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ポニャリンスキ辺境伯家タウンハウスに着くと、エンジェ辺境伯令嬢を筆頭に使用人一同で出迎えられた。
友達の家に遊びに行くノリで来たルチルは、自分の立場を改めて理解し、万人受けするだろう笑顔で屋敷の中に入っていく。
来てもらうことが多いから、たまに行くと本当に面食らうわ。
肩肘張らず適当に迎えてくれていいのに。
まぁ、プライベートだとしても王太子妃殿下が来るんだから仕方ないのか。
アヴェートワ公爵家の馬車で来ちゃって申し訳ない。
婚約式の時は何か豪勢なプレゼントをして、仲の良さをアピールするとして許してもらおう。
貴族として、王族との縁は大切だろうからね。
屋敷の一角にある転移陣は利用させてもらったことがあるが、屋敷の中に入ることは初めてだ。
湧いてくる興味に抗えず、失礼にならない程度で視線を巡らせた。
少し古めかしい感じはするものの、大切に住まわれていると分かる内装に、辺境伯夫妻の人柄が滲み出ているようだった。
応接室に着き、のんびりとした口調でルチルが話しはじめる。
「エンジェ様、少しですが顔色が良くなったようでよかったです」
「ルチル様に言われた通りにしましたら、夜ぐっすり眠れるようになったんです。ありがとうございます」
「それはよかったです。1つ1つ頑張っていきましょうね」
「はい」
うんうん、元気になったようで何よりよ。
ってか、夜眠れてなかったとか初耳よ。
本当に体ガタガタだったんだな。
そんな中よく働いてたな。
おばちゃん、泣いちゃいそうだよ。
ドアのノック音が聞こえ、お皿を数枚持った料理長が顔を強張らせながら入ってきた。
ポニャリンスキ辺境伯家に到着した時に、出迎えてくれた執事に言付けていたのだ。
どうして呼ばれたのか分からない料理長は、緊張を身に纏いながら丁重に挨拶をしてくれた。
ルチルは、アマリン子爵令嬢に持ってきたスイーツをエンジェ辺境伯令嬢に配ってほしい旨を伝え、料理長にはスープを渡した。
「えっと、これは、その……味を参考にでしょうか?」
「ううん、違うのよ。これから作らせるのは申し訳ないと思って持ってきたの。今日の夜は、そのスープをエンジェ様にお出しして」
「えっと、はい、かしこまりました」
「それと、これからのエンジェ様の夕食なんだけど、具材はささみと野菜にして、味を色々変えたスープにしてほしいの。必ず野菜の種類は多くすること、具沢山にすること、煮込むことを守ってほしいの。
後、作り方を教えられないスイーツとパンやスコーンは毎日アヴェートワ公爵家の者が届けるわ。多めに届けさせるから、興味が湧いたらみんなで食べて再現に挑戦してみて。正解は教えられないけどね」
茶目っ気たっぷりに伝えると、料理長はコクコクと頷いている。
まだルチルの真意が分からないのだろう。
どこか訝しむような色が瞳の中にある。
「私はね、ただ婚約式までに綺麗になりたいというエンジェ様を、みんなで支えたいの。そのためには、料理長の力が絶対に必要なの。だから、お願いをしにきたのよ」
「え? まさか、お嬢様が近ごろ残されていたのは……」
申し訳なさそうに小さくなるエンジェ辺境伯令嬢は、掠れた声で「ごめんなさい」と溢した。
料理長は、安心したように息を吐き出し、首を横に振った。
「私の料理が不味いんじゃないかと不安でしたが、違ったようで安心しました。これからは色々気にかけて全力で協力いたします」
ダイエットは周知の事実だと思っていたが、誰にも言わずに頑張っていたと分かり、ルチルは料理長からエンジェ辺境伯令嬢に視線を移した。
「エンジェ様、運動も内緒でされていましたの?」
「その、私がダイエットするって、なんだが恥ずかしくて……運動は健康のためにと言っていました……」
なるほど。
エンジェ様は周りから色々言われた過去があって、人にどう見られるかを気にしすぎてしまっていたからな。
ジャス様と上手くいったことで徐々に自信がついてきたと思ってたけど、裁縫師の人たちが心を抉るようなことを言ってきたから気持ちが後退しちゃったんだろうな。
意識を変えるって、本当に難しいよね。
エンジェ様はめちゃくちゃ頑張っているから、優しい世界でのびのび育ってほしい。
貴族社会では厳しいとは分かっているけどね。
今回ダイエットを成功させて、揺るぎない自信を持ってもらえたらいいな。
「では、みんなに協力してもらいましょう」
「みんなにですか?」
「はい。孤独で戦うよりも、味方がいる戦いの方が楽しいですから」
「……戦いですか?」
「戦いですよ。ジャス様の笑顔を引き出すため、見惚れてもらうための絶対に負けられない戦いです」
まぁ、ジャス様は、エンジェ様の見た目がどんなだろうと愛してくれると思うけどね。
あたしとしても、痩せているや太っているは関係なくて、性格が全てだと思っているけどね。
ただ恋心って、何にも負けない原動力になるからさ。
ドレスを着るためっていうより、好きな人に褒めてもらうための方がモチベーション上がると思うのよ。
「私……大切なことを勘違いしていたようです……私、頑張ります。みんなに協力をしてもらいます」
心を新たに大きく頷いたエンジェ辺境伯令嬢に、ルチルはもう無茶はしないだろうと柔らかく微笑んだ。
早速、専属でついてくれているという侍女たちを紹介してもらい、料理長も含めて今後の話し合いをした。
侍女たちは、ダイエットをしていることに気づいていたが、口を出していいのかどうかで悩んでいたそうだ。
それを聞いたエンジェ辺境伯令嬢は侍女たちに謝り、これからは一緒に頑張っていきたいと伝えていた。
侍女たちが嬉しそうに瞳を潤ませていたので、ものすごく愛されているんだと分かり、ルチルは自然と微笑んでいた。
全員での話し合いの結果、ルチルが決めたダイエット方針に基づき、無理のない範囲での計画が立てられたのだった。
ちなみに、持って行ったスイーツはどれも気に入ってもらえたが、料理長の眉根が寄っていた。
どこの家でも職人さんは他の職人を褒められると悔しいのだと分かり、苦笑いをするしかなかった。
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