械がいいんです。1度作っている所を見ていただいた方がいいかもしれません」
「分かった。そうしよう」
「ルチル。カカオはどれくらい輸入するんだ?」
「可能な限りお願いします。チョコレートが完成しましたら、チョコレート専門店を作った方がいいほどです」
ルチルの熱意に、祖父と父は目を見張っている。
今までのスイーツで1番というほどに、言葉に力が籠っていたからだ。
「分かった。チョコレート専門店も作り始めよう。お店は何かと時間がかかるからな」
「チョコレートはパンやケーキにも応用できます。また忙しくなると思います」
「と言っても、まだまだレストランもカフェも大忙しだがな」
悪代官のような笑みを3人で浮かべていると、カーネからアズラ王子殿下からカカオが届いたと連絡があった。
オニキス伯爵令息からカカオが届いたことを、今日の朝の手紙でアズラ王子殿下に伝えたところだった。
さすがアズラ様……
オニキス様に先を越されて嫌だったのね……
アズラ王子殿下直々に持って来たかったが、今日は忙しくて難しいと、謝罪の手紙も添えられていた。
ルチルの苦笑いに、祖父と父は呆れたような顔をしている。
お祖父様とお父様も、アズラ様と同類だからね。
そんな顔しないでくださいな。
オニキス伯爵令息からとアズラ王子殿下からのカカオを持って、3人で領地の厨房に向かった。
領地の邸とタウンハウスを行き来しているが、新作のスイーツはいつも領地で作ってもらっている。
「料理長、今日って手が空いている人いますか?」
「新作スイーツのことででしたら、私が作りますよ」
「でも、今回のは料理長1人じゃ大変だから……」
「簡単ではないってことですか?」
「力仕事なんです。これを片栗粉くらいまでの粉にすり潰してほしいんです」
ある程度砕かれているカカオを、料理長に見せる。
「交代交代ですり潰すようにします。すり潰し終わったら呼びに行かせていただきますね」
「たぶん今日中は無理だろうから、明日また今ぐらいに来ます」
「分かりました。お待ちしております」
カカオをすり潰す様子を少し見学してから、3人でタウンハウスに戻った。
弟が歩けるようになってからは、週の半分半分で、領地の邸とタウンハウスでご飯を食べるようにしている。
今日は、タウンハウスの日なので戻ったのだ。
帰り道ですり潰す作業の大変さを祖父と父が話していて、早急に魔道具を作る手筈の話も詰めていた。
次の日の昼食後に祖父と父と領地の厨房に行くと、力尽きている料理人が数人いた。
さっきまでかかっていただろうことに、心の中で謝罪をする。
「こんなに滑らかにしていただいて、ありがとうございます」
「お嬢様が喜んでくださるなら、頑張った甲斐があります」
本当にありがとう。
めちゃくちゃ大変だったと思うよ。
「お嬢様、材料はこちらでよろしいですか?」
用意してもらった無塩バター、粉砂糖(4年の間に作ってもらった)、スキムミルク(パンを焼くのに実は元々あった)、ココナッツオイル、生クリームを見て頷いた。
すり潰したカカオに、粉砂糖とスキムミルクを入れて湯煎してもらい、ペースト状になったら無塩バターを加える。
後は、滑らかになるまで混ぜてもらえばいい。
同時進行で無塩バターの代わりに、ココナッツオイルを入れたものも作ってもらう。
滑らかになったものを、それぞれ2つに分けてもらい、片方ずつに生クリームを混ぜてもらう。
これで4種類のチョコレートができた。
はい、4時間かかってます。4時間かわいいものです。
確かチョコレート会社は、すり潰すのも合わせて何日もかけて作るはず。
機械は素晴らしい。
すり潰す以外の魔道具も提案しよう。
後は型に流して、急速冷蔵庫で冷やして完成。
完成した時には、数人の料理人が泣いていた。
すり潰しを頑張った人たちだろう。
ルチルは、1粒手に取って食べた。
お、お、美味しい!!
久し振りのチョコ! 念願のチョコ!
手作りだからザラつくかと思ったけど、そんなことないな。
本当に、すり潰し頑張ってくれた証拠だよ。
ありがとう!
「美味しいです! 天国にいるみたいです! みなさん、ありがとうございます!」
料理長をはじめとした料理人たちに頭を下げた。
みんな、恥ずかしそうに照れている。
「お祖父様とお父様も食べてみてください」
2人は、興味津々に1粒口に含んでいる。
2人の瞬きさえしない姿に、ルチルは少し緊張をしてドキドキする。
「これは……美味しすぎる……」
「ルチルが言ってた通りスイーツの王様だ」
「でしょう! チョコレートはスイーツの王様なんです」
4種類食べ比べて、祖父はココナッツオイルのもの、父は無塩バターのもの、ルチルは無塩バターに生クリームのものが好みだと分かり、結局4種類共売り出すことになった。
もちろん今回も、邸の使用人には1粒ずつだけだが振る舞われ(カカオの量が少なかったから仕方がない)、アズラ王子殿下たちの分は箱詰めした。