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11

ポニャリンスキ辺境伯邸を後にし、ルチルはナギュー公爵家に向かった。

ナギュー公爵家でも使用人一同総出での出迎えだったが、ナギュー公爵一家は誰1人としていない。


「王太子妃殿下、大変申し訳ございません。お嬢様だけご在宅なのですが、部屋に籠られておりまして……」


「かまいませんよ。シトリン様は、私が来ることは知っているわよね?」


「お伝えはしておりますが、返事はございませんでした」


「そう。シトリン様の部屋に案内してちょうだい」


深く頭を下げた執事長に案内してもらい、シトリン公爵令嬢の部屋に到着した。

ドアをノックして声をかけると、数分後のろのろとドアが開いた。


「ルチル様……来てくれたの?」


目の下に濃いクマがある姿に痛くなる胸を隠しながら、ルチルは優しく微笑みかける。


「もちろんです。昨日は来れなくてすみませんでした」


「ううん、昨日はアンバー様が来てくれたわ。入って」


ルチルは執事長に侍女たちが休憩する部屋の用意をお願いし、アンバー卿だけをつれてシトリン公爵令嬢の部屋に入った。


侍女や騎士たちは、シトリン公爵令嬢とフロー公爵令息が揉めていると予想できているだろうが、シトリン公爵令嬢の気持ちを考えるとやっぱり伴うことはできない。


オニキス卿は事情を知っているけれど、そのことをシトリン公爵令嬢は知らないのだから廊下で待機してもらった方がいい。


部屋の中に入ると、シトリン公爵令嬢をルチルとアンバー卿で挟むように腰を下ろす。

お茶は必要ないと伝えているので、誰かが入ってくる心配をしなくていい。


「フロー様から、本日も手紙をお預かりしてきました」


「後で読むわ」


ルチルは、差し出そうとした手紙を、目の前のローテーブルの上に置いた。

俯いているシトリン公爵令嬢の背中を柔らかく撫でると、シトリン公爵令嬢は静かに涙を零しはじめた。


「ねぇ、ルチル様。どうしたいのか分からないの。

閨の授業だったと言われたら、許さないといけない気がするの。でも、どうしても息苦しくなるの。そもそも許す許さないじゃないでしょ。授業なんだもの。だけど、嫌なの。

フローと仲直りしたいとは思っているけど、ムカついて仕方がないの」


「では、許さなくていいんですよ」


「でも、それは私の我が儘だわ。」


「我が儘でいいじゃないですか」


「何を言っているのよ。小さい頃、私の我が儘はダメだって話だったじゃない。我が儘になったら、また1人になっちゃうわ」


1人になるのは、確かに怖いし寂しい。

どんなに気丈な人でも、負の感情を向けられて傷つかないわけじゃない。

そんな時、傍に誰かがいてくれるだけで安心できる。

1度でも味わえば逃げ腰になってしまうのも分かる。


ある意味、シトリン様も自分に自信がないのね。


「なりませんよ。私の友情を甘く見てるんですか? 怒りますよ」


頬を膨らませながら、ペチッとわざとらしくシトリン公爵令嬢のおでこを叩いた。

痛くないはずのおでこを手で押さえたシトリン公爵令嬢は、驚いたように目を瞬かせている。


「誰にも叩かれたことないのに……痛い……ルチル様のバカー!」


シトリン公爵令嬢はルチルにしがみつき、大声を上げて泣きはじめた。


「なんなのよ! なんなのよ! どうして閨の授業なんて受けてんのよ! ふざけないでよね! 女性の体を知るためだったら、結婚した後に私の体でいいじゃない! どうして私じゃだめなのよ! バカにしないでほしいわ! 本当にムカつくわ! 相談もなく勝手に決めて、『その方が私を傷つけないで済むと思った』とか頭悪いんじゃないの! 紳士ぶってんじゃないわよ! 結局は好奇心に負けたくせに、私のためとか言ってんじゃないわよ! 痛いのは嫌よ! 恥ずかしい思いもしたくないわよ! でも、そういうのを一緒に乗り越えるのが夫婦になるってことじゃないの! バカなくせに、私の気持ちを考えられないくせに、気持ちを押し付けてこないでよね! 独りよがりのバカヤロー! 大っ嫌い! 大っ嫌い!」


ルチルは、赤ん坊をあやすようにシトリン公爵令嬢の背中を叩き続ける。


「大っ嫌いよ……なのに、どうして好きな気持ちがあるのよ……悔しい……腹立つ……大嫌いなのに大好きとか、本当にムカつくわ……」


気持ちを吐き出した後も、泣くだけ泣いたシトリン公爵令嬢は静かになった。


規則正しい寝息が聞こえてきたので、アンバー卿にオニキス卿を呼んでもらい、シトリン公爵令嬢をベッドまで運んでもらった。


ルチルは執事長に紙とペンを用意してもらい、「私はシトリン様が大好きですよ」と綴った紙をサイドテーブルに置き、眠るシトリン公爵令嬢の頭を撫でてからナギュー公爵家を去ったのだった。




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